小早川秀秋伝

雪野スオミ

序章

 慶長五年、松尾山。一人の若い将が霧の立ち込める関ヶ原を見下ろしていた。若い将のその冷たい目は静かに一つの陣を見据えていた。

「重元、わかっていますね」

彼は傍に控えていた老将に言った。だが老将は髭を撫でながら厳しい顔で関ヶ原を眺めていた。

「しかし、殿。宇喜多、小西、島津……、未だ見えませぬが立花、東では上杉や真田も三成に味方していると聞いております。この軍勢では、やはり三成めについた方が……」

若い将は冷静に老将の言葉を遮った。

「いや、それには及びません。我々は当初の約定通り、徳川殿にお味方しましょう」

「しかし……」

「黙りなさい」

若い将は冷たい笑顔で老将を見つめた。

「それでは殿は……」

「黙れと言ったはずです、重元」

「……はっ、承知いたしました」

老将、松野重元は静かにその場を去った。若い将は空を見上げ、手を伸ばした。

「……さて、義父上。見ておられますか? これが私の、小早川秀秋の役割ですよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る