第47話

 朝比奈は窮屈きゅうくつな礼服を着て葬祭場の受付に立っていた。泣きはらした顔の有希菜も一緒だった。高木支局長が交通事故で亡くなってから5日後のことだ。


 高木の死後、朝比奈は頭の中を整理できずにぼんやりすることが多くなった。受付に立っている今も、頭を下げるだけで実際には何の役にもたっていない。


 会場にはワールド通信社の社員の顔が沢山あった。その中には八木編集局次長の顔もある。


 社員たちは、朝比奈のもとに寄ると決まって事故原因をきく。直接的な原因はオートドライブ・システムの故障による玉突き事故だったが、4台の車のオートドライブ・システムが同時に同じ場所で故障したのだから、普通の事故であるはずがなかった。


 最初に故障したと思われるのは高木の前を走っていた大型トラックだった。運転手は慌ててブレーキを踏んだらしい。そこへ同じように自動運転システムの壊れた高木の車が激突した。その後にも2台のトラックが、オートドライブ・システムが壊れた状態で追突した。5台目のトラックのオートドライブ・システムは正常に機能していて、追突せずに緊急停車した。


 高木は前後2台のトラックに挟まれた。即死だった。


「故障の原因は何だ?」


 朝比奈を問い詰める八木。


「わかりません」


「おまえは記者だろう。警察に食らいつく気もないのか?」


 そういう八木の顔を、朝比奈は腑抜ふぬけた顔で見るだけだった。同僚の死に対して、朝比奈は悲しみ、八木は怒っていた。


 事故の後、朝比奈が何もしていないわけではなかった。栃木県警や高速道路運営会社、保険会社などに足を運んで情報を集めた。それでわかったのは、4台の車共にオートドライブ・システムだけではなく、他の電子部品が同様に壊れたということだ。もちろん全ての走行記録データも消失していた。


 高木の携帯端末や業務用タブレットは押しつぶされていたが、メモリーは形状を留めていた。そこでデータの復元を試みたが、走行記録データ同様に取材記録も完全に消失していた。


 そうした中で、先頭のトラックのブレーキが効いたのは奇跡といえた。古い車種で電子制御以外の制動機構を備えていたからだ。しかしそれは、後ろを走っていた高木にとっては不運だった。激突の衝撃が増した。


 事故を調査する警察や国土交通省は、何らかの強力な電磁波が電子装置やデータを破壊したと結論付けた。しかし、強力な電磁波がどこでどのように発生したのか、特定できないでいた。




 高木の遺影は凛々しく、そして優しく参列者を見つめていた。その視線を誰もが辛い思いで受け止めた。


 最前列には高木の妻、藍子の憔悴しょうすいしきった背中がある。左目付近の傷は大きめの眼帯で隠れていたが、悲しみのために普段以上に歪んだ表情は、初めて顔を合わせる者たちに同情以上のおののきを感じさせた。ただ一つ光る瞳には夫を殺した者に対する恨みが宿っていた。


「あの顔……」「かわいそうに……」「怖い……」ささやく声が、会場のそこここで聞かれた。


 中年記者の死を、どれだけの者が明日は我が身と、真剣に受け止めただろう?……少なくともワールド通信社の記者たちは、得体のしれない力をひしひしと感じていて、葬儀会場を後にするとき、その瞳には悲しみや苦しみではなく、警戒と怒りの火が宿っていた。


「何かお困りごとがありましたら……」


 朝比奈は葬儀会場に参列者の姿が見えなくなってから、藍子に声をかけた。何か力になりたいという気持ちはあるのだが、自分にはそうする能力がないという自覚があり、決まりきった言葉しか口にできなかった。


 有希菜を連れてホールを出るときは、高木を残して逃げ出したような罪悪感を覚えた。彼の逮捕時に次ぐ、2度目の罪悪感だった。


 駐車場で車に乗り込もうとしたとき、目の前に喪服姿の斉藤由紀子、新潟支局長が立った。


「おつかれさま」


 彼女の声は、打ちひしがれた朝比奈の耳に澄んだ鈴の音のように聞こえた。


「少し、時間をもらえるかな?」


 斉藤は背の高い朝比奈を見上げた。


「佐伯さん、お疲れ様。後はいいよ」


 有希菜に帰るように指示し、朝比奈と斉藤は福島支局に向かった。

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