第3話 遺跡発掘は過去を形作るもの

 発掘作業は日の出とともに始まった。

 森を抜けた一角でありながら、きれいに地表面が晒されているのが今回の発掘対象となる場所だ。大きさにしてテニスコート四つ分くらいはあるだろうか。なかなかの広さだった。

 現場は小高い丘の上で、少し離れた先には以前、川が流れていたと思われる跡もあるという。となれば昔はこのあたりでは稲作が行われていたのではないかと推察される。

 さっそく作業現場の中へと踏み入れてみると、茶色の地表の上には測量のために、黄色いロープでグリットラインが引かれており、住居跡らしきものが出ていた。おそらく優作たちが加わる前に調査していたメンバーが発掘していたのだろう。だが、作業自体は全体にして四分の一ほども終わっておらず、まだまだ先は長そうだった。


「なんかすごく発掘現場! って感じだね」

「感想が小学生だな」

「な、何よう。いいじゃん、別に」


 依夜いよが頬を膨らませて抗議してくるが、優作ゆうさくは取り合わずにポーチから軍手を取り出して、手にはめる。「ほら、依夜も早く準備しろよ」


 優作に促されて依夜も急いで軍手をはめる。二人が準備を終えたころに栄次郎えいじろうが近寄ってきた。「準備ができたら、奥のガリかけから入ってくれ」

 優作は頷くと移植ごて(刃を鋭くした手持ちサイズの小型スコップ)を持って依夜と共に現場に向かう。そこではすでにアルバイトとゼミ生が作業を行ってきた。皆慣れた手つきで表土を削っている。

 このガリかけという作業はいわば地表面を均等に削りながら掘り進めていく作業である。移植ごての刃の根元を持ち、先端の部分ではなくサイドの面を使って、奥から手前に土の表面をはがすように削っていく。単純作業に見えて実は結構大変だ。中腰の姿勢で作業をするため、時間が経つにつれ腰が痛くなってくるのだ。おまけに夏場は特に暑くて余計につらい。


「結構丁寧に進めていくんだね」

「まあな。発掘過程で遺物を壊しちゃまずいだろ。おまえも馬鹿力で破壊しないように気を付けろよ?」

「失礼な! わたし、そんなに馬鹿力じゃないよ!」

「どうだか」


 優作は以前、依夜をからかった時に、みぞおちをグーパンされて呼吸が止まりかけたことを思い出す。あれは、か弱い女の力じゃなかったよな。

 数十分作業に没頭し、そろそろ疲れてきたなと思っていると、傍でガリかけを行っていた青年が声をかけてきた。


「教授の息子さんですよね。お久しぶりです」


 優作と目が合い軽く会釈してくるのは、ここのメンツの中では比較的若い青年だった。おそらく栄次郎の大学のゼミ生だろう。お久しぶりということは前回か前々回に参加した発掘現場で顔を合わせたことがあるのだろう。そういえば特徴的な丸メガネに見覚えがあるような気はするが、残念ながら名前の方は思い出せない。


桜庭さくらばです。優作君の洞察力と集中力には今回も期待してますよ」

「あれはただのまぐれですよ」

「いやいや、僕は優作君の才能だと思いますよ。きっと教授からすばらしい遺跡発掘家としての素質が遺伝してるんですよ」


 遺跡発掘家の素質ってなんやねん……と思いつつも苦笑いするしかない優作であった。確かに優作は優れた洞察力や、集中力を持ち合わせていたが、本人としてはそこまで人並み外れたものではないと思っている。それにこれは父からの遺伝というよりも、中学時代から続けている弓道で身に着けたものだと考えている。なので、断じて発掘のために備わっている特殊能力などではない。

 しかし、前回参加した発掘ではたまたま運がよかったのか、出土品の発見数は優作が参加したメンバーの中でダントツだった。そのため、今回も洞察力や集中力による働きを期待されて父に連れてこられたようだった。

 そんなことを考えながら土を削っていると手元に硬質なものと接触したとき特有の打撃感と金属音が鳴った。突っかかった移植ごてをどけてみると、そこには何かが埋もれていた。


「さっそく何か見つけたのかい?」


 丸メガネの桜庭が手を止めてこちらを見ている。優作は砂を掃う為に軍手で地表をこすり、出土したものを観察する。やや赤褐色に近い硬質なもの。しかし、石のような重質感は感じられない。「たぶん土器の破片ですね」

 優作はポーチから竹串を二本取り出して、器用に土器のかけら周りの土を除いていき、大体の大きさが分かったところで竹串を一本そこに刺しておく。出土品の座標を後ほど測定して記録するための処置だ。遺跡の発掘において出土したものは記録を取るまでは動かしてはいけない。何故なら出土品が埋まっていた場所の座標というのは出土品に関する重要な情報となりうるからだ。


「ゆうくんすごいね。もう何か見つけたんだ」

「まあ、大したものじゃないけどな。たぶんそこら中で見つかっているものと同じだし」


 優作があたりを見回すと、ところどころに竹串が立てられており、そこには優作が見つけた土器片に似たようなものが放置されていた。


「ねえ、わたしもゆうくんが見つけた土器片、見てもいい?」

「いいけど、動かすなよ」

「うん」


 依夜は傍によってくると、優作が見つけた土器片をまじまじと見入る。


「へえ、これが大昔の人が使っていたものの一部なんだ。なんか不思議だね」

「何が?」

「えーと、うまく言葉にはできないけど、大昔の人たちが使っていたものを、今生きてるわたしたちが手にしてるって、なんかとてもすごいことみたいに思える」


 依夜の言葉は漠然としたものだったが、何となく、優作にも言いたいことは伝わっていた。

「古の遺構を見つけ、時の流れに隔てられた過去と未来がつながる瞬間に立ち会える。それが遺跡発掘の醍醐味である」。そんなことを昔栄次郎が言っていたなと、優作は思いを馳せた。

 過去と現在は時間によって隔てられている。そのため今を生きる自分たちには過去に何があったかなんて知る由もない。しかし過去の遺物を見つけることができたなら、そこから自分たちも過去の様子を知ることができる。発掘で遺物を見つけることによって、初めて過去の存在が証明され、認知されるのだ。

 そう考えると遺跡の発掘は、過去の存在を証明し、形作るものであるともいえる。


 発掘は過去を形作る……か。優作の歴史好きの血がわずかに騒ぎ出した。


「ゆうくん、どうしたの?」


 依夜が不思議そうな顔をしている。


「いや、別に。ちょっと本気を出そうかなと思っただけ」

「そっか。なら、わたしも負けないよ!」


 依夜は自分の担当場所へと戻り、気合いを入れなおし、腕まくりして、ガリかけを始めた。

 優作も、土器の破片をそのまま放置しておいて、別の場所でガリかけを再開する。

 その後のガリかけで土器片や石を十数点ほど見つけたところで、昼の休憩となった。ちなみに腕まくりまでして、意気込んでいた依夜は結局一つも遺物を見つけることができず半泣き状態だった。


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