第3話 「ゴブリンLv1」

 ──突然の閃光、そして謎の文字列。


 原理は全く分からない。しかし、どうやら俺は不思議な力を手に入れてしまったらしい。

 その力は俺が「生成」と唱えた後に品物の名前を唱えると、実際にその品物が目の前に生成されるというもの。さっき路地裏で俺が生成した百万円は、今でも目に焼き付いている。……全部10円玉だったことも含めて。


「……しっかしこの力で大事なのは、何を作るかだよなあ。たぶん」


 すごい能力であることは間違いないが、使い手を間違えすぎなんじゃないか?

 たぶんノーベル賞?とか取る頭のいい学者さんにあげたら、俺なんかよりずっと上手く扱うだろうだろうに。まあ俺のモノになった以上、だれにも渡すつもりはないんだけど。


 ……とか考えているうちに、寿限ムは元いた公園にたどり着く。

 いつも通りの、何の変哲もない寂れた公園──という訳ではどうやらなさそうだ。


「なんだあの、気持ち悪い化け物……!」


 を目撃した瞬間、寿限ムはこれまでの日常が壊れてしまったことを実感する。


 公園には一匹、見たこともないような化け物がいた。

 緑色をした肌に長い鼻、長い手足、腰蓑こしみのに巻き付けている以外服は着ておらず、手には『何かを殴るのにちょうどいい太さと長さの棒』を握っている。

 どう見てもさっきの男なんかよりずっとヤバい。裂けた口から舌を放り出して唾液を垂れ流している……どう見ても会話が通じるようには見えない。


 ……マズい、公園には『うな丼』がいる。大丈夫だろうな? 目を凝らすと化け物の視線の先に『うな丼』がいた。

 化け物がズンズンと獲物に向かって近づいていく。そしてブンと猫目がけて化け物が棒を振り回した。──危ない! しかし『うな丼』は軽い身のこなしで華麗に回避すると、茂みの中に隠れるのだった。

 獲物を取り逃した化け物だったが、今度はこっちを振り返ってニタリと笑う。


【エンカウンター:プレイヤーはゴブリンLv1に遭遇しました▼】


 ……一瞬ヒヤリと背筋が冷える感覚がする。

 そしてまた空中の文章だ。プレイヤー?ゴブリン?意味わからん。だがただ一つ明白なのは、生き残るために今すぐ行動を起こさなければならないということだった。


「……おいそこの化け物、今すぐ公園から出てってもらえねーかなあ。……ふん、言葉が通じないか。だったら追い出すしかないな。──生成クラフト『銃』!」


 寿限ムがそう唱えると、目の前に一丁のハンドガンが生成される。そして寿限ムは銃を拾いあげると、そのまま構えたのだった。

 ……銃は俺が知る限り、最強の武器だ。ただ確かもっと大きい銃もあったような気もするが、今は気にしている場合じゃない。


「……たしかこんな感じで構えてたな。で、ここを押すんだっけ?」


 寿限ムは化け物に銃口を向けたまま、引き金を引いた。

 これで化け物に向かって弾丸が発射されるはず。しかし──

 カチ、カチ。おかしいぞ、弾が出ない。


「おいおい不良品か!? だったら別の銃を……! ──生成クラフト『銃』!」


 しかし今度はなぜか銃が生成されない。

 そして銃が生成される代わりに、空中に文字が表示されたのだった。


【スキル:『生成クラフトLv1』クールタイムあと281秒……▼】


「……は?」


 クールタイム──それはスキルを使用してから、再び使用できるようになるまでのインターバル期間のことである。

 吉田寿限ムはゲームをしたことがなかった。なぜならゲームを買い与えてくれるはずの親は、寿限ムが5歳の時に事故で亡くなっているからである。

 故に、寿限ムは目の前の文字列の意味が理解できない。


 ──何だこの文章!? 一体何を言っている? さっきと何が違うんだよ!?

 ……しかし現実として、何も作れないのもまた事実。そうこうしているうちに化け物が近づいてくるのも、また事実。


「こうなったらやることは一つ……逃げる!」


 寿限ムは銃を放り投げると、ゴブリンに背を向けて全力疾走するのだった。


 ◇


 それから寿限ムは、公園の中を可能な限り全力で走り続けていた。

 そしてそんな寿限ムの背中を、ゴブリンが『何かを殴るのにちょうどいい太さと長さの棒』を構えながら追いかけてくる。

 ……喧嘩で一番タチが悪いのは、加減を知らない奴だ。少なくとも、あの「加減?何それ?」といった顔の化け物にタコ殴りにされるなんて事態は御免被る。


「クソッ、化け物め、メチャクチャしつこいな……てか『クールタイム』って一体何なんだ? 『冷たいクール』、『タイム』……つまり"氷河期"か!? ってことはあと200何秒で氷河期が来るって!? んなアホな!」


 ──けど氷河期が来るならこの追いかけっこも終わるだろうし、案外悪くないかもな……

 

 寿限ムは目の前に浮かぶ数値が減っていくのを眺めながら、化け物に追いつかれないように必死で走り続ける。

 やがて時間は残り一分を切り、一桁に変わり──そして。


「あと3、2、1……はい来ない! 氷河期なんて来なかった! じゃあ、これは氷河期って意味じゃないのか? ……って、ん?」


 寿限ムはふと、空中に書かれている文字列が変化していることに気づく。


【スキル:『生成クラフトLv1』クールタイム終了。任意の物質を生成可能です(Lv1)▼】


「……よく分からねーがもう一回使えるって事でいいんだよな!?」


 このまま化け物と追いかけっこを続ける訳にもいかない。もし『生成』がもう一度使えるのなら、このチャンスになんとか「この化け物をぶちのめす手段」を手に入れるしかない。

 ……だったら何を作る? 銃は駄目だ。使い方が分からない。


「だったら直感的に分かりやすい武器……よし、分かった!」


 寿限ムは一人呟く。ここはやはりしかない。


「──生成クラフト『めっちゃ斬れる刀』!」


 ──その瞬間、寿限ムの右手に刀が握られていた。


「……お前の持っているそれは、確かに『何かを殴るにはちょうどいい太さと長さの棒』だ。だがこの俺の『めっちゃ斬れる刀』に勝てるかな……!?」


 寿限ムは刀を鞘から引き抜く。これがめっちゃ斬れる刀……! 陽の光に晒されて、反り返った刀身がきらりと輝いた。いかにも新品といった刀の外観。

 そしてなにより──指先にかかる刀の質量がずっしりと重い。

 ちょっと重いくらいだ、扱えないほどじゃない。変なボタンとかもついていないしな! そして寿限ムはゴブリンに向かって仁王立ちで刀を構える。


 ──寿限ムはその刀の名前を知らない。


 ……「日本刀の歴史の中で最も切れ味が良い刀は何か」。


 その問いの答えは諸説あり結論を出すのはあまりに難しい。しかし日本刀の切れ味を語る際に、必ず出てくる名前が存在する。その名前は「村正」──

 その刀は、かつて「村正」という名で呼ばれていた刀工によって作られた刀と、全く同一の物質の組成をしていた。

 

 寿限ムは刀を握りしめながらゴクンと唾を飲み込む。

 ここから先は本格的に「どう考えても人間じゃない化け物」との喧嘩になる。しかし寿限ムは一向に物怖じする様子は無かった。

 なぜなら──寿限ムには守るべきものが特にないからである。家族もおらず、自分の人生すら退屈で取るに足らないと思っている。それどころか、むしろ見たこともない化け物との戦いにワクワクしている自分がいた。

 このジリジリとした緊張感……そして、今までの人生で感じたことのない高揚……それはこれまで寿限ムが感じてこれなかった「生きている実感」に他ならない。

 

 迫りくる緑色の化け物に対し、寿限ムは大上段から刀を振り下ろす。


「でいやああああああっ!!!!!!!!!!!!!」


 気合の雄たけびと共に、ゴブリンに向かって斬撃が降り注ぐ。狙いはがら空きの胸元だ。ギラギラした刃先が緑色の肉に食い込む──はずだった。

 刀はゴブリンの体に触れた瞬間、何らかの力で弾かれてしまったのである。


「くっ……スパっと斬れるんじゃないのか!?」


 寿限ムは弾かれた刀を再び構えなおす。しかしどうやら弾かれたとはいえ、さっきの攻撃はこのゴブリンに効いていない訳ではなさそうだった。現に、目の前のゴブリンは寿限ムの斬撃にうめき声を上げて足を止めている。

 ……へえ、化け物みたいな見た目をしていても痛みは嫌いというわけだな! 

 やがてゴブリンは立ち直ると、激高したように今度は向こうから『何かを殴るのにちょうどいい太さと長さの棒』を振り回してくる。


「へっ、そんな大振り! 当たるかよ!」


 寿限ムは刀の重さなど関係ないという風に、後ろへ飛んで棒を回避するのだった。

 やはりな、と寿限ムは頷く。この化け物は、ただ手に持った棒を力任せに振り回しているだけだ。

 どうやって相手に当てるかとか、当てた後のことを全く考えていない。武器に振り回されるばかりで足元もおぼつかない、言うなれば子供の喧嘩──

 

 しかし気になるのは、ゴブリンを斬りつけた時に現れた『1』という数字である。寿限ムは攻撃を外してふら付いたゴブリンに向かって、もう一度刀を振り下ろす。

 ……また『1』か! 刀が謎の力に弾かれるたびに、『1』という数字があの化け物の頭上に浮かびあがるのだった。

 一体あの数字は何なんだ? そしてよく目を凝らして見ると、ゴブリンの頭上にはもう一つ「横に細長い四角のようなもの」が見える。

 その四角は、どうやら空中の文字と同じく実体を持たない図柄のようらしかった。そしてまさかと思って頭上を見上げてみると、なんと俺の頭の上にもあった。

 どういう事だ!? こんなものさっきまでなかっただろう!? 試しに触れようとしてみる。ダメだ、やっぱり触れられない。


 クッ……急に現れてかなり不気味だが、こればっかり気にしてもいられない。目の前の化け物を倒すことに集中するべきだろう。

 にしても数字ねぇ……ん? 待てよ? 

 ──俺が斬る、数字が出る。俺が斬る、数字が出る。つまりこれは……


「……なるほど、分かったぞ! これは『カラオケ大会』と同じだ! つまり採点されてるんだな俺の剣が!」


 間違いない。1というのはプラスの数の中で一番小さい数だ。つまり……『お前の斬り方最悪』と評価されているのだろう、多分!



「そうと分かったら話が早い。『100点満点』が出るまで斬り続けてやるぜ!」


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