第6話 痕跡③

金曜日の朝、学校に登校途中の小学生がゴミ捨て場で猫が死んでいるのを発見して持っていたスマートフォンで警察に通報した。

約一時間後、猫が死んでいたゴミ捨て場では制服を身につけた警察官と刑事が数人集まって現場を調べていた。

「こりゃ、毒物ですね。」

「そうだな、野良猫がこのゴミ袋に入っていた毒入りおやきを食べたって事か。猫も可哀想に。」

猫の死体の側に落ちている黒いビニール袋の中身には長野県の名物であるおやきが入っていた。猫がかじった後がある。

「鑑識にまわしますね。誰だかしらないけれど食べ物の中に毒を入れて捨てるなんて酷いことするもんだ。」

「そうだな、火曜の事件の事もあるし何か関係があるかもしれないしな。」

刑事は毒入りおやきが入っていたビニール袋を回収した。


石田が署に出勤をすると、署内では猫の変死の話題で盛り上がっていた。

「藤堂さん、何かあったんですか?」

「おう石田。人間の次は猫だとさ。」

「猫?」

「そう猫だ。猫が毒殺されたらしいぞ。」

「そりゃ大変だ。次の被害者は猫ですか。」

「それがな、ゴミとして捨てられていたビニール袋の中に入っていた毒入りおやきを食べて死んでいたそうだ。」

動物の変死は今後の猟奇殺人に発展する可能性もあるから本来なら、パトロールを強化し事件性がないかどうか軽く調査する所だが、石田は花菜江達と合流する約束があった為軽く聞き流そうとしたのだが、藤堂は違った。

「今、鑑識で調べているが、俺はなこの間の佐藤水希の事件と関係あるんじゃないかって思えてならん。」

「わかりました。俺これから聞き込み調査に行ってくるので、もし何か判れば連絡ください。」

「判った。気をつけてな。」

石田は藤堂と別れると、一旦捜査本部へ向かい幾つか書類をまとめると再び車に乗って花菜江達を迎えに向かった。


石田は花菜江と有実を車に乗せると、リクルートスーツを専門に販売している店に向かった。花菜江と有実の変装用スーツを購入するためだ。

真新しい紺色のスーツに身を包んだ二人に石田は見惚れた。

「なかなか似合ってるぞ。どっからどう見ても刑事だ。」

「リクルートスーツなんて就活中以来だわ~。採用試験の時の緊張感思い出すわ。」

「だよねぇ、会社では会社の制服だし。なんだか新鮮。就活中の学生に戻った気分。てか、このスーツ石田さんが買ってくれるんですかぁ?」

「・・・喋らなければな・・。」

紺色の真新しいスーツに身を包んだ二人を乗せて石田は佐藤と山下の出身高校に向かった。

「いいかお前等、絶対にバレるなよ。バレたら俺も処罰されるがお前等だって罪に問われるんだからな。」

「はいっ!了解であります。」

「大丈夫で~す。石田さんの迷惑になる事しませんから。」

(本当に・・大丈夫か・・・。)

石田は不安MAXで、緊張感の無い花菜江と有実を連れてきた事を少し後悔していた。

長野県立須坂北西第二高等学校。三人はこの須坂市に所在する高校の門をくぐり、事務室へ向かった。


埃っぽい空間の資料室の中で石田は卒業生の個人情報資料を一枚一枚丁寧にめくって山下の名前を調べた。花菜江と有実は特にやることが無かったため、資料が保管されている棚を興味本位に物色していた。

「あった。山下の記録あったぞ。霧島玲香のもだ。」

「えっほんとう!?見せて。」

花菜江は石田から佐藤・山下・霧島が卒業した年度の資料を奪うと開かれたページを目を見開き凝視した。そこに記録されていたのは、山下の在学中の成績や個人評価、卒業後の進路と実家の住所があった。

「これよこれ。」

「山下って人も佐藤さんと同じ千曲市の人みたいだねぇ。」

有実の言葉に花菜江は佐藤の実家まで運んでくれたタクシーの運転手の言葉を思い出した。

    『高校生の時の彼氏なら何度か水希ちゃんと一緒にタクシーに乗せたことあ    

     ったよ。』

タクシーの運転手は普段は千曲市の周辺を担当として仕事をしている。山下が佐藤と同じ千曲市の人間なら、あの運転手さんがタクシーに佐藤と一緒に乗せた事があるのもうなずける。昨日のタクシーの運転手の言葉の意味がようやく判っ気がした。

花菜江はスマホを取り出すと写メで撮影して記録した。そして石田も同じようにスマホで個人情報の記録を撮影して保存した。ついでに霧島と佐藤の個人情報も。

「山下って人なかなかの優等生っぷりだねぇ。佐藤さんもそこそこ優等生だけれど、山下って人の成績のほうが秀でてすごいじやん。」

有実は思わず感嘆のため息を漏らす。

「そうだな、大学も理系の大学に進学してるぞ。俺は文系の学部だったがな。」

「それを言ったら、私と有実もそうだって。理系科目苦手だったから。ここにいる三人は、この山下って人に成績で負けているみたい。」

「・・・・・・。」

「・・・・花菜江・・・アンタそんなんだから男にモテないんだよ。」

「えっ・・・。私なにか悪いこと言った?」

数秒間三人は一斉に沈黙した。

三人の間に不穏な空気が漂っていた時、突然資料室のドアが開き高校の事務員が入室してきた。手に持っていたお盆の上にはグラスの中に入っている麦茶が置かれていた。

「みなさん、お茶をお持ちしました。」

「すみません。お構いなく。」

事務員は盆の上に並べられているグラスを三人の前に置くと、自身も椅子に座り込んだ。

「当時の教職員がもういないので詳しい話が分からなくてごめんなさいね。」

「いいえ、とんでもありません。私達が急に来てしまいましたので。」

「でもショックだわ。うちの卒業生が事件に巻き込まれて殺されたなんて・・。」

「ええ、今警察が捜査中です。本当は当時の担任の先生にお話を伺えれば良かったのですが、なにせ14年前の事ですし、その先生が別の高校に転勤しているのは当然です。」

花菜江は思い立ったように卒業アルバムを広げて、クラス写真に写っている当時の佐藤と山下の担任教師の中年男性を指さした。中年男性の顔写真の下に『秋生文孝』と印字されている。

「この男の先生今どこの学校で教鞭をとっているのか知りませんよね?」

「う~ん、私は知らないですね。ちょっと待っててください。校長先生とか誰か知っている人がいるか聞いてきます。」

数分後、事務員が年配の男性を連れて戻ってきた。

「お待たせしました。校長先生です。」

「お疲れ様です。校長の洞沢です。」

校長と名乗った洞沢という男性は、資料室の中に入ると、やはり空いている椅子に腰掛けた。

「お探しの事件に巻き込まれた卒業生の当時の担任の現在の所在を知りたいとお聞きしましたが。」

「はい、知ってらっしゃるのですか?」

「ええ、以前別の高校で一緒に勤務していた事がありましたので。」

ま一歩事件の謎を解く手がかりに近づいたと花菜江は思った。当時の担任教師は今回の事件とは無関係ではあるものの、佐藤と山下と霧島美玲という女性の当時の様子を知る数少ない人物に巡り会えるのだから。

「この秋生文孝先生は今どこにいらっしゃるのですか?」

花菜江は校長に聞いた。

「秋生先生はもうすでに定年退職されています。今は長野市内のご自宅にいらっしゃると聞いています。」

「えっと・・ご住所をお聞きしても宜しいでしょうか。」

花菜江が聞きにくそうに聞くと洞沢校長は快く承諾した。

「勿論です。警察に協力するのは国民の義務ですから。」

「はは・・・ありがとうございます・・・。ほんと・・すみません・・。」

石田以外の花菜江と有実の二人はこの洞沢校長の嘘偽りの無い善意に対して、自分たちが刑事だと身分を偽って潜入捜査している事を後ろめたく感じ、そして申し訳なく思った。

それから洞沢校長と事務員にお礼を言い、石田、花菜江有実は佐藤と山下の当時の担任教師が在住している住所に向かった。

秋生の家は長野市郊外にあるのだが、郊外と言っても国道沿いにたたずむその家はすぐに見付かった。

チャイムを鳴らすと中から年配の女性が顔をだした。

「はい、どちらさまでしょうか?」

「警察です。秋生文孝さんのお宅で間違いないでしょうか。」

石田が警察手帳をみせると女性は顔を少し曇らせて眉を潜ませた。

「長野県警の石田です。こちらが新田と大谷です。」

「新田です。」

「大谷です。」

「警察が何かご用でしょうか・・・。」

「実はこの間長野市内の善光寺で起こった女性の死亡事件について調べておりまして、被害者の佐藤水希さんの高校時代の担任が秋生文孝さんだということなので、少しお話を伺いたいだけなんです。」

「まあ、そうなんですね。ちょっと待っていてください。主人を呼んできますから。」

女性は一旦戸を閉めると一分も経たない内に戻ってきた。

「お待たせしました。主人の文孝です。」

女性の後ろには年配の男性が控えており、男性も戸口からのぞき込むように石田達三人の顔を確かめていた。この人物が佐藤と山下の高校時代の担任の秋生文孝なのであろう。

「私が秋生です。玄関先では何ですので、どうぞ中にお入りください。」

秋生は石田等三人を家の中に招き入れ、客室の和室に誘導した。

「突然お邪魔してしまい申し訳ありません。数日前、善光寺で起こった事件の被害者である佐藤水希さんの高校時代の担任の先生でいらっしゃいますよね?」

「はい、私が佐藤水希が高校生だった頃の担任でした。佐藤の一件は私もショックをうけております。」

「・・・お察しします。こんな時になんですが、佐藤水希は高校時代どんな人物でしたか?」

「佐藤水希はいたって普通の子でした。特に目立つ子ではありませんでしたが、特別暗いという訳でもなく普通といった印象ですね。成績も中くらいの成績で可も無く不可も無くといった所でしょうか。でも、あんな事件に巻き込まれるような子じゃなかった。」

「そうです!佐藤さんは品行方正で仕事も出来て職場の皆からも慕われていたんです。決して誰かの恨みをかう様な人じやないんですっ。・・・・て別の人が話していました。」

花菜江は思いあまって、佐藤の職場での印象を話してしまったが、自分は今刑事のフリをしていることを思い出し、あわてて居住まいを正した。石田も一瞬だけ花菜江をにらみ付けると、そのまま話を続けた。

「あの、山下将弥さんの事はどうでしょうか。」

「山下将弥ですか!?山下将弥は確か彼も真面目で大人しい優等生タイプでした。成績は上位の方でクラスの中ではトップクラスの成績でしたよ。そういえば佐藤水希とはお付き合いしていたみたいですね。佐藤も美人でしたし、山下も素地は悪くない顔立ちしていましたから。教員からみてもお似合いのカップルでした。」

「霧島玲香はどうですか?佐藤や山下とは仲が良かったんですか?」

「霧島玲香ですか・・あの子は派手で目立つタイプでした。ギャル風な子で佐藤とは正反対のタイプの女子でしたね。実は、あの霧島は山下君に惚れていたみたいです。」

「霧島玲香が山下に・・。」

だんだんと佐藤の周辺の人間関係が見えてきたと花菜江は思った。頭の中を渦巻いているもやが少し晴れていくような感覚を感じた。

「霧島玲香と山下と佐藤は距離感はどうだったのでしょうか。」

「佐藤の一番仲の良い女友達は岩垂という女生徒でして、霧島とは少し話をする程度という印象ですね。でも、霧島は山下に好意をもっていたみたいなので、山下には積極的に話しかけてアプローチしていたみたいですよ。でも、先ほど言った通り、山下は佐藤と交際していたのであまり相手にされていなかったみたいです。そういえば霧島は高校卒業後は看護学校に進学していました。山下君は東京の大学を卒業した後地元に戻ってきて公務員の仕事に就いたと聞いています。」

「山下の現在の勤め先は判りますか?」

「ええ、確か・・以前、近状報告程度に連絡来た時は・・ああ、そうそう。県庁に勤めているって言ってったっけ。」

「県庁・・。」

「佐藤さんと今も付き合っているのかって聞いたら、もう付き合っていないっていうからとっくに別れたもんだと思ってましたが、まだ交際は続いていたんですか?」

「いえ・・それは・・今それを調べていまして・・。」

石田としてはあまり佐藤の個人情報を第三者に話すわけにもいかないので、はっきりと『佐藤は山下と強引に婚約した』とは言えなかった。けれど、山下の弱みを握り強引に婚約した佐藤と、佐藤が遺体となって発見された日に偶然にも現場に宿泊していた霧島。この三人の接点が繋がったのは確かだ。

「実は、佐藤さんの実家の方に未だに霧島玲香さんから年賀状が届いてたんです。ですから、佐藤さんと霧島さんは高校時代から仲良しだったんじゃないかなって思ったんですが、霧島玲香が佐藤さんと交際していた山下将弥に好意を寄せていたのならきっと佐藤さんにあまり良い感情をもっていなかったんですよね?」

「あ~、確かに。先ほども申しましたように、佐藤と霧島は少し話をする程度だったんですが、それは佐藤と交際してる山下に近づきたかったからかもしれない。山下には猪突突進な感じで積極的に近づいていましたし。佐藤をダシにして山下に近づいていたように見えました。」

秋生は目の前に置かれているお茶をグイッと飲み干すと、一息ついてまた話し始めた。

「でも猪突突進といえば佐藤も同じかもしれない。なにせあの頃佐藤は山下にすっかり夢中で、山下以外は目に入っていなかったみたいですから。女同士の争いは怖いですからね~、男の為なら殺し合いでもしかねない。あ・・・佐藤があんな事になって『殺し』という言葉は不適切ですが。」

秋生は頭を掻きながら苦笑いをした。

石田、花菜江、有実の三人は秋生の家を出ると車に乗り込んだ。

「次は何処行くの?」

「次は霧島の家だ。霧島も市内のアパートに一人暮らししているみたいだからそこへ行くぞ。」

「でもぉ、今職場で働いているかもしれませんよ。行くなら病院行ってみませんか?」

「病院か・・・。病院・・病院・・・。そうだ!」

有実の提案に石田が思い悩んでいるとあることに気がつき、思わず大きい声をして花菜江と有実をビックリさせる。

「な、なによ、急に大きな声だしちゃって。」

「先に霧島と一緒に寺に宿泊していた同僚の家に行く。相手は看護師だ。勤務時間は不規則なはずだから、家に在宅している可能性もある。家に居なければ勤務先の病院に行く。彼女達に事件当日の霧島の動向を聞いた後に霧島の家に聞き込みに行く。同僚達に霧島の当日の行動を聞き出すのなら、霧島と同じ場所にいて欲しくないからな。」

石田は急いで車のエンジンをスタートすると、アクセルをふかして捜査資料に記載されている住所に向かった。


まず一人目は、小林加奈子30歳。彼女は両親と住んでいる自宅に居た。

「あの日の霧島さんの様子ですか?う~んそうだな~。」

「なんでも良いので教えてください。どんな様子でした?どこか落ち着かなかったとか。」

「そうですね、特に不自然な事は何も無かったと想います。ずっと同じ部屋にいたので。」

「ずっと同じ部屋に?寝るときも?」

「そうです。私達部屋を二部屋予約して、霧島さんは一人で別の部屋に宿泊する予定だったんですが、私と五十嵐さんの部屋にいりびたっていて朝まで戻らなかったんです。」

「途中で席を外す事とかは?」

「ありましたが、ちょっとした荷物を取りに部屋に戻っただけなのでほんの2~3分程度だったと思います。お風呂セットとか。それ以外はずっと私達の部屋で遊んだりお風呂行ったり、写経体験したりしてたんで。」

「他に何か霧島さんが話していた内容でおかしな点はありませんでしたか?」

「別に特に無いと思います、あ、でも結婚が決まったっていってノロケていたっけ。」

「霧島さんは結婚が決まっていたんですか?」

「て、言ってました。どんな人と決まったのかは知りませんが。」

「お相手の職業は?」

「さあ、その変も言わなかったですね。」

「そうですが、ありがとうございました。」

佐藤と同じく霧島玲香にも婚約者がいたとは。もう少し深掘りしたかったが小林も霧島の彼氏についてほぼ何も知らなかった様なので話は打ち切られた。



二人目、五十嵐結衣子34歳。彼女は病院で仕事中だった。スタッフステーションで五十嵐を呼び出して貰らった。

「お話ってなんでしょうか。」

突然の警察の来訪に怪訝そうな表情で三人を迎えるも、要件を伝えるとすぐに表情を緩めた。

「玲香の事?どんな事ですか?」

「事件当日の霧島玲香はどんな様子でしたか?」

「別に・・これと行って普通だったけど。何かったんですか?」

「いえ何も。ただ、事件当日に善光寺の宿坊に宿泊していた皆さんの様子を確認したくて参りました。」

「様子は普通でしたが、なぜだか自分の部屋に帰りたがらないんです。せっかく二部屋予約したのに、ずっと私と小林さんの部屋に入り浸っていて。お金がもったいないから自分の部屋で寝たら?って話したんですけど、ここがいいっていいはって。」

「霧島さんが宿泊していた部屋に誰かいたんですか?」

「さあ、私も玲香の部屋に立ち入ったわけじゃないから。っていうか、誰か居たとしても気がつかないわよ、実は宿坊でこっそりお酒飲んじゃってたから。」

厳粛な寺で飲酒など本来なら罰当たりな行為で、うっかり僧侶にでも見付かったら咎められていたであろう。寺の宿坊というのは旅館のように気楽な場所ではないのだが、事もあろうかそんな場所で飲酒パーティを開いてしまっていたのだ。これは流石に、先ほど聞き込みをした小林加奈子は言わなかった事だ。

「先ほど、別のご一緒に宿泊された方の小林さんという方のお話によると、霧島さんは荷物を取りに戻る程度にしか自分の部屋に戻らなかったとか。」

「そうです。時々、着替えとか簡単な荷物を取りにいっただけでほぼ自分の部屋に戻っていなかったです。」

「着替えというのは寝間着とかですか?」

「いいえ、寝間着はお寺の宿坊に用意されていた浴衣でしたので、お風呂行くときの換えの下着だけですね。あとメイクセット。」

ここまでは小林の話とほぼ同じで不審な点は何も無かった。

「ああ、なるほど。宿坊にも来客用に浴衣が用意されているんですね。じゃあ当日の霧島さんの荷物はさほど持っていなかったという事ですね。」

「はい、でも来るときに持ち歩いていたキャリーケースはやけに大きなキャリーバッグを持って歩いていたっけ。」

「大きなキャリーバッグ・・・。どれくらいの大きさでしたか?」

「う~ん、変な話、人が一人入れるくらいの大きさのヤツ。」

「たった一泊二日なのにそんな大きなキャリーバッグを持ってきてたんですか?彼女は。」

「はい。それ以外には特に・・・あ、そういえば帰るとき玲香の靴が無くなっていたんです。ほらお寺で殺人事件なんて騒動があったから、誰かが慌てて間違えて履いていったんじゃないかって皆で話してたんですよ。」

「靴が・・。元々霧島さんが履いていた靴はどんな靴だったんですか?」

「その日、玲香はパンプスを履いて着ていました。でも自分の靴が誰かに履いて持って行かれちゃったんで、仕方が無く余った靴を履いて帰っていました。」

花菜江は石田の質問にテキパキと答える五十嵐という女性の言葉を一つ一つ聞き逃さないようにメモしていく。

「最後にもう一点だけ。小林加奈子さんんが霧島さんが結婚が決まったと報告したと言っていたらしいのですが、それは本当ですか?」

「本当です。私もその玲香の彼氏とは会ったことはありませんが、ただ一度だけその彼氏が『公務員』だと言う事を以前玲香が言っていたのを覚えています。」

石田と花菜江と有実の三人は顔を見合わせた。佐藤の婚約者の山下も公務員であり、霧島玲香の結婚が決まった相手というのも『公務員』という共通した事実。これは何を意味するのか。

「あのう、その霧島さんの婚約者は公務員という事なんですが、勤め先はどこか判りますか?」

いてもたってもいられなくなった花菜江は思わず口を挟む。

「そこまではちょっと・・。玲香の個人的な事だし、玲香の方から言わなければこちらからも聞くことは無かったから。そのうち結婚すれば教えてくれるだろうしね。・・・所で、玲香の事ばかり聞くなんて玲香なにかあったんですか?」

「いえ、何でもありません。ただ、当日善光寺に宿泊されていた方々全員の行動を調べて何か有益な情報があればと思っただけですので。」

「でも聞くのは玲香の事ばかりで他の人の事はなにも・・」

「ありがとうございました。またなにかあればお願いします。」

三人は、不審がる五十嵐から逃げるように話を打ち切り、そそくさと病院を後にした。

次は、本命の霧島玲香の家に向かった。実は、先ほど五十嵐の話を聞く前に霧島の出勤状態を問い合わせしたのだが、今日は非番であり、特に外出していなければ家にいるとの事だった。

霧島玲香の住まいは小さなアパートで、そこで一人暮らしをしていた。アパートの前に到着すると、石田は花菜江と有実に念押しした。

「いいか、これは正式な捜査ではないから家の中に立ち入ることは出来ない。玄関先で話をする事になる。」

「はい。」

「勿論です。」

石田の真剣な表情に花菜江も有実もゴクリと唾を飲み込む。

「俺が霧島玲香に幾つか質問をふっかけるから、その隙に君たち二人は玄関先から部屋の様子を確認するんだ。どんな私物が置いてあるとか、例えば先ほど事情聴取をした五十嵐が言っていた大きなキャリーバッグがあるかどうかとか。」

「判ったわ。」

「私頑張っちゃう。」

「よし、いくぞ。」

三人は車から降りると、霧島玲香の部屋の前に向かった。向かいながら、花菜江と有実は石田に聞こえないようにヒソヒソと話し合った。

「ねえ花菜江、気がついた?」

「うん、気がついたよ。石田さんの私達の呼び方が『お前等』から『君たち』に変わったよね。」

ほんの些細な変化だが、石田の花菜江と有実に対する印象が柔らかくなった事を感じた二人はこっそり微笑んだ。


霧島玲香が借りていると思われる部屋の呼び鈴を押して暫くすると、寝起きなのだろうか、眠そうな顔をした女性が現れた。

「・・・・はい・・・どちら様でしょうか。」

「お休み中の所失礼します。長野県警の石田です。こっちは同じく刑事の新田と大谷です。」

「新田です。」

「大谷です。」

花菜江と有実もしゃっきと姿勢を正し霧島に挨拶をする。

「・・・警察が何の用なんですか・・。私、夜勤明けで寝てたんだけど・・・。」

眠い目をパチパチ瞬きさせながらも、少し動揺したそぶりを見せていたのを石田は見逃さなかった。

「霧島玲香さんですね。三日ほど前に善光寺で起こった事件について職場の同僚の方々と一緒事情聴取させていただいたのですが、まだ不明な点がありまして、お話を伺いに参りました。」

「な、なんの話を聞きたいんですか?」

「実はですね・・」

石田と霧島玲香が話し込んでいる隙に、花菜江と有実は玄関先からできる限り部屋の中を目視で確認した。物の配置やどんな物が置いてあるのかを。写真撮影をする訳にはいかないので必死に目を凝らして霧島美玲の私物を確認すると、花菜江はあることに気がついた。玄関先に置いてある靴箱の中に綺麗に並べられている派手な靴に。

佐藤が遺体となって発見された時に履いていた派手なパンプスと負けず劣らず派手な靴が並べられていた。そして、玄関脇には大きなキャリーバッグが置いてあり、花菜江はそれをしっかりと目に焼き付けた。

「では、被害者が佐藤水希さんだとは知らなかったということですね。」

「え、ええ・・・。そんなまさか・・あの時善光寺での事件の被害者が水希だったなんて・・・後からテレビで見てびっくりしました。」

「そうでしたか、佐藤水希さんとはどの程度のお付き合いだったんですか?」

「高校を卒業してからは、個人的に会ってはいませんでした。年賀状だけの付き合いでした。」

「そうですか、貴重なお話ありがとうございました。また何かあればお話を聞かせてください。」

「はい・・・。」

石田との会話を終了した霧島は急いで扉を閉めようとしたが、その時花江菜江が割って入った。

「あ、あのう。待ってください。足のサイズはいくつですか?」

「えっ?足のサイズ?23.5だけど。」

「23.5㎝ですね。ありがとうございました。」

扉は勢いよく閉められ、三人は車に戻っていった。


「ねえ、石田さん。ちょっと私と有実が泊まっているホテルへ寄ってくれる?」

「いいけど、どうした?」

「うん・・確かめたいことがあるの。」

石田は車を花菜江と有実が泊まっているホテルへと車を走らせた。ホテルに到着すると花菜江は自分たちの宿泊している部屋に直行して、部屋の中に保管してあるあの派手なパンプスを確認すると、ニヤリと笑みを浮かべた。

「どうしたの、花菜江。」

「ん、これよこれ。このパンプスのサイズ。ホラ、23.5㎝。桐島玲香の足のサイズと同じ。」

花菜江は派手なパンプスを石田と有実に見えるように差し出した。

「なるほど・・。これは桐谷のパンプスの可能性がでてきたわけだ。」

「花菜江すごい!よく気がついたね。」

「まあね。で、あの人の家に置いてあった靴もどれも派手なものばかりだったし、この派手で悪趣味なパンプスもあの人のコレクションの一つかもよ。それに、同僚の看護師の五十嵐さんって人も、霧島さんが事件当時に履いていた靴はパンプスだって居言ってたし。」

「なるほど・・。仮に霧島が事件現場にいたとしよう・・。まだ犯人と決まった訳じゃ無いが、仮にだぞ、佐藤の死に関わっていたとしたら、どうして自分の靴を佐藤に履かせたんだ?」

「そこなんだよね。何か自分の靴を佐藤さんに履かせなければならない理由があったんだと思う。」

「でもさぁ、そうすると佐藤さんが元々履いていた靴ってどこにあるの?」

石田はため息をつきながら部屋のベッドに腰掛けた。

「そうなんだよな、霧島が自分の靴を佐藤にわざわざ履かせた後、佐藤の靴を何処へやったかだ。」

「ワザと自分の靴の代わりに佐藤さんの靴を履いて帰ったんじゃ無いの?誰かが勝手に自分の靴と取り違えて帰ったフリして。」

「その可能性もある。佐藤の足のサイズは24㎝だ。桐谷なら余裕で履けるだろうしな。」

「そうだとしても、問題は理由だよね。わざわざ自分の靴と佐藤さんの靴を取り替えなければならなかった理由。」

「もしかしてあの霧島って女の人の家を調べれば佐藤さんの靴がでてきたりして・・。」

と有実が言う。

「その可能性もあるが、人間の心理として犯罪の証拠になるような物は早めに手放したいと考えるものだ。恐らくもう何処かに捨てられている可能性の方が大きい。」

三人が思い悩んでいると、突然石田の携帯電話が鳴った。石田はあわてて電話にでると、何度も相づちを打ちながら、頷くと通話を終了させた。

「どうしたの?」

「実は、今朝市内のゴミ捨て場で野良猫の死体が見付かったんだ。」

「猫!?警察って猫が死んでいても事件捜査しなきゃいけないなんて大変ね。」

花菜江は石田をからかって、石田から面白い反応を引き出そうとしたのだが、花菜江の予想に反して気難しそうな表情をしていた。

「実は・・・野良猫がゴミ捨て場に捨てられていたゴミを漁って中に入っていた毒入りのおやきを食べて死んでしまったらしいんだが、そのおやきに混入されていた毒というのが青酸カリだったそうだ。しかもおやきの成分を調べたら、佐藤水希の胃の中から出てきたパンのような食品と成分が一致したそうだ。」

「それって、佐藤さんが死ぬ直前に食べたのはおやきって事?」

「そういう事になる。成分の分析の結果、店などで売られているちゃんとした代物ではなかったらしい。素人の下手くそな手作りのような成分配合だったそうだ。」

「じゃあ、霧島さんが作って佐藤さんに食べさせたと?」

「可能性の一つとしてありえるな・・。」

「でもさー花菜江、ほら一緒に宿坊に泊まったとかいう、えーと、誰だっけ・・・あ、そうそう五十嵐さんや小林さんも言ってたじやん。霧島さんとずっと同じ部屋にいたって。席を外したとしてもほんの2~3分だったって。そんな短時間じゃ佐藤さんに毒入り饅頭食べさせて殺す事なんて出来ないよ。」

「おやきだってば。」

「どっちも同じだよ。」

「同じじゃないってば。」

くだらないことで言い合いをしている花菜江と有実を無視して石田は少し考え込むと、立ち上がった。

「俺は一旦警察書へ戻る。本当はこの後山下将弥にも会いに行きたかったが、今日の所は止めておくよ。山下が県庁に勤めているって事だけ判れば十分だ。奴は県庁にいる。」

「判ったよ。石田さん今日はありがとう。大分核心に近づいてきたと思うの。」

「ああ、それと、今夜また合流していいか?事件について判っていることをまとめよう。今後の作戦会議だ。君たち二人ともそれまでゆっくり休んでいてくれ。疲れたろう。」

「うん、判った。」

石田はホテルを後にした。残された花菜江と有実は深いため息をつくとベッドに横になった。

「ねえ、有実。」

「ん?」

「私達もうあんまり時間ないんだよ。来週の月曜日には会社に出勤しないと流石に首になっちゃう。」

「うん・・。だよねぇ。でも、全然事件を解決できそうな気がしないんだけど。」

「うん。今日が金曜日で明日は土曜日。日曜日には電車に乗って東京に帰らなきゃいけないから、明日までには佐藤さんを殺した犯人の目星をつけないと石田さんに逮捕してもらえないよ。」

「うん・・で?花菜江はどうしたいの?」

有実には花菜江が何を言いたいのか感づいていた。花菜江はこのまま大人しく部屋で休んでいるつもりなど毛頭ないのだという事を。

「県庁に行って山下に会いに行く。まだ16時前だし、仕事してるだろうから。」

「ふふ。言うと思った。では、行きますか。」

「ごめんね付き合わせちゃって。有実だって疲れているのに。」

「いいって。花菜江の相棒は私じゃなきゃ務まらないって。」

二人は立ち上がり、山下に会いに行くために長野県庁に向かった。



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