Day3 文鳥

「お困りのようですね。吾輩がなんとかして差し上げましょう」

 テーブルの上に乗った小さな桜文鳥は旅人にそう言った。

 しかし、向いている方向が違う。

「私はこっちです」

「やや、失礼しました」

 文鳥は向き直った。

「吾輩は画家です。透明人間の貴方の体に輪郭と色を付けるなど容易いことです」

 小鳥はえへんと胸を張る。

「本日お泊まりのお客様の中に画家の先生がいらっしゃって助かりました」

 文鳥の後ろに立った支配人は細い目をさらに細めてにんまりと笑う。

 宿泊客に人間だけでなく鳥類もいるとは、流石、ホテルトコヨだ。しかも、画家だとは……。

 文鳥は早速、絵筆を嘴に咥えてサラサラツンツンと旅人の透明な体に絵の具を乗せていく。

 旅人はくすぐったくて思わず身を捩りたくなったが、必死に我慢をした。

「さぁ、できました! 鏡をご覧なさい」

 文鳥に言われて、旅人は姿見に自分の姿を映してみる。

 黒い髪、黒い瞳、黒いスラックスに灰色のシャツ。そして、真っ白な肌。

「これじゃあモノクロ映画の登場人物のようじゃないか!」

 旅人はびっくりして思わず叫ぶ。

「それでよいのです」

 文鳥は落ち着き払っている。

「吾輩をご覧なさい。体のほとんどが黒と白と灰色で成り立っていますがこんなにも愛らしいのです。余計な色など必要ありません」

「けれど、貴方にはピンク色の嘴がある」

「むむ……確かにそれはそうです。嘴は吾輩のチャームポイントです」

 文鳥は頷くと、急いで旅人の顔に薄桃色の唇を描き足した。

「これでどうですか! 素晴らしい出来でしょう!」

「ほほう、さすが文鳥先生! まさしく芸術ですなぁ」

 得意満面な文鳥と、ノリノリで文鳥をヨイショする支配人。

――透明人間でなくなったのはありがたいけど……できれば元の色に戻りたいよ。文鳥だったら可愛いかもしれないけど、私は文鳥じゃないからそんなに可愛くないしなぁ……。

 鏡の前の旅人は、真っ白い顔にぽつんと浮かび上がった桃色の唇を見ながらはぁっと深いため息を吐いた。

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