第7話

 プラシッドは、思ったより快適な学園生活を送っていた。バカにされる事も後ろ指を指される事もない。至って平穏な毎日。ただアドルフが言っていた事は少し当たっていた。

 家名で寄って来る者達がいたのだ。また王族と繋がりがあると知り、そっち狙いで仲良くなろうとする者も。


 学園に来るまでは、ほとんど家に缶詰だった。出来の悪いプラシッドを見られたくなかったのだと、本人は思っている。そんな事をしても学園にいずれ行くのだから無駄なのに。


 そうして学園生活もあと三か月程で一年が終わると言う時に、凄い令嬢が現れた。


 「私、あなたの子が欲しいのです」

 「は? 何だって?」


 ついプラシッドは、聞き返す。まさかそんなストレートに言う令嬢がいるなど思っていなかった。


 「で、ですから、だ、抱いて下さい」

 「おたく、本当に令嬢?」


 プラシッドは、家ではずっと猫を被っていたのでこんな物言いはした事がないが、学園では別にどうでもいいので結構はっきりと言っていた。

 なので貴族の令嬢が何を言うと言ったのだ。嫁いだ時に初めてでないとなれば、問題にならないのかと驚いた。


 「……はい。あ、あなたにご迷惑はかけません」

 「いや、迷惑って。婚約者いるよね? その人と結婚したくないわけ?」


 彼女は、一つ上の学年の生徒だ。つまり今年卒業する。あと三か月。妊娠したとしてもバレずに卒業できるだろう。


 「あ、相手も承知の上です」

 「……なにそれ。もしかして魔力の関係で僕の子が欲しいっていう事?」


 こくんと彼女は頷く。

 それをプラシッドは冷めた目で見ていた。

 好きでもない男と結婚させられる上に、好きでもない男の子供を孕めと命を受け、身を捧げに来るとは、なんとバカなのだろうと。


 「僕は別にいいけどさ」

 「え……」


 彼女も知っているのだろう。プラシッドの婚約者が、王女だと。さらにそれを知っていて、頼みに来るなど虫唾が走る。


 「君も君の夫になる奴も覚悟した方がいいかもね。バレれば殺されるかもよ。僕も初めてだし、優しくなんかできないからね」

 「あ、や……」

 「今更何言ってるの?」


 プラシッドは、ムカついていた。

 もし子が出来て、その子が真実を知った時どう思うのかと。きっと最後は自分の様なクズになるだろう。


 「うううう」

 「泣くぐらいなら言ってくんなよ。何が迷惑を掛けないだ! 目の前にいるだけで迷惑だ! お前考えた事あるか? 生まれた子が期待に沿わない魔力だった場合、本当に僕の子なのかと疑われる事とか、色々言われるのはお前と子供だ」


 プラシッドは、一気にまくし立てた。


 「消えろ! 二度と僕の目の前に現れるな!」


 怒鳴りつければ、泣きながら走っていく。それを眺めつつ大きなため息をついた。


 「何やってんだ、僕。くそ」


 バンと、思いっきり机を蹴るも気分は晴れない。

 この世の中、くそ野郎ばかりだ。


 プラシッドは、一人街へと繰り出した。門限はあるが好きに外出ができた。もちろん、授業が終わった放課後や休日だが、彼には関係ない。鬱憤晴らしに夜でも街へ出ていた。

 学生だとバレると面倒なので、私服でうろつく。

 そのプラシッドの歩みが止まった。

 遠くに見える者が、楽しそうにと並んで歩いている。


 「ふーん。笑えたんだ」


 彼女クラリサの笑顔など見たことがなく、今日初めて遠くから見たのだ。

 わかってはいた。自分とて彼女との結婚は仕方なくするのだ。王女なら自分の意思などないに等しい。


 「ガキのくせに生意気だな」


 遠巻きに警備の者がいるので二人っきりではないが、あれは自分の意思で彼と並んで歩いている。結局鬱憤晴らしにならず、そのまま寮へと引き返して行った。



 「学園生活の2年間なんてあっという間だったな」

 「そう」


 プラシッドは無事に学園を卒業し、交代でクラリサが魔法学園に通う事になる。本来は、その間に会う予定はなかったが、プラシッドから会おうと申し出た。彼から会う事を申し出たのは初めてだ。


 「なんだか、大人びたね」

 「………」

 「褒めたんだから何か言ったら?」

 「ありがとう」


 クラリサが無表情で礼を言うと、プラシッドがスーッと近づく。一瞬何が起きたのかわからなかったクラリサだが、唇が重なっていた。

 バシッ。


 「痛いな。叩く事ないだろう。どうせ2年後には、これ以上の事をするだろう」

 「な……」


 クラリサはあさぎ色の瞳に涙を溜め、プラシッドを睨みつけている。


 「もしかして初めてだった?」

 「あ、当たり前……」

 「ふーん。彼とはしてなかったんだ。ベテベナン伯爵家の嫡男ルフォンだっけ?」


 ルフォンの名をプラシッドが口にすると、クラリサが驚きの顔を見せた。


 「知らないと思ったの? 何度か見掛けたよデート」

 「デ、デートって違うわ。二人きりでは……」

 「デートかどうかなんて、僕は別にどうでもいいけど」

 「ですから違います! 彼とは学友です」

 「学友ね……」


 メオダート王国には、魔法学園以外にも通常の学校がある。主に貴族が通う学校だが、強制ではない。10歳から12歳までの初等部、13歳から14歳までの中等部、魔法学園に通わないならその上の15歳から16歳までの高等部と見聞を広める為に通う学校だ。

 プラシッドは、もちろんその学校には通っていない。


 「好きなんだろう。いいよ別に」

 「いいって何が?」

 「彼との子供だよ」

 「え……」

 「学園に通っている間に出来たら困るから卒業間近に……」


 バシッ。

 本日二回目のビンタをプラシッドは食らった。


 「あなた、学園に行って変ったわ」

 「僕は変ってないけど、君は凶暴になったね」


 ビンタされた頬をさすりながらプラシッドは言う。


 「家では猫を被っていただけ」


 普通なら家以外で被るものだが、学園以外で外などに出た事がなかったプラシッドは、家で被っていたのだ。


 「提案の為にね。被る必要ないかと」

 「て、提案ってさっき言った事!?」

 「そう。いい案じゃない? 初めてかどうかなんて、僕が言わないとバレないのだし、もしその一回で子供が出来たのなら僕達清い関係のままでも……」

 「なぜそうなるの? それであなたに何の得になると言うの?」


 青ざめて言うクラリサに、プラシッドは面倒くさそうに説明を始める。


 「わからないかな? 君も僕の魔力検査の本当の結果知っているでしょ。君と僕の子供が予想外に凄かったら――」

 「待って、本当の結果って何?」


 プラシッドが、「え?」という一瞬驚いた顔を見せたと思ったら、腹を捩り笑い出した。


 「あははは。何それ。君、何も知らされてないの? 本当にただのコマだったんだ」

 「え……」


 クラリサは、目の前の彼が何を言っているかわからない。彼女もまた、プラシッドが愛想笑い以外で笑っているのを初めて見た。しかも自分の事を笑っているのだ。

 クラリサは怖くなった。この目の前の男は誰なのかと。

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