#6 「魔法少女の自分磨き」

「——きて」


揺さぶられている。

時折感覚が鮮明になり、でも、すぐに朧げになり、意識が浮き沈みを繰り返していた中。


「——起きてっ! 遥っ!」


不意に耳元で響いた大声が、意識を一瞬で引き戻した。

コの字状に組まれたボロっちい机とパイプ椅子、少し遅れて理解が追いつく。生徒会室だ。

どうやら定例会を待つ間に寝落ちしてしまっていたらしい。


「うわっ!?」


そして、至近距離で。遥が顔を上げたのと同時に悲鳴を上げた女子生徒がいた。

横に編み込みの入ったボブカット、健康的な少し焼けた肌、こちらを見つめるくりくりとした丸っこい瞳は見開かれていて、その人当たりの良さそうな顔には驚愕が滲んでいる——彼女が遥を起こした張本人らしかった。


「……なんでそんなに驚くんだよ。そもそも透羽とわが僕を起こそうとしたんだろ?」

「いや、そうだけど……まさか、こんないきなり起きるだなんて、思わなかった、から……」


どこか言い訳がましくそんなことを口にしながら、女子生徒——彩芽あやめ 透羽とわはちら、ちらと視線を逸らす。

気まずくなった時に彼女がよくやる仕草だ。透羽とは小学校入学以前からの付き合いで、だからこそよくわかる。

彼女は遥の、いわゆる幼馴染で。今は同じく高校二年生、生徒会”副会長”だった。


「普段は全然揺すっても起きないし——今日も、そんなものだと思ってて。……遥、どうしちゃったの? 何か変なものでも食べちゃった?」

「……別に。ただ僕だって日々成長してるってだけ。ほら、よく言うだろ。男子三日して——なんとやらって」

「——それを言うなら“男子三日会わざれば刮目して見よ“、でしょ? それに、起きれるようになったって言っても、そもそも普段よりは早かったってだけなんだから。そういうところ、やっぱり遥は変わらないね?」

「……昨日は遅くまでバイトしてて。それで寝不足だったってだけだよ」

「……だからって、生徒会室で寝るのは良くないよ。ほら、特に今日とか……衿華先輩、ちょっと不機嫌みたいだし」


目の下に薄く刻まれたクマ、目を擦り擦り、ホワイトボードの前、いわゆるお誕生日席で作業をしている衿華は眠たげだった。

昨日は帰りが相当遅くなってしまった。それは衿華とて例外ではなかったらしい。


「何か仕事、溜まってたのかな? そういえば、遥もこの間残らされてたよね。進捗が危なそうなものでもあったの?」

「……さあ、どうだろ。僕は一応、一時間程度で帰れたし……関係ないんじゃないかな」


なんとか口先だけで誤魔化しつつ、再び衿華の方へ視線を向ける。

それにしても、と。その顔を見ていて思う。

透羽が言う通り、彼女が不機嫌なのかどうかはわからなかったけれど、今日の衿華はだいぶ人相が悪い。

元々鋭かった瞳はクマのせいで強調され、道中うつらうつらとしながらも、それでも瞼に力を込め、パソコンに注視しながらキーボードを叩く姿には執念すら感じる。そうして続けていた作業が、ようやく一段落ついたところだったのだろうか。

こめかみを揉み、疲れを吐き出すようにため息を一つ。衿華は口を開いた。


「——それでは、そろそろ全員集まったようですので、定例会を始めます」


普段と同じ凛とした声——ではなく、ほんの少しではあったけれど、それは気怠げな響きを含んでいた。

ともすれば、若干ドスが効いているようにも聞こえて。

透羽が短く悲鳴を漏らしたのが聞こえる。

今日の衿華は不機嫌そう、昨日の出来事がなければ遥もそんな感想を持っていたに違いない。

威厳がある生徒会長としての外面を、衿華は今日も保っていた。


ただそれだけに、この先輩ひとが案外天然で、お茶目だなんて、相変わらず信じられないな、と。

思いの外、人は見かけによらない。昨日の衿華を思い出して、遥は苦笑した。



◇ ◇ ◇



「ねえ、遥。放課後ヒマ?」


危惧していた衿華も欠伸をいくつかしたぐらいで、特に変わった様子もなく。つつがなく定例会は終わった。

若干痺れた足を引き摺りつつも、今日もバイトが入っている。

肩にカバンをかけ、遥が部屋から出て行こうとした時、それを引き止めたのは透羽だった。


「ほら、もうすぐ中間テストでしょ。この後、一緒に勉強でもしない?」

「……一人でできるから大丈夫だよ。それに、今日バイト入ってるから」

「……そっか」


透羽は小さく嘆息すると、


「……どんなバイトで、どうしてそんなにシフト入れてるのかわからないけど……あんまりのめり込みすぎない方がいいよ? 成績とか、どうなの?」

「落ちてないよ。……それに好きでやってるやつだから」


同い年にも拘らず、どこか年長ぶって、透羽はいつも一言余計だ。

高校生になって多少距離が開いたかと思えば、些細な提案でまた距離を詰めてくる。

異性の幼馴染、というのは距離感が上手く掴みづらい。境界線が曖昧で、うまく捉えられないのだ。

ともすれば、どんな風に接すればいいのかがわからなくて。話しているとどうも刺々しくなってしまう。


「……なら、いいんだけど。じゃあね、遥」

「ん、それじゃ」


ずり落ちたカバンを背負い直し、今度こそ遥は部屋を出た。

心なしか、どこかそわそわした様子でキーボードを叩く衿華を横目で捉えながら。



◇ ◇ ◇



更衣室——とは言っても、カーテンで仕切られた簡素なものだが——で着替え終わったのち、遥がロッカールームに出て来た時、ちょうど入れ替わりで入ろうとしている他の“魔法少女”がいた。


「おはよ——ではなくて……えーと、こんにちは。ブラン

「こんにちは、衿華さん。……寝不足、ですか?」


衿華だ。普段よりも少しだけぼんやりとした様子なのは生徒会室と変わらず。むしろそちらでの作業を終えた後だからか、尚更そう言う風に映る。


「……いえ。そこまでではありませんが。少しだけ、です」

「シフト、どれぐらい入れてるんですか?」

「一応、今日も含めて三日連続です。最初ですから。勝手がわかるまでは、と思って」


一昨日がバイト初日。昨日が初めての給仕。それから今日。

思い返してもみれば確かにそうだ。慣れない環境で三日間は確かに疲れるはず。


「……何かあったら、すぐに教えてください。……一応、その——、ですので」


学校での衿華を知っていると、どうにも身構えてしまうけれど。


「……ええ。昨日の様に失敗するわけにはいきませんから」


驚くほど素直に彼女は頷いた——と、いうよりも。学校では気を張っていて、むしろこっちの方が自然体なのかもしれない。


遥がそんなことを考えていた時、突如バン! とばかりにドアが開いて派手なパッションピンクが部屋に入ってきた。

ピンク髪と、既に着替え終わったらしいピンク色のワンピース。ピンク一色に染まった容姿——杏だ。


「お、二人とも早いねっ! じゃあ、先にイイコト教えてあげるよっ!」

「ちょっと、杏っ! それはまだ決定したわけじゃなくて——」

「——もう決まったようなものでしょ? それに、気合い抜群な“魔法少女”のお二人さんにはこういうコト、教えておくべきだと思うしっ!」


慌てた様子で駆け込んできたマキをあしらってから束の間。

軽く咳払いをすると、高らかに杏は宣言した。



「それじゃあ、夏休みも目前っ! ——と言うことで、《ヴィエルジュピリオド》夏の特別イベント、魔法少女総選挙・夏の陣を開催しますっ!」

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