第15話 三人の大泥棒

「メルビス、カッセルポートに住む商人のタルロイ殿がお前を気に入ったようでな、婚約の申し出が届いているぞ」


 サルティンローズの過酷な防衛戦が終わり、団員が復興計画を練っているような時であった。

 それは突然、俺達がメルビスと談笑している時に、空気を切り裂くように伝えられた。

 そしてその通告は俺達にとって、とても残念なお知らせとなった。何故なら――――


「だ、団長。わ、私は今ニャータ達にハンターにならないかと誘われていました。ですので、婚約は……」

「お前がタルロイと繋がってくれれば、うちの財政も良い方に傾くと思ったんだがな……」


 なんだそれは? 流石にメルビスの意見を聞かな過ぎやしないか?

 と、団長に一つ物申そうとしたときに、デュアンが口をはさんだ。


「団長! それはメルビスにとってあんまりではないですか!? 貴方にとって、メルビスは――」

「その辺にしておけ、デュアン」

「ニャータは良いの!? メルビスは――」

「団長、少し話をしませんか?」


 俺がそう言うと、少しの沈黙の後、団長が参ったと言わんばかりに小さなため息を吐いた。


「わかった、ついてこい」


 そういって、団長はギルド内の自室へと案内した。


「ローゼさん」

「その名で呼ぶな」

「団長、メルビスは俺達が貰っていきます」

「……ダメだ」

「……わかりました」


 俺はそう告げて、部屋のドアを開けようとする。

 その時、団長がつぶやいた。


「いいのか?」


 その問いかけに、俺はこう答える。


「昔から、何かと首を突っ込む質でして」

「……気取りおって」


 とそこで、左手薬指に嵌めたままの指輪を思い出す。


「団長、これ貰って行ってもいいですか?」


 そう言いって指輪を団長の方へ向ける。

 首を完全にこちらには向けずに、窓の外を眺めていた視線をこちらに流し、そしてまた戻す。


「好きにしろ」


 俺は「大切にします」と言って、厳かな部屋を後にした。


「デュアン、レイド、行くぞ。」


 それだけいってさっさと行ってしまう俺に困惑するデュアンとレイド、そして今にも泣きそうな顔で俯くメルビス。

 俺は、とある決意を新たに、今日キャンプできる場所を探した。



-----その日の夜の刻-----


「よし、ちゃんと被ったな?」

「うん! これでバレないね!!」

「……そうかぁ?」


 現在夜の刻、16時。フォルスールが登るまで残り2時間ってところか。


「へまはするなよ、手筈通りに動け、いいな」

「わかったよ!」

「はぁ……」


 闇夜にまぎれた黒ずくめの男三人組が、女の花園ローズギルドの宿舎の屋根で怪しげな会話をしている。


「なぁ、リーダー……」


 そういって、黒く染めた包帯を顔にぐるぐる巻きにした、身体がひと際大きく口元が凄く長い隊員が話しかけてくる。


「これ、バレるんじゃねぇか?」

「よしお前ら、作戦実行だ!!」


 そう言って黒い服装、黒い包帯で顔を漆黒に染めている二人の隊員がそそくさと行動を開始する。


「あのなぁ……はぁ、しゃあねぇ。いきますか!」


 遅れて、黒い包帯で顔がぐるぐる巻きの、身体がひと際大きく口元が凄く長い隊員が動き出す。

 


-----赤髪隊員視点-----


「えーと、メルビスの部屋は……ここか!」


 部屋のネームプレートにメルビスの名前を見つけた僕は、ニャータから習った生成魔導で、柔らかい粘土のような感触の魔力物質を生成する。そしてそれを鍵穴へ突っ込む。

 しっかりと中へ押し込んだら、硬くする。そしてそのままゆっくり回転――カチャ。


「ぁぁーまずぃー!」


 小声であたふたして壁に張り付くように隠れる。

 数秒しても扉が開く様子がないため、そおっと扉を開く――寝息が聞こえる。


 そろりそろりと部屋の中に身体をいれ、二段ベッドに二人の女性が眠っているのを確認する。

 その内の、小さい方に"空になった高級な魔力貯蓄用の指輪"を掲げ、ニャータ直伝の遠隔魔導で小さな女の子の魔力を指輪に納めていく。


 指輪の最大容量の五分の一ほどで少女の魔力は空になった。

 そしたら、すかさず人が一人はいるくらいの大きな麻袋で少女を捕獲。

 小刻みに揺れる二段ベッドの上の段が気になるが、任務遂行のためにその部屋をあとにする。



-----口元が凄く長い隊員視点-----


「んーと、ここらへんで良いか」


 俺は、リーダーに渡された"メルビスは頂いた!"と書かれた紙を宿舎の地図を見ながらあちこちに貼って回っている。


「んーと、次は――」

「ふわぁぁ……」


 まずい!


 俺は、咄嗟の判断ですぐ横の少し凹んでいた場所に身を隠した。


「ふぅー、あぶねぇ」


 小声でそう呟き、気配が消えるのを待つ。

 ケタケタと笑い声が聞こえるが、こんな巨漢を発見したら笑ってなんかいられないだろうし、問題ないだろう。


 その後、20枚くらい紙を貼ってから脱出した。



-----リーダー視点-----


「ふっふっふ、生成魔導で柔らかい魔導物質を作って、遠隔魔導で動かせば……」


 カチッ……カチッ……カチッ……

 厳重に鍵をかけられている窓を開錠する。


「とうっ!」


 小賢しく生成魔導で作ったロープで団長の寝室の窓にぶら下がり、窓を開錠して侵入する。

 そして、懐から一通の手紙を出して、机の上に置く。


「……夜這いか?」

「されたいですか?」

「切られる覚悟があるなら好きにしろ」

「それじゃあ、遠慮しときます」


 そして、少しの沈黙。


「タルロイは欲しいものは何をしてでも手に入れるという噂があるぞ」

「……タルロイさんとは気が合いそうですね」


 再び、沈黙が流れる。

 その間に、扉の空いた窓の外を眺める。

 外でデュアンが大きな麻袋を抱えて、アピールしてる。俺、衛兵に見つからないようにしろって言ったよな?

 すると、団長が再び口を開く。


「今回の件は感謝している。メルビスの件も含めてな」

「はて、私は大泥棒をしにここへやってきただけですか?」

「三文芝居はやめろ。真面目にいっているのだ」

「そうですか……では、真面目に話しますね。俺は――――」


 その時、ヒュゥーと一際強い風が流れ、ガチャンと音を立てて窓がしまった。


「お前もなのか……!」


 そういって身体を起こす団長と目が合う。


「では、またいつか会いましょう」


 そういって、俺は外へ駆け出した。

 パリィィン!!――――あれ!?


「あぁぁぁああぁああ!!」


 ドスンッ!


「何事だ! おい、ギルドの隊員を呼べ! 怪しい連中を発見した!」

 カーン! カーン! カーン! カーン!


 衛兵たちが兵舎の中からぞろぞろと現れる。


「何事だ!?」

「何か大きい袋を抱えているぞ!」

「であえであえー!」


「おいやばいぞ! 早くこっち来い!」

「ニャータはやくはやく!」

「ばかっ! 名前呼ぶな!」



「……馬鹿者め」


 一人の女性が割れた窓からその光景を眺め、そう小さく呟いた。


 こうして、波乱万丈な防衛戦は、幕を閉じた。

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