第7話 妹もいるし!

あたしはスルト。

スルト・シューウェクト・フラウト。

異世界からきたエルフ族だけど、今はこの世界で日本の東京という土地に暮らしてる。んだけど、この土地は嫌い。


なんかいつも、ゴミの匂いするし、森はないし。

そのくせどのニンゲンも、平気な顔して生きてるし。


お姉様は、どうしてこんな土地に来ようと思ったんだろう。


しょーじき、こんな臭い土地、来たくなかったし。

中学校はまあまあ楽しいし、友だちもいる。ホームステイ先の家族も善い人だ。


けど、ときどき、どうしようもなく帰りたくなることがある。

美しく、水のにおいのする、あたしたちの森に……。



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「スルト~ただいま~」


「お姉様、ひっつくと暑いし。まだ夏だし」


「えーいいじゃーん。かわいい妹、ぎゅっとさせてよー」


「もう……しょうがない。ちょっとだけだし」


「わーい」


 家に帰って来るなり、お姉様の抱き枕になった。

 うれしい。

 お姉様のにおいは大好きだ。ていうかあたしはいいにおいが好きだ。最近学校の給食で出てきた「揚げパン」もいいにおいだった。あれは反則……油で小麦を揚げて砂糖かけたら、スイーツなんていらないし。あんなの食欲にダイレクトアタックだし。


「……ん? お姉様……」


「ん? どったの?」


「ちょっと失礼」


「うひゃ! ちょっとスルト、くすぐったい……あははは!」


「くんくん……これは……」


 なんていうことだし。

 あたしは絶望した。


「男のにおいだし……!」


「え? ああ、善くんかな」


「『善くん』……」


 そうではないかと恐れていた。

 姉とともにこっちの世界に来てからしばらく経つが、いつも会話のなかに男の名前が出てくる。最初はクラスメイトだろうと思っていたけど、だんだんとそうじゃないのでは、という『におい』がしてきた……。


 これは――彼氏なのでは?


「お姉様」


「あはは……ん、なに?」


「その男は彼氏?」


「な、なに言ってんの!?」


「どこまでいったの。手をつなぐくらいはした?」


「そ、そんなことしないよ……あれ、したかな。どうかな」


「くんくん」


 あたしはお姉様の汗のにおいを嗅ぐ。


「嘘をついてるにおいだし。ちゅーは? ちゅーはした?」


「してないしてない! そんなことしないって!」


「くんくん……うん。嘘はついてないし」


「もー……スルトに嘘はつけないって」


 あたしはお姉様の胸元から顔を上げる。

 

「お姉様、最近とっても楽しそうだし」


「そ、そうかな?」


「スルトは心配。ろくでもない男に引っかかると、人生はすぐに破綻するって、このまえアニメでも言ってたし」


「スルトはそういうの好きだよね~。アニメとか漫画とか。善くんと話合うかも?」


「あたしは善くんに興味ないし!」


「でも善くんはいい子だよ。一回会ってみてほしいな~」


「……たしかに。こっちの世界の男子がどんなものなのか、女子中学校に通うあたしは知らないし」


「っしょ~?」


「将来の義兄を観察するのも悪くないし」


「ちょっ……スルト! お姉ちゃんからかうのやめてってば~」


「まんざらでもないにおいだし。顔真っ赤だし」


「も~!」


「失礼します。おふたりとも……お食事の準備が整いました」


 ふたりで抱き合っていると、リエがあたしたちの部屋にやってきて夕食を告げた。

 彼女は人間のなかでもとても良い子だ。歳も近くて、あたしのいちばんの友達。

 

「いただきます」

「いただきま~す!」

「召し上がれ」


 なによりごはんがとてもおいしい。

 リビングいっぱいにおいしいごはんのにおいが染みついていて、この部屋のなかにいるだけで幸せに包まれる。


「スルトさん、最近学校はいかがですか」


「あたし? 順調だし。テストは満点ばっかだし、給食はおいしいし」


「こっちのごはんおいしいよね~!」


「で、でも、リエのごはんもおいしいし!」


「ふふふ。ありがとうございます」


 とくにこのお味噌汁というやつはなかなか侮れない。

 最初は「しょっぱ!」としか思わなかったけど、味わうたびに奥深い味の広がりを感じるようになって、今では大好きなメニューだ。この味の深さを「旨み」というらしい……食の世界は奥が深い。あっちの世界では味わったことのない味覚ばかりだ。


「エドナさんとスルトさんが来てくださって、この家もずいぶん賑やかになりました……私はなによりも、おふたりが楽しく暮らしていただけたら、幸いです」


「毎日たのしーよ! ね、スルト」


「もちろんだし! まあ、お姉様が楽しいのは、人間関係もあるみたいだけど……」


 話を受けて、リエが首をかしげる。


「人間関係……お友達のことでしょうか」


 あたしは横目でお姉様を見つめる。


「制服ににおいがつくほどの『お友達』って……ねえ、お姉様?」


「もういいってその話~。善くんはほんとに友達なんだってば~」


「『今はまだ』が抜けてるし」


「ふふふ」


 リエが袖で口元を隠してふくふくと笑う。


「お二人のお話はほんとうに楽しいです……それと善くんという殿方は、本当にお友達のようですよ」


「リエ、会ったことあるの?」


「ええ。一度、帰り道が同じになりました。とても誠実そうな殿方でございましたよ。私には、おふたりは……そうですね。仲の良いウグイスとメジロのようでした」


「ウグイスと」「メジロ?」


 お姉様とあたしでセリフを分け合ってしまったし。


「ええ。どちらがどちら……ということもありませんが。生まれた血筋も違えば環境も違いますが、通じ合うところは多い……そんなお二人のように見えました」


「リエちょんってさ」


 お姉様があっけにとられていう。


「ときどきよくわかんないこというよね」


「同意だし」


「え……そうでしょうか?」


 ちょっとショックを受けたみたいだった。

 

「うう……私、生まれたときから躾が厳しくてあまり同年代の方の親しむような風俗に触れてこなかったので……勉強し直して参ります」


 そういうとこだし。

 とは言わないでおいた。


「それなら今度善くんと秋葉原行くから、おすすめの漫画聞いてくるよ」


「ええ!?」「まあ?」


 あたしとリエちょんの声が重なる。


「聞いてないし!? なにそれだし!?」


「へ? つーかいっしょに出かけるだけじゃん? なんかある?」


 ぽかーんとするお姉様と対照的に、リエが顔をちょっと桃色にして、目をうるませた。


「それはその……あいびき、というものではございませんか」


 あたしも加勢する。


「そうだし! そんなの、で、ででで、デートだし!」


「違うよ~! ただのお出かけ!」


「年頃の男子と女子が約束を交わし、都会の通りで逢瀬……これは明治のころから伝わる『でぇと』の作法そのものにございます」


「お姉様! ちゃんと夜までには帰ってくる!? 万が一のこともあるし、ちゃんと5分おきにラインで状況報告するし!」


「もぉ~ふたりともなんなん~!?」


「お、逢瀬……あいびき……でぇと……ほぅ……」


「リエちょん戻ってきて~!」


「……」


 あたしはリエのごはんを食べながら、胸のなかにひっかかるものを感じずにはいられなかった。


 善くんとかいう、男。


 この目で見て、どれだけの男か確かめないといけない。


「も~善くんたすけて~!」


「でぇと……ほぅ……」


「おかわり食べるし!」


 決戦の日は、近いし。

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