第42話 過去 四十 三等車両

 二等車両を引き擦られながらはるは修一に文句を云った。


「修一さんは何を怒っているのでですか……。私は使命を全うしようとしただけです。明継叔父さん以外に危害を加えるつもりはありません。大体、修一さんにだって迷惑を掛けてる訳ではありません。」


「此れから迷惑が掛かるのだよ。晴一人の問題では無くなる。警護だけでも明継を俺が見て、紅を晴にするつもりだったが、御前は駄目だ。紅に下心があるなら天都てんとに返す」


 三等車両の連結まで来たら晴を押し込んだ。長距離列車の為皆席に付いている。

 通路を歩くと柄の悪そうな六人と目があった。


「誰の差し金だ。」


 修一は威圧感のある声で聞いた。


「因縁付ける気か……。俺達は只、電車に乗ってるだけだぞ。」


「目的は誰だ。」


 修一が引かないで聞く。だが輩は押し黙るだけだった。横目で合図している。最後の奴に修一は目を合わせた。


「晴、奴だけ残して電車から投げろ。」


 修一が指を差した男以外は立ち上がった。


「なに云ってんだ。糞が。」


 奥の男から修一は視線を反らさない。


「晴、明継が御前と同じ年に五人はあしらえた。車両から出せ。」


 いきり立つ男を前に此処では迷惑になると晴はデッキに逃げる。二人が追い掛ける、少し広めのデッキに出る。


「舐めやがって餓餽ガキが、」


 晴は鉄の棒を掴み反動で弾き飛ばされ無い様に蹴りを、男の足の膝裏に入れた。上体が崩れた男が近くに居た男の首襟を掴む。

 掴まれた男も均衡を保てなくなり腰が反り上がる。

 晴は其の腹を力一杯蹴り込み、二人共は列車から転げ落ちた。

 離れて行く団子になった男達を晴は見送った。


 扉を開け報告する。


「修一さん。二人やった。」


 晴が三等車両に戻って来ようとすると煽った訳でなく、他の男三人が立ち上がり、晴を目掛けて走って行った。


 罵詈雑言を云いながら晴に掴み掛かる。


「ちょっと可愛そうよ。」


 節が修一の脇を通り抜ける。デッキの晴に二人を預けもう一人の相手をする。

 三等車両が無頼ゴロツキの罵声が響く。


「貴方、五月蝿い。黙りな。」


 せつは通路で一本背負いをすると、席に衝突する音が響く。仰向けに倒れた男の鼻に何発か拳を叩き込み脳震盪ノウシントウを起させる。隙を見て腹を踏み付け続けた。


 車両外の晴が四人目を線路の外に投げ出したのを、確認してから節が晴を呼ぶ。二人係りで男を運び又、列車から投げた。


「で……、最後はどうするのよ。」


 節と晴が三等車両に戻って来た。


 男の前を既に修一が座っている。其の横に晴が座り修一の隣に節が座った。


 乗客は頭に荷物を乗せながら、上体を低くして耐えている。


「誰からの差し金だ。」


 男は仲間が殺られた反動から挙動不審になっている。


「知らない。金を掴まされて、写真の子供を拐えと云われただけだ。二等車両にいるこいつだ。」


 修一が写真を確認して、節に回す。


「紅だ。」


 写真は晴に回された。


「修一さんも写ってる……。」


 晴は言葉を発した事を悔やみ、懐に写真を忍ばせた。


「監視が居るはずだ。何処に居る。」


「一等車両に居る……だが私達とは関係がない。」


 修一の瞳が大きくなった。


「晴、行け。」


 修一は決して男から視線は反らさない。晴が走り出した席を埋める様に節が座る。


「他に喋りたい事はあるか。」


 修一が男の手首を掴み小さなテーブルに拳を乗せる。男の親指を根本から掴み、反対側に反らす。関節が軋む音がするギリギリで力を固定した。


「他に云いたい事はあるか。」


 男の顔が歪む。


「何も知らない。只、拐えろとしか云われてない。前金は貰ったが、成功したら下関で貰うはずだった。」


「終着点だな。誰から貰って、紅を誰に渡すつもりだった。」


 修一の手に力が籠る。


「一等車両にいる奴にだ。名前すら知らない。偽名で乗ってるから誰かも解らない。本当だ。嘘はついてない。」


「此れ以上の情報はないのだな。」


 男の親指が折れるか折れないかの所で、問う。


「話せる事はないのだな……、もし、あるなら。」


「無い、無い、無い。」


 修一が親指の力を緩める。


「解った。立て。荷物を持て」


 男は其れに従った。

 席を立つと、修一は男の右腕を後ろでに捕まえ歩かせる。


 三等車両のデッキに出ると男を車両から蹴り出した。


 人が放り出されると、風で後方に押し出され、地面に叩き付けられた後、転がって小さくなる。


「逃がして良かったのかしら。馬の速度と変わらないから、生きてるわよ奴ら。」


 節は、男らしい物を見る。


「何も知らない。金だけの連中だよ。晴にヤられたのが良い例だな。其れより明継達だ。早く行こう。」


 修一と節は足早に車両を移動した。


「晴くんに云った言葉は本当なの。伊藤くんが多人数を相手にしてたのは。」


「嘘だ。多い時は俺も巻き込まれてた。」


「やっぱりね。」


 一等車両のデッキで晴を待った。なだらかな斜面を電車は走っている。

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