第2話 平家の里を訪ねて




 気を失って床に伏せている洋一、騒然とする場内、救急車で近くの日赤に運ばれ緊急措置が行われる。 搬送された洋一はそのまま処置室に運ばれ、検査を受けるも原因が不明の状態で約5時間もの長い間、意識を回復しないのであった。




 しかし洋一の意識の中では全くの別の景色が見えていた、自分に語り掛ける武士がいた、何故かその武士こそ那須与一だという確信が、そして俺、洋一に語り掛けたんだ。




「このままでは那須の家は滅亡する、湯西川の奥地にある平家の隠里を訪ね、鞍馬なる者を探せ、その者たちがお前の助けになるであろうかと、最強の弓を手にし、那須家を蘇らせるのだ、今成家の者よ、あの日の誓いを、ワシとお主と我が子孫は繋がっているのだ、わが子孫を助けよ」



 という変な場面が何度も何度も与一から那須家を頼むという不思議な光景を、気を失っている中深い意識の中で与一が語りかけていたのである。



 日赤に運ばれ約5時間後に両親を含め部活の顧問と部活の仲間達に囲まれている中、ゆっくり寝たという満足な寝顔で目を覚ます洋一であった。


 その後、脳の検査等で結局三日間検査入院となり、体中を調べられた洋一であったのだ。



 この事故を起因として、洋一は時々自分とは違う人格の意識を俺は感じるようになるのである、その別人格を感じている中でも本来の自分の意識もしっかりあり、別人格に支配されるわけではなく頭の中でお互いに会話が出来ているような不思議な感覚が時々起こるのである。




 この様な現象は、中学時代は月に1度位、高校、大学時代では徐々に増えていく傾向はあるものの、私生活に何等影響もなく過ごせていた。




 洋一の中ではあの気を失った時に那須与一が語りかけた内容はあくまでも、あの時に見た屋島の戦いを再現した人形劇を見た印象が強く焼き付いたことが原因で勝手な妄想となり与一の夢を見たのだと理解していたのである。




 洋一は中学より始めた弓道は高校、大学と一貫して行ってきており、弓道を行う者に取って那須与一は英雄であり、たった一射で天下に名を広め、800年以上も語り継がれている伝説の人であり憧れの武人である。




 洋一はあの時、夢の中で語られていた平家の里を訪ねよという言葉をずーっと気にはしていたが、行く機会が無く、大学2年の時にバイトで貯めた金で栃木県の湯西川温泉にある平家の里を訪ねたのである、事前調査ではこの湯西川温泉にある平家の里は、源平の合戦で敗れた平家の一族が落ち武者狩りから逃れるために人里離れた奥地から奥地へと避難した場所だそうだ。




 今では平家の里として温泉観光名所としてガイドブックにも掲載されており、武家屋敷的な温泉旅館もあり、当時の平家の暮らしぶりも見られる歴史的な建造物もあり一見の価値ありという事前調査であった。




 色々と見て回りたいと計画し、宇都宮駅でレンタカーを借り予約していた平家本陣という宿に向かった洋一、湯西川という集落は途轍もなく山奥の人里離れた本当に隠れた里にあった、今でこそ車で行けるが、当時は徒歩で道なき道を幾つもの山を越え、この里にたどり着いたという事がわかる場所が湯西川の平家の里だった。




 泊まる平家本陣という宿には歴史的に価値のありそうな数百年前の美術品が展示されており一気にその時代に足を踏み入れたという感覚に包まれた宿、翌日は近くにある平家の人達が集会所として又は生活していた当時の歴史建造物がある立ち並ぶ遺跡を見学する中で、ある館の前で突然、俺、洋一は不思議な感覚に襲われ周りが一切見えない真っ暗闇に支配されてしまった。




 突如として見えた風景、那須家の家紋を掲げたのぼりを背負った武士達に引率された者達が100人はいるであろう、今にも倒れそうな、疲れ果てた老若男女の集団が洋一の前を通り過ぎていくのであった、俺達が付いているから大丈夫だからと、集団を励ます那須家の家紋を背負った武士達の姿が洋一には、はっきりと見え、その集団が遠くへ離れ姿が見えなくなった所で、洋一の視界が戻り見学していた館の前にいる自分はいた、時間にすれば5分ほどの出来事であろうか。




 その夜宿で寝ながら突如として館の前で見た風景について洋一は、あれは何だったのか、いったいどうして見えたのか、俺の周りにいた人達は誰もあの風景が見えていないのか、与一が語った平家の里を訪ねよとの言葉は何を伝えたかったのか。

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