11 明日に備えて

 リンディは国土管理局への調査依頼の連絡を請け負ってくれた。


 飛声石を起動させ、繋がったらしい相手と彼女がよそ行きの声で会話を始める。


 事務的な言葉のやり取りが何度かあって、通話は終了したようだった。


「──また後ほど連絡するそうよ。本当なら何日も待つんだけど、捜査に必要だって言って、できる限り早くしてもらった」

「これが公権力の強いところだな」


「多分、派遣される調査員を現地に連れて行くことになると思うの。少なくとも今日中に出発するなんてことはないだろうから、今日は帰ってもらって結構よ」


「ああ。ところで村襲撃のスカウトがいたって話なんだけど、もしオークの村が攻撃された場合はどうなるんだ?」


「どうなるって、そんなことすれば冒険者であろうと当然捕まるわ。オークに死傷者が出なくたって、焼き討ちにでもされたら村としてやっていけないでしょうからね」

 リンディは手を腰に当て、首を振った。


「それでもし、村の存続や復興が困難となったらどうなる?」

 リュウドが聞いた。


「それは土地の所有者、村長次第ね。でも、村人のために買ってくれる相手に土地を売って、移住の費用にするくらいしかないんじゃないかな」

「そんなの、それで得するのは土地を手に入れたい奴等じゃない!」


「そう、まさにそうなのよ。依頼は妙に金払いが良さそうだし、そっちもワイダルの息が掛かってそうよね。いえ、ワイダル自身が名前を伏せて依頼を出してるって考えたほうがしっくり来るかも」


「攻撃がいつなのか、まだ見当も付かないから、警察のほうで何かしら予防ができないものかな?」


「私もそれを考えてたんだけど、許可のない集まりがあったら警戒するように、王都の警備兵隊に頼もうと思う。あまりにも人数が多いようなら、騎士団にも手を貸してもらうことも考えないと」

 今後の対応を決めて、俺たち3人は警察署を出た。



 現在は夕方になる少し前。

 僅かに空に赤みが出たくらいで、何をするにも中途半端な時間だ。


 夕飯には少し早いが、このまま宿に直帰するにしてもその後のスケジュールは何もない。


 特にやることもないので、俺たちは露店が並ぶ通りを、各自が目の届く範囲でブラつくという話になった。


 リュウドは短剣類を、アキノは薬草や薬瓶を見ているようだ。


 俺もぷらぷらしていると、 久々に見た顔がいた。


 人間で歳は20代半ば。

 つば広の羽根つき帽子に色眼鏡カラーグラス、無造作に伸ばされた髪。

 ラフなマント姿に絃楽器を背負った、遊び人を自称する吟遊詩人のバラッドだ。


 軽く手を挙げると向こうも気付いたらしく、人懐っこい顔で、よおと声をかけてきた。


「バラッド、久しぶり。冒険の帰りかい?」

「いいや、飲み屋に行くとこさ。俺は晩の飲代のみしろがありゃ冒険なんて危なっかしいことはしないのよ。そういうお前さんは、訳ありな事件を追ってるらしいじゃないの」


 バラッドはミナさんのギルドメンバーだ。

 ギルドを通じて、捜査の件は既知きちと見える。


「ああ、色々と裏がある事件だ」

「ルイーザは残念だったなあ。街中じゃあオークを殺せって騒いでる連中はいるし、物騒な依頼を広めてる奴がうろついてるっていうし。ああやだやだ、酒飲んで、笑って歌って暮らすのが1番だよ」


「その依頼なんだけど、村への攻撃がいつ始まるとか、何か噂話を耳にしてないか?」


 彼は「うたを作るために世相を知る」という名目でいつもあちこちをほっつき歩いているからか、下手な情報屋より情報を仕入れていることがある。


「さあ、近いうちらしいがね。聞くところによれば直前に知らされるっていうぜ」

「直前に? どうやって?」


「依頼を受けると飛声石を渡されるんだとさ。1回しかやり取りできない使い捨ての、いわゆる「飛ばし」ってやつだ。それで集合場所を伝えられるんだとか」


 一方的に必要なメッセージだけを飛ばすことから、飛声石の簡易廉価版は「飛ばし」と呼ばれる。


 飛声石は魔力を込めた作成者や使用者などの履歴が記録されているが、飛ばしは1度切りの消耗品で記録は一切残らない。


「その方法は、なんとも厄介だな」

「用意周到で証拠を残さない手口がさ、ローグの犯罪集団なんかとまったく同じなのよね。そういうのに手慣れてる奴が後ろで糸を引いてるんだろうさ」


「調査中で多くは言えないが、この件はワイダル商会が絡んでるようだ」


「ま、あれだけの依頼料をポンと気前よく払えるのは、そんな仕掛けだろうよ。街中に殺伐としたオーク憎しの声を拡げてる奴もお察しだ。ワイダルと繋がりのある一部のお偉いさんや貴族様は人間至上主義を掲げてる奴が多いからな、うとましいオークを排除しちまえって魂胆もあるのかもね」


 なかなかみんな仲良くとはいかないもんだ、と彼は少し悲しげに笑うと、

「じゃあ、がんばれよ。解決したら顛末(てんまつ)を聞かせてくれ。詩にして大勢に広めてやるからな」

 ヒラヒラと手を振って、飲み屋街への路地に消えていった。



 バラッドの背中を見送っていると、懐の飛声石が反応し、リンディからの言葉が届く。


(ついさっき国土管理局から連絡が来て、さっそく明日の朝には調査員を派遣してくれるって。10時に警察署で合流ね)


「分かった。ところでついさっき聞いたんだが、村襲撃のスカウトは「飛ばし」で直前に指示を出すらしいんだ。より一層、警戒が必要になるな」


(それ、ワイダルの密輸グループがやるいつもの手よ。わざわざご丁寧に苦情を入れてくるだけあって、もう隠す気もないのね)

「苦情?」


(ええ、ワイダル商会からで、うちの従業員に殺人の疑いをかけて乗り込んできた無礼者がいたってね。そしたら、上が勝手な捜査を止めろって言ってきてさ)

 口振りだけで彼女のふて腐れた顔が思い浮かぶ。


(王立警察の上層部は権力に弱いのよ。ワイダルとズブズブの関係って噂の、例の権力者たちに何か言われたんじゃないの、ったく!)


「どの組織でもありそうな話だな。でも、止めろと言われて、はいすいませんでしたと言う通りにはしないんだろ?」


(当たり前でしょ、ここで大人しく引き下がったら今までの捜査が全部台無し、パーじゃない。もう、とことんやってやるわよ)


「はは、いやいやまったく、職務に忠実な警察官の鑑だな」


(犯人を取っ捕まえて、上の連中の鼻を明かしてやるわ。それじゃあユウキ、明日は準備万端でよろしくっ)


 さすが修羅場をくぐってきた冒険者あがりだ。

 根性があり、度胸が据わってる。

 何度も冒険をともにしたが、彼女はこのくらいでへこたれるじゃない。


 こちらも関わったからには、覚悟を決めて真実を突き止めなければならない。

 他ならぬ俺自身が自ら首を突っ込んだのだから。


 明日までに3人で事件を整理したり、推論をまとめておくとするか。

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