第18話
高木は、手渡された書類を見て、家宅捜査に入ったのが県警の公安課ではなく警視庁の公安部だと知った。
「やられたな」
家宅捜査をしたのが県警ならば情報を手繰れると考えていたが、相手が警視庁ではお手上げだった。田舎の警察のようなわけにはいかない。
手にしたリストには、業務上の関係書類や原稿の下書き、出納伝票まである。
「出納伝票?」
そこから情報提供者や記者の足取りを押さえようというのか?……高木は吐き気を覚えた。なんとも気持ち悪いものと出くわしたものだ。
その時、有希菜が泣いているのに気付いた。
「どうした。公安にいじめられたか?」
佐伯は首を横に振り、泣くばかり。
高木は、女性の涙は苦手だった。それを流す理由もわからなければ、慰める言葉も見当がつかないことが多い。
家宅捜査を受けて緊張していたのが、自分の顔を見て気が緩んだのだろう。ならば、そっとしておくしかない。……そう解釈した時、有希菜が口を開いた。
「彼と連絡が取れないんです」
「彼?」
この非常時に、何を言うのだ。……思わずムッとした。
「彼は、彼です。彼、公安かもしれません」
有希菜がズズーっと鼻水をすすり上げた。
「なんだって?」
「今日、荷物を運ぶ捜査員の中に彼に似た人がいたのです。それで電話を掛けてみたら、その電話番号は使われていないって、メッセージが流れて……」
――ズズー――
「その捜査員に声を掛けてみなかったのか?」
尋ねながら、自分の席に着いた。
「その人は、ずっと外にいて荷物を運んでいたから……」
警視庁公安部が汚い捜査手法を取るというのは、高木の仲間内では知られたことだった。だからといって、二十歳そこそこの女性に色仕掛けで近づいて情報を取るようなことまでするだろうか?……高木は想像を否定できなかった。一部の公安部員は、国家のためなら殺人さえ実行すると言われている。彼らが有希菜に近づき、こちらが何を掴んでいるのか探ったのに違いない。そう考えると腹が立った。しかし、それも推測でしかない。できることなら恋愛に夢を抱く彼女の気持ちを守ってやりたいとも考えた。
「家宅捜査されるようなことを話したのか?」
「覚えていません。いろいろ話したから」
「いろいろ?」
「彼、うちの仕事が面白いと言うので、仕事のことや支局長のことを沢山教えてあげたんです」
馬鹿野郎。……胸の内で言った。引出しを開けてみる。文房具や小銭は残っていた。
「なるほど。……しかし、それだけじゃ家宅捜査を受ける理由にはならないな」
有希菜が話した色々の中には、彼らの興味をひくものがあったのに違いない。
「そうなんですか?」
彼女の涙は止まっていた。
「まあ、彼にも事情があるのだろう。映画じゃないから、公安だって捜査のために佐伯と付き合うことまでしないさ」
高木が噓で慰めたのは、腹を立てている自分だった。
「でも、電話もつながらないのですよ」
「ああ、それは、佐伯の性格がきついことに気づいたんだな。そいつは逃げたのさ。家宅捜査とは関係ない」
「ヒドイ」
有希菜が口を尖らせた。
「まあ、怒るな。出会いも別れもいろいろだ」
高木は、彼女が失恋の痛手から早く立ち直ることを願いながら受話器を取った。
本社の八木に家宅捜査を受けたことを報告すると、受話器の向こうの彼が驚いた。当然、本社も家宅捜査を受けたろうと考えていたのだが、対象は福島支局だけだったようだ。
『これは我々ジャーナリズムへの挑戦だぞ。売られた喧嘩は買ってやろう』
八木の言葉が芝居じみていて、思わず笑いそうになった。
「福島以外、家宅捜査が入った事務所はないのですね?」
念を押した。
『ないが、それがどうした?』
「てっきり、本社にも捜査が入っただろうと思いまして……」
『本社にがさ入れがないのが、それほどへんか?』
その声には八木のいらついた響きがあった。
「当局は、なぜ本社の家宅捜索も行わなかったのでしょうか? 考えてみれば、私の車の端末が押収されなかったのもおかしいと思います。移動先を特定するには、それを抑えるのが手っ取り早いはずです」
『目的は、福島支局……、いや。それなら車も捜索するな』
「そこです。当局は本社が絡んでないという確証を持っているのではないでしょうか? あるいは、本社からは証拠が出ないと知っている。車内のメモリーにある情報が欲しいわけでもない。つまり必要だったのは、デジタルデータではないということです」
『なるほどな。高木君の言うことが当たっているのだろう。とにかく、この喧嘩、負けるわけにはいかない』
八木は、『メディアの意地をみせろ』と喝を入れて通話を切った。
「とんだ精神論だ」
ため息が漏れた。そこに取材に出ていた朝比奈が戻った。
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