第16話

 それが起きたのは俺達がエリーを教会に送り届けた後だった。


 慣れない土地、慣れない風景。


 帰り道すらもあやふやなこの場所で、俺達は夜風を浴びながらゆっくりと歩いていた。


「エリお姉ちゃん怒られてたね」

「そりゃそうだ。仲が良いとはいえ聖女が人様の、それも平民の家に護衛も無しに居たわけだからな」


 だが怒られはせども、どちらかというと仕方なく怒っているという雰囲気だった。


 エリーの自由さは昔からであり、その上平民(勇者)という最強過ぎる程の護衛までいるのだ。


 むしろ何故自分はこんなことの為に説教しないといけないのか。


 そんな口からは出ない愚痴が読み取れた程だ。


 あの人らしいっちゃらしいけど。


 そんなことを考えていると、ふと手が温かくなるのを感じた。


「昼間は普通だったけど、夜はこっちも冷えるね」

「だな。案外、田舎も都会もそう変わらないのかもな「それは違う」


 違った。


 凄い迫真だった。


 そんなに嫌か、都会は。


「あーあ、ここにいるのが全部魔物だったらなぁ。緊張せずに切り倒せるのに」

「おいおい物騒なこと言うな。そんなことになったら俺は真っ先に死んじまう」

「師匠が負けるわけないでしょ〜。それに、私がいるから大丈夫だよ」

「それもそうか。頼りになる弟子を持って嬉しい限りだ」


 そう言って頭を撫でてやれば、レナは嬉しそうに微笑む。


 だがそんな顔を見れば見る程、レナの気持ちを無視して弟子を取ろうとする自分が嫌になってくる。


 でもやめられない。


 やめるつもりはない。


 俺は師匠であると言い続けなければ……俺は……


「お兄ちゃん?」

「ん?どうした?」

「ううん。なんだか一瞬、お兄ちゃんがどっかに行っちゃった気がして」

「なんだそりゃ。感じ取った世界(笑)で俺を捕らえられなくでもなったか?」

「そう!!さすが師匠!!やっぱり何でも分かっちゃうんだね」

「そりゃそうだ。なんて言ったって俺はレナの師匠なんだからな」


 さっきまでの考えはどこへやら。


 どうしていつも俺は妹の前だと見栄を張るのだろうか。


 俺が悪いのか?


 いいや、レナが悪いのだ。


 いっつもヨイショしてくれるから、師匠心がくすぐられてしまう。


 もしかして俺って凄いのかな?と勘違いさせてくるレナが悪いのだ!!


「よく分からないけど、なんだか今お兄ちゃんに凄く怒ってます」

「それはまずいな。帰りに何か買ってやらんとだな」

「わーい、お兄ちゃん大好きー」


 いつものように抱きついて来たレナ。


「こんなところ誰かに見られたら大変だぞ」

「ただの家族のスキンシップじゃん」


 そうなんだけど、なんか最近のレナのスキンシップがちょっと変な気がするのは気のせいだろうか?


 いや、きっと気のせいだ。


 というかそれとこれとは話が別で


「レナは勇者だろ。もっと勇者らしくを意識してだな」

「え〜、私は勇者以前にお兄ちゃんの妹で、師匠の弟子なんだよ?勇者は後入りなんだから序列が下なの。だから妹は勇者よりも強いんです〜」

「なんだそりゃ」


 レナのとんでも理論が炸裂する。


 ずっと一緒にいて尚、レナの考えを俺は未だに予想できない。


 だけど長年付き合っているから分かることも当然あるわけで


「あーあ、もう勇者なんてやめて、本当はお兄ちゃんとゆっくり」


 そう言葉を続けようとした瞬間だった。


「誰……か……」


 辛うじて俺に聞こえる程小さな声。


 何か助けを呼ぶような、されど勘違いである可能性も十分にあり


「……全く、何が勇者止めるだよ」


 そんな俺の思考など知らぬとばかりに、隣を見れば既に勇者の姿は無かった。


 レナはよく、自分よりも俺が勇者になった方がいいなんてことを宣う。


 だが、こうして今の状況を見れば、誰もがその言葉を否定するだろ


 レナは勇者である。


 それは世界が認めた揺るぎない事実であり、俺が心の底から自慢できる話の一つなのだから。


「そして、俺は世界の師匠である。これもまた揺るぎない事実だ」


 走り出す。


 例えレナが俺以上に強かろうと、師匠とは弟子を手助けする義務があるのだ。


 俺は師匠である。


 誰がなんと言おうとそうなのだ(自分のことを師匠と思い込む男の図)。


 そんなわけで走り出した俺だが、数分程経って気付いた事実がある。


「……ふむ」


 ある意味当然といえば当然の結果なのだが


「ここ……どこだ?」


 俺は迷った。


 そもそも声は遠い場所から聞こえたわけで、正確な位置が分かるわけじゃない。


 更に言えば方向が分かったところで屋根の上を走り一直線に進むなんて芸当俺には出来ない。


 故郷と違い、入り組んだ路地を抜けた俺は帰り道すら分からない困ったちゃんとなったわけだ。


「助けに行ったはずがピンチに陥る。これぞ正にミイラ取りがってやつだな。いい勉強になっただろ?」

「……え?わ、私?」


 虚空の弟子へと語りかけなんとか平静を保つ。


 さすがに今の状況には動揺してるのだ。


「いいか、我が弟子よ。よく聞けぃ!!」

「え!?あ、はいぃ」

「その前にまずこんばんわだな」

「こ、ここここんばんわ」


挨拶は大事だからな。


「人というのは必ず動揺する生き物だ。つまり、慌てたり驚くことは仕方ないこと。否!!むしろより人間らしいと言えよう」

「に、人間らしい……」

「そうだ。だから夜道が怖いなぁって思うことも、この年で迷子かよって思いも全て、人として当然のこと。それを後ろ向きに考えるなど言語道断なわけだ」

「で、でも実際に臆病者は嫌われてしまいます。い、威厳もないし……いつも言葉が詰まって聞き取り辛いって言われるし……」

「あるあるだな」


 俺も昔はそんな感じだった気がするなぁ。


 クラスの隅でビクビクと生きる、そんな人間だった。


 懐かしいなぁ。


 ……ま、師匠となった今では関係のない話だがな。


 それよりも話の続きだ。


「確かにそれらは一見デメリットに見られるが、俺はむしろプラスに思える」

「こ、こんなのがプラス?」

「ああ。威厳がないってのは取っ付きやすいってこと。言葉が詰まるのはそれだけ相手を考えて喋るからだろう?俺なんて適当ばっか言ってるせいで直ぐ変なことを先走っちまう」

「で、でもでも」


 それから俺はエア弟子との会話を通じ、なんとか一人の寂しさを紛らわせた。


 それにしてもさすが妄想と言うべきか、正に俺の理想とするような弟子だな。


「私はダメだから」


 教え甲斐があり


「なのに目標は高くて」


 上を目指し


「偽りの自分ばかり演じて、周りの期待ばっかり大きくなって」


 一丁前に格好付ける。


 あぁ、正に


「いつか誰も、私のことなんて」

「少なくとも今」


 この瞬間


「俺は、等身大のお前が大好きだ」

「好!!こ、こんな私を……ですか?」

「ああ」


 遂には泣き出してしまう我が弟子。


 ふふ、師匠の言葉に涙を流すなんて最高の妄想だな。


「わ、私は……私のままで……いいんですか?」

「そのままでいい。ありのままでいいんだ!!高すぎる壁を乗り越えよう!!小心者のまま皆の期待に応えよう!!そして、どうか俺に、その手助けをさせてくれ」

「はい……はい!!」


 最早俺の想像すら超える程の感動的場面。


 ヤバイ、興が乗ってきた。


「あ、あの、名前を。名前を教えて下さい」

「ふっ、名乗る程の者でもない。俺はさすらいの一般通過師匠。略して師匠だ」

「師匠さん、人はおかしな名前を付けるんですね」

「いや本名じゃ……」

「あぁ……今日は、今日は本当に素敵な夜になりました」


 その言葉に背筋が凍る。


 まるで心臓を握り締められたような、そんな恐怖が襲う。


「師匠さん。また、私なんかに会ってくれますか?」

「お、おう、もちろんだが……お前は一体だ」


 俺が振り返った頃には、既にそれの姿はなかった。


 幻聴……にしては随分とリアリティーのある。


 それに最後の瞬間に感じた悪寒は、あいつらの師匠である俺でさえも身の毛のよだつものだった。


「そもそも治安がいい街に助けを呼ぶ声?その上こんな時間に女の子が一人?」


 点と点が繋がり、導かれた線は俺の体を震え上がらせた。


 認めざるを得ないだろう。


 今俺が出会った存在は間違いなく


「俺の新しい弟子ってわけだな」


 へへ、やったぜ。


 ◇◆◇◆


 デミ・サタン・ザ・ヴァーク・レヴィリア(14)


 力(■) 補正値(E?)


 知力(B) 補正値(B)


 魔力(■) 補正値(E?)


 神聖(Z) 補正値(Z)


 魅力(■) 補正値(E?)


 運(SS) 補正値(SS)


「我らが王に喝采を」

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