不思議21 喧嘩とおにぎり

「シャーリー、あのさ……」


「……」


 シャーリーへ弁明という名の言い訳をしようと話しかけたけど完全に無視をされた。


「シャーリー」


「……」


「北条さん」


「なんですか?」


 これは結構くるものがある。


 最初の頃に間違えて「北条さん」と呼んだ時にむぅ顔されて可愛いって思ったことがあるけど、今回は「シャーリー」と呼んで無視。「北条さん」と呼んで嫌々返事。


 正直泣きそうである。


「用がないなら呼ばないでください」


「あります。まず誤解を解かせてください」


 せっかく返事をしてくれたこの時を逃さない。


「別に誤解なんてしてないですよ。綿利さんは私を好きと言いながら心呂さんから過剰なスキンシップをされて喜んでらっしゃるんですよね」


「ちが……うって言えないのが駄目なんだよね」


 姉さんに噛まれるのが嫌なのかと言われたら嫌では無い。


 むしろ姉さんが俺を大切に思ってくれてる気がして嬉しい。


「お話は終わりですね」


 そう言って北条さんが顔を前に戻してしまった。


「それは駄目なことなの?」


 聞こえるか聞こえないか声でそう呟いた。




「ただい……暗いんだけど?」


 どうやら姉さんが帰ってきたようだ。


 学校から帰ってきた俺はショックが大きすぎて何もできず、暗闇の中で体育座りをしていた。


「潤……」


 そんな俺を見た姉さんは静かに抱きしめてくれた。


 だけど。


「離れて」


「潤?」


「離れて!」


 俺の声に驚いた姉さんが身を引いた。


「ごめん」


「なんかあった?」


「……別に」


 姉さんに学校で北条さんに嫌われたことを言おうかと思ったけど、悪くないのに姉さんが責任を感じてしまいそうだったので言うのをやめた。


「思愛莉ちゃんになにか言われた?」


 北条さん絡みなのがバレるのは分かっていたことなのでそこはバレてもいい。


 本題さえバレなければ。


「もしかして、首の?」


 結局バレるのがいつもの流れだけど。


「でも潤が落ち込むってことはなにかあったんだよね。思愛莉ちゃんが潤の言葉を信じない訳ないから……」


 姉さんには隠し事が通じない。


 今の俺が落ち込む理由は北条さんに嫌われることしかないのだけど。


 それでもここまで核心をつくのは姉さんの観察力がすごいからだ、きっと。


「ねぇ、潤」


「……何?」


「思愛莉ちゃんに眼鏡掛けさせたりしてないよね?」


「したけど?」


 それを聞いた姉さんが「あぁ……」となにか意味ありげに言葉を洩らす。


「あの思愛莉ちゃん怖いよね。思愛莉ちゃんって眼鏡掛けると真面目モードになって言葉が鋭くなるんだよ」


「なんで姉さんが知ってるの?」


「前に電話掛けた時に眼鏡掛けてたみたいで、まぁ色々あったのですよ」


 そういえば北条さんと電話した後に姉さんが落ち込んでいた時があった。


 あの時はなんなのか分からなかったけど、どうやら眼鏡の北条さんに色々言われて落ち込んでいたようだ。


「ちなみに眼鏡を外すとその時の記憶が無いみたい」


「……ほんとに?」


「……抱きしめるね」


 安堵と期待の両方を込めた視線を姉さんに送ったら、姉さんが真面目な顔で抱きついてきた。


「私の弟は世界一可愛い」


「離れないと」


「それも思愛莉ちゃんに言われた?」


「うん。北条さんを好きとか言ってるけど、他の人でもいいんだみたいなこと」


「ツンデレちゃんめ」


 あれはツンデレとは違うと思う。


 だってデレが無いから。


「でもそっか。それは聞き捨てならないかな」


 姉さんの雰囲気が変わった。


 滅多に見ない怒った時の姉さんだ。


「潤、静かにしててね」


 そう言って姉さんはスマホを取り出した。


「ちょっと何する気?」


「お説教」


 俺が止めようとしたら、姉さんがスピーカーにしてスマホを置いた。


 そしてすぐに北条さんは電話に出た。


『もしもし』


「思愛莉ちゃん。今って眼鏡掛けてる?」


『掛けてますけど?』


 電話越しでも分かる。


 この冷たい声は今日学校で聞いた眼鏡を掛けた北条さんの声だ。


(泣きそう)


 この声を聞くと、北条さんが遠くに行ってしまった感じがして泣きたくなる。


「うちの潤を可愛がってくれたみたいだね」


『なんのことか分かりません。もっと正確に話してください』


「あんたの言葉で潤が傷ついたって言ってんの」


 ここまで怒りを表に出す姉さんを見るのは初めてだ。


 姉さんが俺を怒ることがないからかもしれないけど、姉さんは怒らない人だと思っていた。


 それも加わって姉さんが怒る姿はとても怖い。


『それで私を怒るのはお門違いでは? 私は事実しか言ってませんよ』


「なにが事実だよ。潤の気持ちを何も考えないで自分の勝手な妄想で潤を傷つけただけでしょ」


『気持ちのことを言うのなら、私のことを好きだの可愛いだの言って、結局は心呂さんから離れられないのは私の気持ちを理解してないからでは?』


「あんたの気持ちは知らないよ。それは自業自得でしょ」


『……そうやって全部私のせいですか』


 この喧嘩を止めたい。


 だけどここで俺がなにか言っても状況が悪くなるだけでいい方には向かない。


 だから俺にはこの喧嘩を聞くことしか出来ない。


「私は潤を傷つけたあんたを許さない。だけどあんたのことは潤に任せる。だからあんたも素直になって潤と話しなさい」


『なにを勝手なことを』


「酷なこと言うよ。誰のせいで潤はを無くした?」


『……』


 それは眼鏡を掛けてない北条さんに言われたことだ。


 俺の当たり前の幸せを奪ったことを北条さんは気にしていた。


「潤は確かに元からひねくれてたけど、お父さんとお母さんが死んですぐの時はほんとに危なかったんだからね」


 両親が死んだことに対して何も感じていないと自分では思っていたけど、姉さん曰く、あの時の俺は全てに絶望した目をしていたみたいだ。


「それを私が普通に生活できる程度までには戻した。そんな私を大切に思うのはそんなに駄目なの?」


『……』


「あなたはそうやって潤から幸せを奪い続ける気?」


 北条さんは何も言い返さない。


 言い返せないのかもしれないけど、ずっと黙っている。


 姉さんが最終的になにを言いたいのか分かっているから俺も何も口を挟まないけど、正直辛い。


『……私がいらない存在なのは分かってますよ。確かに私は綿利さんの幸せを奪い続けています。だから綿利さんの前では眼鏡を掛けるつもりはなかったんですけど』


「それは潤がお願いしたことなんでしょ。だけどすぐに外すことも出来たじゃん?」


『期待したのかも知れません』


「だけどあなたはそれを自分で不意にした」


『……』


 だんだんよく分からなくなってきた。


 なんで姉さんは北条さんのことをそんなに詳しく知っているのかも、北条さんがなんで眼鏡を掛けると別人格になるのかも。


 分からないことだらけだけど、分かることもある。


「言いたいこと言っていいよ」


 姉さんが俺の方を見てそう言った。


「北条さん、話してくれる?」


『……そういうことですか。そうですね、話しましょう』


 何かを察した北条さんが俺との会話を許してくれた。


「言いたいことだけ言うね。俺は眼鏡を掛けた北条さんをいらない存在なんて思わないからね」


『その心は?』


「俺が北条さんをどうしようもなく好きだから」


『それは眼鏡を外した時ですよね?』


「どっちも北条さんでしょ?」


 確かに性格は全く違うけど、どっちも北条さんなことに変わりは無い。


 それにこれは……。


「北条さんの人格が二つあるのって誘拐が原因?」


『……そうです』


「先は今?」


『はい。今のこの人格が元の私の性格です。あっちの何も考えてない方はいわゆる記憶喪失みたいな感じで生まれた性格ですね』


 北条さん……分かりやすくシャーリーと言った方がいいのかな。


 シャーリーは感情が大きく揺れると体調を崩す。


 それはもしかしたら誘拐のショックで生まれた人格だから、誘拐の時のショックと重なって、何かを思い出して体調を崩すのかもしれない。


「だから父さんと母さんに助けられた記憶が無かったんだね。それでその時に掛けてた眼鏡が人格が変わるトリガーになってるってこと?」


『はい。眼鏡を掛けるとこの人格が前に出てくるみたいです。そして外すと元に戻るみたいです』


「姉さんが知ってたのは聞いてたから?」


「そうだね。お父さんとお母さんが助けた子が一部記憶喪失になってるってことは聞いてた」


 そういうことを一切顔に出さないのは、母さんのポーカーフェイスを受け継いでいるのかもしれない。


『私は駄目なんです』


「いきなりどうしたの?」


『綿利さんにもし会ったら一番に謝らなければいけなかったのに、あんな態度を取ってしまって』


「謝るって?」


『ご両親のことです。私が誘拐なんてされなかったら。される気配は感じていたのに、いざその時がきたら身体が動かなくなってしまって』


 たとえ誘拐されるのが分かっていたとしても、動ける女子中学生なんて普通いない。


「それを責める気は無いって何回も言ってるよね」


『でも私ならもっと上手くできたはずなんです』


「自分に自信があるのはいいことだけど、普通無理だから。そんなことより聞いてもいい?」


『そんなことって……結構きますね』


(なにか変なこと言った?)


 隣の姉さんも「ここだけは思愛莉ちゃんに同情するよ」と言っている。


「聞いていい?」


『……はい』


「北条さんは俺のこと嫌いになった?」


 これだけは確認しておきたかった。


『眼鏡を外すのでもう一度聞いて貰っていいですか?』


「やだよ? 俺は今の北条さんに聞きたいの」


『嫌い、ではないですよ』


「つまり?」


 姉さんがニマニマしながら聞く。


『察してください』


「素直になりなさいよ。ここで嫌いって言ってもいいんだよ。そしたら潤のことをまた立ち直させて、今度は私が潤を幸せしする。だけどその代わりにあなたは二度と潤に関わらせないけど」


 姉さんの表情は伝わらないだろうけど、とても真剣だ。


『……です』


「なんて?」


『嫌です。私は綿利さんと一緒にいたいです。たとえ綿利さんがあっちが好きだとしても私は……』


「言葉にして。後次いでに綿利さんだと私もなんだけど」


『……心呂さんのことは嫌いになりました。だけどじゅ、潤さんのことはす、好きです』


 とりあえずは良かった。


 嫌いでないのならこれからも北条さんと話していける。


「伝わってないよ。お互い鈍感相手で疲れそうだね」


『私はいいんですよ。でもあっちには気づいて欲しいです』


 姉さんと北条さんがなにか話しているけど、どうでもよく感じる。


「これからもよろしくね北条さん」


『……嫌です』


「え……」


 まさかの返事に固まってしまった。


「今のは潤が悪い。名前で呼ばれたらなんて呼ぶの?」


「あ、思愛莉さん?」


『できれば呼び捨てで』


「思愛莉? でも俺のことさん付けだよ?」


 それだとフェアじゃない。


「そうだね。ほらなんて呼んで欲しいのかなぁ、呼んで欲しい方で潤を呼んでいいよ」


 姉さんがとても楽しそうにしている。


『潤……君』


「へたれ」


『うるさいですよ。私は潤君と呼びます。潤君は私をなんて呼びます?』


「じゃあ思愛莉ちゃん?」


『それだと心呂さんと同じで嫌です』


「わがままな思愛莉ちゃんだこと。めんどくさい女は嫌われるよ」


「姉さんのめんどくさいところは好きだけどね」


 俺がそう言うと姉さんにぽかぽかと殴られた。


「じゃあ思愛莉で。眼鏡を外したらシャーリーでいいんだよね」


『はい』


「これからよろしくね、思愛莉」


『慣れないと。よろしくお願いします、潤君』


 そうして俺と思愛莉の話は終わり、俺が晩御飯の準備に取り掛かれるようになったので準備をしていたら、姉さんによるガチ説教が行われていた。


 だけど最後には「頑張れ」と言っていたので仲違いをした訳ではなさそうだった。


 今日は姉さんが好きだと言うおにぎりを作った。


 姉さんは俺の作る料理はなんでも好きだと言うけど、特におにぎり(直で握ったやつ)を好む。


 理由は教えてくれないけど。


 そんな訳で晩御飯はおにぎりパーティーになった。

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