#10 「魔法少女は”いま”を乞う」

「……なるほどね。つまり、衿華ちゃんは歌が苦手だ──と」


贅沢に盛られたパフェを前にしてもなお、俯きがちな衿華。

頬杖をついて彼女を見つめながらも、マキはそう反芻した。


「……ブランにもお付き合い頂いたのですが、中々上手く行かなくて……」

「聞いてたわよ。今のままじゃお客様の前には立てない。上達までには時間がかかる。それでも、歌いたい。そうでしょ?」

「……はい」

「……どうしても、やりたいのね?」

「それは──揺らぎません」


難しいことだ、と。

何度も聞かされていただろうに、それでも衿華は頷く。

”魔法少女らしさ”、とか。そこに求めていたのかもしれない。理由が不明瞭であったことは確かだったけれど、彼女の返答は変わらないままだ。


「……いい? 衿華ちゃん。好きがあれば、もちろん嫌いもあるの。それと同じで、もちろんあなたも知っているとは思うけど、当然、得意があれば苦手もある。正直、練習しても期間を考えれば厳しいのは確かね」


あくまでも淡々と、マキは事実を告げる。

僅かに衿華の表情が曇る中、けれど、マキが次に指したのは──遥だった。


「──でも、だったら補い合えばいい。杏から聞いたわよ? あなた達が共闘体制を組んだって。それなら、精一杯有効活用しなさいな。入りが苦手ならそこはブランが補う、サビが得意ならそこはノワールが歌う──ツインボーカルだって、十分アリよ」

「……なるほど」


傍らに置かれたマイクと遥を交互に見やり、衿華は呟く。


「……ルールとして、問題はないのですか?」

「明記されていない以上は、ね。そもそも、イベントなんて盛り上がった方がいいに決まってるんだから。先輩だろうとなんだろうと使えるものは使いまくって自分を売り込むこと。そこのところ、上手くやりなさい」


悪戯っぽく微笑むと、ピースサイン。

遥と衿華、二人まとめてマキは指さした。


「ブラン、ノワール──楽しみにしてるわよ。クオリティーの維持とか、考えることはいっぱいあるんだろうけど、究極的には私もあなた達もお客様も、みんな楽しめればいいんだから」


遅くなりすぎないようにね、と。

そう口にすると、マキは部屋を後にした。

残るは手つかずのパフェが二つ。

しばらくだんまりとした部屋の中、大げさに一掬い、スプーンに盛られたパフェを思いっきり衿華は頬張った。


「──おいひい、です」


直後に浮かんだ満面の笑みを前にして、遥も思わずパフェを頬張る。

衿華が言う通りだ、おいしい。

まかないとは言いつつも、フルーツは大ぶり、その点クリームもしっかりと甘い。

いわば甘さ×甘さで殴られている状態ではあったけれど、疲れている今はむしろこれぐらいがありがたかった。

脳に行き渡るエネルギー、明瞭になる視界。思わず頬が緩む。


そうだ、やれる。

一度打開策が打ち出されれば、後は簡単だった。


「サビ、衿華さんがやりたいですか?」

「……恐縮ですが、是非。その直前、下がるところ少し苦手で──ブラン、少し声低め、ですよね? 行けますか?」

「ええ、恐らく。いっそラスサビ、二人で歌いませんか?」

「お互い、世代ですものね。もこの曲がお好きなのですか?」

「というか、全部好きです。”魔法少女”やってる身、ですから」


弾む会話に伴って、パフェもあっという間に消えていく。ほだされた頭は簡単にアイデアを叩き出し、その輪郭をくっきりと浮かび上がらせた。

食べ終わるのとほぼ同時に互いのパートが決まる。

そうしたら、もうやるべきことは決まっている。

弾みをつけて立ち上がると、マイクをひっつかみ遥は宣言した。


「それじゃ──やりましょうっ」


マキがどうすればいいか教授したのなら、せめて自分はとして、手を引くのだ。

衿華が立ち上がったのを横目で捉えると、深呼吸をして、遥は最初の一音を紡いだ。



◇ ◇ ◇


◇ ◇




「──よかったハズ、です……っ」


乱れた呼吸混じりに、衿華は薄く笑みを浮かべた。


「……ええ、ゼッタイ、行けてました」


背もたれに体を預け、だらしないのなんてお構いなし。

肺いっぱいに空気を取り込み、吐き出すがてら遥は手応えを言葉にした。

三回目にして、確かな成果を得られた。

疲れてはいれど心地良いのは、間違いなくそれゆえだ。


「あと、直すところがあるとすれば──衿華、先輩……?」


うつら、うつら、と。

あとは軽く反省点だけ洗ってお開きにしようと遥が口を開いた時、衿華は舟を漕いでいた。

普段はきちっとした印象がある襟華だったけれど、意外と寝相の悪い居眠りだ。

前後に大きく揺れながら、意識は吹っ飛んでるようだった。


「……やっぱり、疲れてたんだ」


緩んだ口元、閉じたまぶたは弧を描いていて、薄く微笑んでいるようにも見える。

自然な寝顔だ。きっと、それだけ疲れていて、気を張っていたのだろう。

やっぱり、衿華は強がっていた。


「……結構、しょうがないところもあるんだな」


苦笑しつつ、ロッカールームからジャージを取ってくる。

日中は蒸し暑くなっていても、夜は相変わらず肌寒い。

起こしてしまわないように、そっと。遥はそれを衿華にかけた。


「──ブラン、……っ!?」


似つかわしくない悲鳴とともに衿華が起きたのは、ちょうど遥が機材を片付けていた時だった。


「大丈夫ですよ、まだ三十分ぐらいしか経ってませんから。……衿華さん、結構お疲れだったんですね」

「……お恥ずかしいところを……ごめんなさい。それに、お手を煩わせてしまったみたいで……」

「大丈夫ですよ。どうせ、大した手間じゃないので。いい寝顔でしたよ?」

「うぅ……からかわないでください……」


先程までの幸せそうな寝顔から一転、殊勝な態度。

でも、それはそれで気まずい。ここしばらくで一人の女の子としての衿華をたくさん見てきたのだ。

どうせなら、にもっと任せてくれればいいのに、と遥は思う。

からかったがゆえにその殊勝な態度が崩れたことに、いくらか安堵感が芽生える。

顔が赤くなったのを見るに、本人的にはだいぶ恥ずかしかったのかもしれないけれど、それでも、こっちの方がまだやりやすい。それに、可愛らしい。出来心だ。


「……どうして、そんなに頑張るんですか?」


だからこそ。多少、空気がほぐれたからこそ、遥は自然にその質問を口にできた。

生徒会長としても頑張り、”魔法少女”としても頑張る、例え疲れ切ってしまっても──その理由ワケは何なのか。

先程、マキの乱入で有耶無耶になってしまったもの、それが知りたかった。


「……なぜ頑張るのか、ですか」

「学校とか、衿華さんも忙しいのでしょう?」


──僕よりも、ずっと、ずっと。


その言葉は無理矢理飲み込んだ。

流石に、ブランの正体がバレてしまうわけには行かなかったから。


「そう、ですね。……この間、ブランに憧れたという話はしましたよね?」

「……ええ」


衿華なりの意趣返しだろうか、その話をされると顔が赤くなってしまう。

遥をからかうことに成功したからか、軽く笑い声を上げると、衿華は呟いた。


「”憧れ”──もう一つ、あるのです」


そっと、抱くように。

大事に撫ぜるように。

ぽつり、と。いくらか含みがあるような口ぶりだった。


「”憧れ”……ですか?」

「……ええ、恋しいものが一つ」


ひらり、と。遥の方へ振り向いて、


「青春──”いま”、です」


なぜか、と。

聞こうとして、遥は口をつぐんだ。

慈しむような表情を衿華が湛えていたから。

自然と、その邪魔をすることは考えられなかった。


そんな遥の心中を察したのか、


「理由は──乙女の秘密、ということでよろしいでしょうか。──?」


からかうようにそう口にすると、それっきり衿華は何も教えてはくれなかった。


高校三年生、生徒会長。

忙しいことばかりの中で、さらに”魔法少女”を続けるのは、青春に──”いま”に憧れているから。

”魔法少女”することに、そこまで価値があるのか。

衿華ほど忙しくない身だ。

かえって余裕があるからこそ、遥にはわからなかった。


「……じゃあ、その”いま”のために、頑張らなきゃ、ですね」


なんとか口にできた言葉はそれだけだった。

振り絞った”先輩らしさ”が、さらりと溢れる。

それでも、強がれるなら強がりたい。


「……ええ、のおかげで、歌はなんとかなりそうです。また、よろしくお願いしますね?」


”いま”が何かわからずとも、乙女の秘密が閉ざされていようとも。


「もちろん、です」


衿華のである自分にはまだ自信を持っていたいから。

ステージの照明を落とすその瞬間まで、遥は強がって微笑んでいた。

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