第6話 チュートリアル終了

 激しい雨が続くナマゾ地区を、まる二日かけて進んだ。

 二日目となると、雨はすっかり上がる。川の流れも、穏やかになった。

 モンスターの巣に、たどり着く。古代遺跡……違う。これは、無人駅だ。


「どうやら、ボスがお目覚めのようだぜ」


 サーベルタイガーがムクリと起き上がり、こちらに牙を剥く。


「こいつが駅長のようだな」


 ネコ駅長にしては、殺意が高すぎるが。

 このモンスターは序盤のボスにして、最強の一角と恐れられている。


「最初から、全力でいかせてもらう。【分身の術】!」


 モンクのスキルを活かし、もう一体の分身を発動した。二手に分かれて、腹に一撃をかます。


「くう、固い!」


 魔物の上部にあるHPゲージが、減っていない。

 しかも、オレを敵として認識していないようだ。

 序盤のボスって、こんなに強かったか? オレはもう結構強いはずだが。

 このゲームは、いわゆる「死にゲー」……死んで覚えるタイプのゲームではない。難易度の調節も絶妙だったはず。まして、序盤で詰むようなバランス調整ではなかった。


「レベルスケーリングなんて採用していないはずだが」


 こちらの戦闘レベルに応じて敵も強くなるシステムを、「レベルスケーリング」という。倒した敵が落とすアイテムが強くなる反面、自分の強さを感じにくくなるデメリットもある。

 このゲームでは、そんなシステムではない。仕様が変わったのか?

 となると……まさか。


「オレはナタリーナのボスに、手出しできない?」


 それしか、考えられない。オレに対して、このボスは無敵のようだ。


「たしかこのゲームは、そもそも協力プレイができないんだったっけ?」


 案の定、黒いサーベルタイガーコンビが、出てきた。


「駅長が、もう一匹出てきたぞ」


 ボスには、黄色いタイガーと、黒いタイガーがいる。


「ツガイのようだな。片方は頼めるか?」


「問題ないのだ、キョウマは黒い方を」


 一匹はナタリーナに任せて、オレは黒い方を迎え撃った。


「さあ来い!」


「こっちが、オレの相手かよ!」


 サーベルタイガーの牙を、カウンターの棒術で叩き折る。

 こっちには、ダメージが通った。

 やはり最初から、ソロプレイ仕様なのか。

 でも、その方がいいかもしれん。ヘタに手伝ってパワーレベリングになっても、姫は面白くなかろう。人の戦績で経験値を得る「パワーレベリング」プレイなんて、姫は臨んでいないはずだ。

 これは、面倒なことになったぞ。とはいえ、指示厨冥利に尽きるってもんだ。

 オレは、アドバイスだけ飛ばそう。

 そんなことを考えながら、オレは分身の術でボスを全力撃滅した。


「あっちは、えらいことになっているな」


 ナタリーナを見ると、敵に囲まれていた。【トルネードスピン】も、間に合っていない。


「全然、レベリングできてないからなあ」


 プレイ中、ナタリーナは同じエリアをずーっと回っていた。弱い敵と戦いすぎて、経験値を満足に獲得できていない。

 目的地であるモンスターの巣に到着した途端、強いモンスターに囲まれてしまったらしい。


「こっちは終わったぞ!」


「まだ黒いのが残っているじゃん!」


「そっちは、お前が倒さないといけないようだ」


 オレは、事情を説明した。オレにはオレの、ナタリーナにはナタリーナのボスが配置されていると。


「めんどくせーなー」


 ナタリーナはブーたれる。


「ザコは、こっちで引き受ける! 【アイスシャード】!」


 低レベルの全体魔法で、周辺の敵に氷の矢を放つ。

 さすがにザコまでは、判定に含まれていないようだ。氷の矢は、確実に周りのザコを貫いている。


「足の早いやつは、飛ばせ!」


「うーせーなー。方法考えてるトコ!」


 うーん、やっぱりオレのアドバイスは聞かないようだ。


『あなたのスキルで、相手を飛び上がらせるスキルがあるはずですよ』


 戦闘中のタイミングで、スマホにコメントを打ち込む。

 通知に反応したナタリーナが、オレからのコメントを読む。


「ブキミししょーの教えだったら、間違いない!」


 ナタリーナが、剣から衝撃波を放つ。スキル【ソードフォース】で遠距離攻撃をして、近づかせない戦法か?


 違う。わざと避けさせるつもりなんだ。

 足元を狙って、ソードフォースを撃つ。

 サーベルタイガーが、跳躍した。

 動きが緩慢になったところを、さらにソードフォースで斬り伏せる。

 やはり、素早い敵はジャンプさせて動きを止めるに限るな。


「ナイスだ」


 オレではなく、ブキミししょーの言葉なら聞くのはシャクだが。


「よし。これで、拠点は決まった」


 ここには川もあり、水には困らない。山の上にある台地なので、水害も心配ないだろう。


 なにより、線路がある。廃棄されているが、修理すれば列車が走れるはず。


「明日から、修理に取り掛かる」


「わかった。ようやくスタート地点だな」


 やっとこれで、序盤は終了だ。

 ゲームで言えば、ここまでがチュートリアルである。つまり、操作方法に慣れるまでのウォーミングアップに過ぎない。


 ナタリーナの冒険は、チュートリアルすら終わっていなかったのである。

 

 

(第一章 完)

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