赤いこけし少女と秘密の学園探求

古木しき

第零回 赤いこけし少女との出会いの事 並に護衛役を引き受けた話の事

 こけしは東北地方の主な湯治客である農民が心身回復と五穀豊穣のイメージが重なることから山の神の縁起物であり、温泉地の土産物として人気を集め、定着したという。

 そして、今私の目の前にいる小さい女の子は、おかっぱに近い髪型に小さく丸い顔、そして赤色が美しい和柄のブランケットを肩に羽織っていて、なおさらこけしらしい見た目をしていた。

 

 北海道の中腹ほどに位置する、私立十北ときた学園高等学校という北海道の私立高校の中では創立約百十年となかなかの歴史があり、多様な校風から人気も高い。進学校としても知られている。

高校入学早々のことになる。私は突然、校長室に呼ばれた。いったい何をしてしまったのか、一切心当たりがなかった。

校長室にあるソファに座らされ、テーブルを挟んだ向かいのソファには校長先生と担任の先生、そしてゴツゴツとした目力の強い中年の大男が並んで座っている。

古代涼こだいりょうくん、入学早々呼びつけてしまって申し訳ない」

校長先生が自分に深々と頭を下げた。

「あの、すみません、私、何かやってしまいましたか……?」

「いや、君に来てもらったのはお願いをしたいからなのだ」

 私は少し拍子抜けをした。だいたい生徒が校長室に呼ばれるときは何か、悪さをしてそれがバレてしまったとき、あるいは校長先生からのお褒めの言葉をいただくときに限られている。

 だが、今回はそういうことではないようだった。    

「さて、本題なのだが……」

 校長先生と担任の先生とゴツゴツとした大男が目配せをしてから私の方に目線が向かった。

 あのゴツゴツとして目力の強い大男は恐らくは警察関係者だろう。しかもかなり偉い立場の。校長先生の汗にまみれた顔をじっくり見つめながらも、横に座っているその大男のことを分析しつつ、校長先生の話に耳を傾ける。

「君のクラスに久月菜乃香きゅうげつなのかさんという子がいる。会ってみればすぐ分かると思う。彼女は泊沢大堂警視総監の溺愛している孫娘なのだ。ここまでわかったかね?

「え、ええ……」

 突然知らないクラスメイトの話をされ、少しは驚いたが、この大男が警察関係者であろうことを考えるとある程度察しはつく。

「君に、なんだ……その……護衛役を頼みたいのだ。もちろん無理にとは言わんが、泊沢警視総監も君の父と君のことを大変信頼している。なので、この通りだ! この頼みを聞いてくれないか!」

 そう言って、校長先生と担任の先生、ゴツゴツとした大男は深々と私に頭を下げる。

 こうなると、もう断れる雰囲気ではない。昔から友人から「涼はなんでも請け負いすぎ! もう少し断る力を身につけるべき!」と厳しい諫言を何度も受けていたが、流石にこの状況は断るような雰囲気ではなかった。

「……わかりました。努力はしてみます。いきなり護衛役です、と言って近づくのもおかしいので、まずは久月さんと友達になることから始めてみるようにします」

 その声を聞いて、むさ苦しい男三人は安堵と喜びの表情を浮かべ合い、椅子から前のめりになっていた校長先生とゴツとした大男は、椅子に深々と身体を沈めた。


 ――とは言っても、友達を作るのは難しい。久月さんとはどういう人物なのか。それを知らなければ、近寄るのも難しい。既に友達が多くできていて輪の中心になっていたとしたら、なおさらそこにいきなり入っていくのも至難の業だ。

 そうこうしているうちに私は校長室から出て、自分の教室へ向かった。ここの一年生の教室は一階である。二年生の教室は三階、そして三年生の教室は二階にある。有り難いことに校長室は一階にあり、すぐに自分の教室へたどり着いた。私のクラスは一年A組。どの学年も四クラスある。一つのクラスには約四十人。共学なため、どのクラスもだいたいは男子二十人、女子二十人の構成だ。

 私の席はなんとありがたいことに窓際の後ろから三番目。まあ、縦の席は五列なので前から数えても三番目。つまり真ん中である。

 教室に入ったときから、様々なクラスメイトが跋扈していて、もう既に友達を作った者たちや、自分の席で音楽を聴いたり、スマホを弄っていたり、本を読んでいたり、突っ伏して寝ているような人もいた。

 その中で異様な雰囲気をもつ小さい女の子がいた。窓際の前から二番目、つまり私の目の前の席でボーッとしているおかっぱのような髪型に真ん丸な顔、赤い和柄のブランケットを羽織った少女がいる。見た目はまるでこけしのようだ。たぶん、この子が久月菜乃香であろう。自慢ではないが、私の直感はまあまあ当たる方である。

 その席に向かう途中、同じ中学の知り合いと「お久しぶり! 今年もよろしく!」などと軽い挨拶を交しながら、席へと向かう。

 さて、どう話を切り出そうか……。悩んでいると、久月菜乃香と思わしき日本人形……いや、こけしのような少女はゆっくりとこちらを向いた。これはチャンスかもしれない。

「あの、久月さんですよね? 後ろの席の古代涼って言います。これからよろしく……」

 挨拶は一応できた。さて、ここから何を話そうかと悩んでいると、この日本人形は口を開いた。

「古代涼さん……。あ、そうでした。久月菜乃香と言います。よろしくお願いします。古代さんはどこか困り顔をしてらっしゃいますが、何かお困りでしょうか?」

 いきなり私の表情を見て困っていることを見抜かれてしまった。

「あ、涼でいいよ。古代って名字はなんか変だし。別に……困っていることはないけど、自分、初めての人と、こうやって話すのがちょっと苦手で、どう話を切り出そうか悩んでいたところだったりで……」

 もう正直に言ったほうがマシだろう。初対面の人と話すのは同じクラスメイトでも緊張するものだ。すると、久月は少し考えて、

「もしかして、祖父や田岡さん達になにか頼まれました……?」

 恐らく田岡というのはあのゴツゴツした目力の強い大男のことであろう。この久月菜乃香は見た目のほんわかとした、悪く言えばトロそうな見た目に反して鋭い。ここは、変にウソをつくよりも、正直に話したほうがいいだろう。

「ま、まあ……。そんなところですね。久月さんの護衛役兼学友を頼まれまして……。な、なんか変な話ですよね……」

 その言葉に驚きもしない久月は、

「まあ、やはり……。入学式のあと、先ほどから全然姿を見ないと思ったらそうでしたか。いえ、申し訳ありません。過保護過ぎる祖父も悪いのです。私は大丈夫と言っているのですが、聞き入れてくれません。父も母も祖父と似て過保護なのです。田岡さんや学校関係者の方まで巻き込み、涼さんまで巻き込むなんて……。これはしっかりと怒らないとダメですね」

 スーッと透き通る声の中に呆れとちょっとした怒りも感じたが、彼女も苦労人なのだろう。その赤いブランケットも風邪をひいたら困るからと着させられているに違いない。

「あ、涼さん! 祖父の言い付けなのですから……とはいえ、護衛……いえ、あの、お友達になっていただけますか?」

 久月菜乃香が恐る恐る私の顔面に近づき、の真ん丸としていて引き込まれそうな純粋な瞳が私を直視する。これは断れない。むしろ、こんな純粋な子は私が護らなくては。

「……は、はぁ……。あ、はい! これから、よろしくお願いします」

 こうして予想に反して簡単に久月菜乃香の護衛役兼友人となることに成功した。しかし、護衛とは何をするのだろうか。まさか、命を狙われているとか、誘拐されるわけでもあるまいし……。そんなことを考えながら目の前の赤い和柄のブランケットを羽織った姿のこけし少女を見つめていた。

 これから、彼女の不思議さや謎っぷり、そしてその変わった洞察力は、だんだんと明らかになるにつれ、久月菜乃香の凄さや秘密を知り、目の当たりにすることになることは現在の段階では、ひとつも分からなかった。

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