第9話 メッセージ……?

「朝から晴れててきもちー! 善くんおはよ!」


「あ、お、おはようございます……」


 朝の教室のざわめきから身を隠していたぼくに、エドナさんが笑いかけてくれる。


「ていうか聞いてー! 朝からリエちょんのごはんが激ウマでさー。お味噌汁ってポテ半端なくない? 今日のお夕飯も楽しみー!」


「あ、はい……」


「ねね、善くん」


「ひゃ、ひゃい!」


 細い指先がぼくの肩にぽん、と乗る。

 それだけで、ぼくはドキドキしてしまう。


「善くんおもしろwwwどこからその声でてんのー?」


「ご、ごめんなさ……」


 突然距離をつめてきたエドナさんに戸惑ってしまう。いや、ぼくはいつでもおどおどしているのだけど……。


「あのさ。今日の帰り道、ここ行かない?」


 鞄からスマホを取り出して視線を落とす。

 はっとして、ぼくはスマホから目を逸らせなくなる。


「昨日、SNSで流れてきたやつでさー。ほら、ここ結構近くない? ネコがいるんだってー」


「……」


 そのスマホは、昨日の夜、ぼくにあのメッセージを送ってきたものだ。


『私たち、付き合ってないよね?』


 エドナさんはどんな気持ちであの言葉を送ってきたのだろうか。

 そして、ぼくの送ったあの言葉……。


『エドナさんと、もっと仲良くなりたいって思ってます』


 どんな気持ちで、受け止めてくれたのだろう。


「善くん?」


「!」


 うわあ顔が近い。


「なんか調子悪い? だいじょぶ?」


「え、エドナさんは……」


「ん?」


 あれから、エドナさんはメッセージを返してくれなかった。

 その理由がわからなくて、ぼくはずっともやもやしている。胸のなかに生まれた重石がいつまでも消えてくれない。


「あ、あの、その……!」


「うん」


 まっすぐにぼくを見つめ、言葉の先を待ってくれている。


「あ、あの、エドナさんは……」


 ぼくは胸の奥にたまっていた息を吐き出す。


「好き……なんですね、ネコ」


「うん? もちろん! こっちの世界のネコってちょーかわいい!」


「え、そちらの世界にもネコいるんですか?」


「いるよー!……でも、かわいくはないかな?」


 スマホをたぷたぷして、画像を見せてくれる。

 ネコはネコだけど、なんというか神秘的な輝きに包まれていた。


「喋るんだようちの世界のネコ~」


「え、喋るんですか!?」


「そーなの。しかもだいたいが百歳とか二百歳とか超えてるからね。なんだろ……かわいいっていうと怒られるタイプのやつ?」


「なるほど……」


 肝心なことはなにも聞けずに、授業が始まってしまった。

 午後になってもなかなか話すタイミングがなく、結局帰る時間になってしまった。

 ささっと帰り支度を済ませて鞄を肩にかけたエドナさんが、ぼくのほうに笑いかけてくる。


「善くん帰ろ!」


「あ、うん……」


 ぼくは頷く。

 靴を履き替えて、銀杏並木の道を並んで歩きはじめる。

 スマホを取り出して、さっきエドナさんがいっていたネコのいる場所を検索してみた。


「ネコ、みて帰りましょうか」


「覚えててくれたんだ! うれしー!」


 エドナさんはぼくの手を握った。

 ぼくは努めて冷静になろうとしたけれど、その手のぬくもりから意識を離すことはとうていできなかった。


「あ、が、が……」


「お?」


「て、手が……」


「手なんてこの前も握ったじゃーん!……あ」


 エドナさんは急に顔を赤くして、ぱっと手を離した。


 なんだろう。


 ……手、汗でぬるぬるしてたかな。


 気持ち悪かった、かな。


 気持ち悪かったん、だな。


 さよなら。


「ごめんなさい手汗ぬるぬる人間であることを忘れてあろうことかエドナさんの手を触れさせてしまい――」


「また饒舌になってる! ちがうちがう! 今のはそんなんじゃなくって……」


 うろたえるぼくと対照的に、エドナさんはしゅんと大人しくなる。


「妹とね」


 耳を赤くしてうつむきがちに話すその姿は、おそらくは「恥ずかしがっている」のだった。


「善くんと手をつないだ話になって……『その男の人とどういう関係なの?』みたいな? そのときのことを思いだしたら、なんていうか、すっごく、恥ずかしくなっちゃって……」


「え、えっと、それは」


「あはは! なんか、変に意識しちゃうよね、そういうこといわれると。まー善くんは仲良しだから、べつにいいんだけど!」


「え!? あの、エドナさん」


 べつにいい……とは!?

 なにが!?

 ぼくとはどんな程度の行為が、「べつにいい」のですか!?


「あ、あの、メッセージはそういう……ことだったんですか。付き合ってないよねっていうのは……」


 ぼくは勇気をふりしぼって尋ねた。


「え? メッセージ?」


 しかし、エドナさんは予想外にぽかんとした顔を返した。

 おっきいクエスチョンマークが頭の上に浮かんでいるのがみえる。


「ええ、メッセージ……あれ? 送りましたよね、昨日の夜……」


「ん? 昨日の夜?」


「え? あれ?」


 なんだかすれ違っている。

 昨日の夜、たしかにぼくは「エドナさん」からメッセージをもらったはずだ。それなのに、当の本人が覚えていないというのは、どういうことなんだろうか。


「ちょっと」


 眉根を寄せて見つめ合っているぼくたちに、聞き覚えのない声がかかった。


「お姉様……ごきげんようだし。そして、ヒウマゼンという男。おまえに――」


 ふりかえると、そこにいたのは――


「おまえに――話があるし!」


 長い耳。

 金色の髪。

 青い瞳。

 ――だいぶ低い背丈。


 そこにいたのは、ちっさいエドナさんだった。

 






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