あじのきおく

群乃青

第1話 いちごシロップ





 先日、今年最後と思われる加工用いちごをお店で見かけて買った。


 ひとパックなので微々たるものだけど、砂糖をまぶした苺を鍋に入れてゆっくり煮る時に湯気と一緒に立ちのぼる甘い香りが、なんとも言えない幸せな気持ちにさせてくれる。


 ただし私のジャムづくりはいつも適当で砂糖の量を規定よりかなり少なく見積もるせいか、ジャムと言うより赤いシロップの中に煮たいちごがぷかりぷかりと浮かんでいる状態に仕上がる。


 きちんと砂糖を50%入れればこのようなことにならないのだそうだけど、どうせすぐヨーグルトに入れて食べてしまうし瓶に詰めたら冷蔵庫で保管するからいいやと、改めることはない。


 いや、どちらかというと楽しみなのだ。

 いちごシロップそのものが。


 あの、ピジョンブラッドのように赤く透明な液体そのものの美しさと、いちごの香り、そして口に含むと砂糖とレモン汁の甘酸っぱさの虜にならない人はいないのではないか。



 母がなんでもまめに手作りする人だったため、五月になると必ずトロ箱いっぱいに苺を買って加工し台所が甘い香りでいっぱいになった。


 だから、この季節が今でも一番好きだ。




 私が小学校に上がる前、ある地域に大型の団地群が出来た。


 そこへ私と同じような家庭環境の家族がどっと一斉に引っ越して、にぎやかなものだった。

 どの棟にも同学年の子が何人もいて、その兄妹も同学年。

 習い事、子供会、親も子も色々なコミュニティが交差して、一緒に育って、まるで長屋暮らしのような感じに思えた。


 とはいえ、親しき中にも礼儀あり。


 母はお調子者の私の首根っこを押さえるために常々そう言い聞かせていたが、ふとした弾みに手綱が緩んだ途端に行方をくらますため、何かをしでかすので気が気ではなかっただろう。


 今思うと当時の母はまだとても若く、小学校低学年くらいまでの私は怖いもの知らずで考えなしの子犬だった。


 そして、近所に住むKくんの歳の離れたお姉さんたちが大好きだった。


 幼稚園が一緒だったKくんとは家族ぐるみの付き合いで、口の立つ彼とは言い合いばかりのケンカ友達だったが、二人のお姉さんに憧れていた。


 三つ上の兄と昔から仲が良くない私としては、優しいお姉さんが欲しかったのだ。


 Kくんにはなんと二人もいる。


 上のお姉さんは百合の花のように清楚で下のお姉さんは向日葵の花のように元気いっぱい。


 彼らのお母さんはどちらかというと上のお姉さんと雰囲気が似ておっとりとした綺麗な人だった。



 Kくんとは遊びたくないが、お姉さんたちやおばさんに会いたくて私はある日無謀にもお宅へ突撃した。


 低学年の帰宅時間に高学年のお姉さんたちが在宅している筈もなく、家へ上げてくれたおばさんは私にいちごシロップを水で溶いたジュースを振舞ってくれた。


 それのなんと美味しかったこと。


 透明なグラスの中で赤い液体がきらきらと輝いていた。



 お姉さんたちに会えなかったのは残念だけど、美味しいジュースが飲めたしとスキップして途中の公園で道草食いながら帰宅すると、玄関で待ちかまえていた母から雷が落ちた。


 どうやらおばさんから母へ連絡がすぐに行っていたらしく、なんて恥ずかしいことをとこってり絞られ、本音と建前をその時に学んだ。


 以来、突撃訪問はしていない。

 多分。



 そして時々、あれは本当にアカン行いやったなと反省しつつ、思い出すのだ。


 あのいちごシロップの赤い輝きを。





(追記)


 いちごシロップは牛乳と混ぜると苺ミルクとなりますが、私のお勧めは無調整豆乳です。


 豆乳に少量でもいちごシロップを入れてよく混ぜると、酸味が反応するのか滑らかな口当たりの飲み物へ変わります。


 断然こちらの方が美味しいと思う。

 お試しあれ。

 






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