第13話 器楽

 美しき妻と愛する我が子を家に残し、ハインリヒは馬車で仕事場まで移動していた。道が悪く、道中何度か大きく揺れ、ただでさえボロボロの馬車はその度に軋んだ。

まるで、悲鳴のような軋みだった。それか、壊れたバイオリンのようであった。


 彼は宮廷音楽士である。その仕事内容は主に、作曲と指揮だ。どれだけ優れた曲を作ろうとも、それを楽団が再現してくれなければ意味がない。(カルマの父が優れた曲を作らないのだが)


 宮廷音楽士は、楽団の指導も自ら行うのだ。音楽学校のようなものはない。


 アイズ王国は軍事に重きを置いている。そのため音楽士の地位は低い。音楽によってを滅する必要がないのだ。あまりに、聖騎士隊が強すぎるし、その聖騎士隊を雇う十分な金が我が国にはある。


 「はああ…憂鬱だ……」

 

 ハインリヒは重々しいため息とともにつぶやいた。


 音楽士の肩身は狭い。本当は饗宴の音楽ターフェルムジークのような曲は作りたくないのだ、私は。


 しかし、王のご命令には背けない。実は饗宴のような食事会のための音楽を使ってもほとんど金にならないのだ。


 宮廷用の作曲は公務扱いで、ボーナスはない。ピアノ教師をやってた方がずっと割りがいい。それでもやらなければならない。


 おまけに一番憂鬱なのは楽団の指導だ……。


 声楽には、清らかで聖なる声には魔を滅する力がある。ソロよりも、混声の方がより多くの魔を滅するので、教会や聖堂では、定期的に合唱祭が行われる。


 器楽は演奏されない。しかし、伴奏には使われる。器楽は混声の効果を高めることがわかっているからだ。


 しかし、一部の古い司教はこれを許していない。何故なら器楽は悪魔の作った道具であると彼らは主張するからだ。それにも、理由はあるのだが……。


まぁ、そのような古い者が権力を独占するのが聖職者というもので、その聖職者より地位が低い貴族は彼らに物申してはいけない。私個人としては、器楽はむしろ……おっと、これ以上はいけないな。心の中であったとしても、こんなことを想像するのは憚られる。


 とにかく、器楽奏者の地位は低い。というか、もはや蔑まれている、と言う方が正しいかもしれない。社交界への参加は、演奏以外で認められておらず、サロンへの呼び出しもあり得ない。(宮廷音楽士は下流貴族となるので、それらの権利は認められている)


 そのような身分ないし職業の者は多くは教養がない。学もない。音楽への愛もない。そんな者たちと関わらなければならないと考えるだけで……。


 「ああ、今回の練習も不安だ……」


ハインリヒは大きくため息をついた。


 

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