第0章:プロローグ

第1話:いつもの生活

 



・・・これは、ある青年の持つ最も古く唯一残る記憶。


 最後に見た母親の名と顔、言葉しか残っていない記憶。


 一人の母親が願う記憶。


 そして、唯一が故に空白を埋めようとする呪いとなっている記憶である。


「強く生きなさい。・・・この世界は決して美しいものではないけど、あなたならきっと変えることができる。だってセラ、あなたは勇敢な彼と、美しい私の子供なんだから。」


 荒れた荒野、いや荒野になった森林だった場所で長く綺麗であったグレーの髪を乱した女性が同じ色した頭の少年を抱きかかえている。


『嫌だ、嫌だ!』


 その声は届くはずもなく胸の中で反芻され消えていく。


「私は少し旅に出ることになるけど大丈夫、いつかきっと・・・いえ!必ず!迎えに行くわ!・・・母親失格でごめんね?・・・・ミルネの言うことをちゃんと聞くのよ?」


 女性は抱きかかえている少年に聞こえるよう願い、そして自分に言い聞かせるよう少し、ほんの少し微笑み言った。


 生を失った大地に一粒の雫を落としながら。


『いやだ…』


 夢であることをの彼の声は決して発されることなく覚醒に繋がる方へと意識を浮上させていった。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「嫌だ!」


 ベッドから大きな音を立て青年は意識を覚醒させ、

あぁ、またこの夢か・・・

納戸色なんどの目を瞑りグレーの頭を掻く。


 頬を薫風くんぷうが撫でる。


 ベッドの横に置いたスマホが彼を起こそうと呼びかけを行っており、それを彼は手荒く黙らせた。  


 彼がスマホに手をかけたまま、夢と現実の間で反復横跳びを繰り返していると、部屋の外から、こちらに向かう怒りを帯びた足音が聞こえる。


 大きな音を聞きつけ、青年の自室のドアが弾く勢いで開けられる。


 にび色の髪を腰まで伸ばした女性が濃藍の眼を半開きにし、少しきつめに声を張って呼びかける。


「コラ!!声が大きいわよセラ!トレーニングで疲れて昼寝するのは分かるけど、もう少し考えなさい!!」


「ミ、ミルネ、ごめん!」


 セラはすぐさま叔母であるミルネに謝罪の言葉を述べた。

 彼女が退出した後、充電し忘れたスマートフォンに気付き、慌ててコードに刺す。


「っと・・・その前に。」


 空いていた窓から身体を乗り出し深呼吸する。

 眼下には草原が広がり、風になびいている。

 屋根の上にはカラスでもいるのだろうか、カァカァと鳴く鳥の声が聞こえた。

 此処から見ることのできる、離れにある円状に形成された街は、活気があり人の流れも多く、丘の上であるこの場所にも声が届きそうな勢いであった。


「さ、また行かないと。」


 一呼吸入れた彼は部屋をでる。


 支度を終え、ミルネと共に家の裏にある森へ向かう。

 この人工大陸ムーでは馴染みのある森だ。

 彼らは再びトレーニングを始める。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~


「痛たたたた・・・。」


 今日も今日とてボコボコにされ顔腫らしたセラが、ミルネと共に帰宅する。

 綺麗な状態を保ったミルネの白を基調としたトレーニングウェアに対し、セラの黒いトレーニングウェアは土などの汚れにまみれていた。


 日は暮れ始め、街の中心にある教会の鐘の音が離れのこの地まで届いていた。 森も日暮れを知らせるかのように闇を作り始めていた。そんな森から誰にも気付かれることなく何かが飛び出し、去って行った。


「・・・・」


——はずであった。



 日暮れに鐘の音のせいか街から、カラスが鳴きながら群れで羽を形成し、頭上を飛んでいく。

 この地域の見回りをしていたエネルギー計測ドローンもカラスに紛れるかのように街から飛んできていた。おそらく充電のための交換であろう。


 家に辿り着くとそのままセラは汚れを落とすためにシャワーへ直行する。

 傷が染みるのだろう、セラの「いたっ」「ひぃッ」などの情けない声が家に響く。


「あたしの可愛い顔に傷一つもつけられないなんて、まだまだね。」


 そんな声を聞き、リビングの椅子に腰を掛けていたミルネは、鈍色の髪を軽く手で梳きながらクスッと笑みを零しながら呟いた。


「アークもまだ発現してないのに、よく頑張るわね・・・。まだルビア姉の影を追っているのかしら・・・。」


 ミルネは、視線を特に何もないただの木目の天井へ上げ、息を吐くように言の葉を漂わせる。


「ふぅー、こんなじゃ駄目だわ。」


 彼女は自身のネガティブな思考を払うかのように首を振り、視線を戻した。


「さて!セラが出てくるまでに夕飯の支度をしないとね!」


 ミルネは椅子から立ち上がり直結していたキッチンへと向かっていった。


 暫く経ちセラがシャワーを終えるころには、家全体に食欲をそそる良い香りが回り、夕食の時を告げていた。


――――――――――――


 夕食を終え、セラとミルネはいつも通り談笑をしていた。

 垂れ流しているだけのテレビでは、最近、人気が出てきたと思われる子役の女の子が、大人たちに囲まれ愛想笑いをしているだけであり、彼らを癒すものではなかった。


 

 そんな興味のかけらもなかったテレビから決して穏やかではない内容が流れ出す。




〚・・・緊急速報、緊急速報、ユーラシア大陸連邦の旧モンゴル地区にて星壊せいかい災害を確認。

 これを受けユーラシア大陸連邦は創天そうてん協会に救援を要請。

 現在、ムー大陸連邦、創天協会本部の戦士部隊が迎撃、壊滅に向けて行動を行っている状況です。災害が発生しているユーラシア大陸連邦、旧モンゴル地区に近い場所にお住まい方々は警戒をしてください・・・〛



 ミルネの顔が一瞬険しくなったのをセラは見逃さなかった。


「・・・」


「ん・・ミルネ?」


「なんでもないわ。ここはムー大陸連邦よ、心配なんてしなくてもいいの。さあ、食器を片付けるわよ。」


 沈黙を誤魔化すようにミルネが声色のトーンを上げたが、今度はその様子を見たセラが逆に黙ってしまった。



「・・・」


「ちんたらしないの!さっさと片付けして食器洗いをするわよ。」


「はーい。」


 いつもの日常、変わらない一日を終えセラは自室

 部屋に入ると俯せに倒れこむかのように身体をベッドに沈めた。


(ミルネは星壊災害のことになると毎回暗くなる・・・僕はミルネのこと思ったより知らないなぁ・・・)


 彼女には謎が多かった。セラに対し、何か隠している仕草が時折見られる。

 特に彼女の成長しない身体については見た目からして明らかであった。その華奢な身体は五年前から変わることはなく、背丈に関しては成長期を経たセラがとうに抜いてしまっていた。



 俯せの身体を回転させ仰向けになる。


 ——それに、


「いつになった僕にアークが発現するのかな・・・。」




 ————アーク


 この世界では、星壊エネルギーと呼ばれる力を起因とした災害、星壊災害が発生していた。通常、星壊エネルギーは人間にとって有害、マイナスであるが、アークはそのエネルギーをプラスに変え、扱えるようにするものであった。

 アークを持つ者が星壊災害に対抗することができる。このことが世界の常識であった。ミルネはセラにアークの力を説明するとき、いつもこう呼んでいる「デタラメ」だと。


 セラが夢にまで見ている母親の捜索、そして記憶に残る言葉の実現にはアークは必須であると彼は考えていた。 


 そんな彼が思考の海に居る最中、窓の外で人工のカラスが騒がしくしている事に気付くことはなかった。

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