06.アバター

 クリスが二階の客間に上がってくるのを待ち構える。


 服装がファンタジックなのから、母のパジャマに変わっていてちょっと笑いそうになったがここで和やかな雰囲気を出したら、こいつ絶対つけあがる。


「おい、どういうことだよ?」

「明くん、わたしが上がってくるのを今か今かと待っていてくださったんですね。嬉しいです」


 にこりと笑うクリス。


「そりゃ聞きたいことがたくさんあるからな」


 絶対違う意味で言ったんだろうけどあえて無視する。

 クリスは小さく「ちぇっ」と吐いた。

 からかう気満々だったってことかよ。


「冗談はさておき、現状を覚えている限り説明しますね」


 部屋に入って見回して「これが地球の一般的な寝室かぁ」なんてつぶやいてる。興味津々って顔だ。こういうところを見ると異世界人なんだなと感じる。


「さっきも申し上げた通り、わたしはミナリィエから異世界転移の術でやってまいりました。クラスは神官戦士です。地球に起ころうとしている危機を退けるためにやってきたのですが……」

「転移のちょっとした失敗のショックでその一番肝心なことを忘れちまった、と」

「はい。なのでここで暮らしながら思い出します」

「すぐに思い出せそうなのか?」

「確証はありませんが、おそらくは。一時的な記憶の喪失と思われるので」

「思い出すのが間に合わずに、その世界の危機が起こるなんてことは……?」

「その場合は運命共同体として一緒に滅びましょう」


 にこやかに言うなっ!


 しかしこの笑顔、なんとなくどこかで見たことがあるような気がしてるんだよな。

 って、まさかこれも記憶操作?


「そうだ。両親の記憶を勝手にいじくるなよ」

「すみません。本来ならもっと別の穏便な魔法で自然に同居の形に持ってきたかったのですが。その方法も忘れていて」


 どっちにしても魔法にかけてたのか。


「俺の記憶も触ったりしてないだろうな?」

「それはしません。協力者たる方には一切魔法などを使用してはならないのが最低限のルールであり、マナーなので」


 すごく常識的なことを言っているが逆に言えば俺じゃない相手には遠慮なく魔法使ってOKってことか?


「ご両親の記憶も、問題が解決して帰還する際に元に戻しますので」


 それなら、まぁ、妥協しよう。

 でもそうなってくると、俺のクリスの既視感は何なのだろう。


「ネットで調べるか」


 PCを立ち上げてインターネットブラウザを起動する。

 初期画面にしてるのはSNSの自分のアカウントだ。すぐに検索エンジンのページに飛ぶ。


「さっき写ってた顔、明くんそっくりですね。でもどうしてそのままの顔を載せないのですか?」


 あぁ、SNSのアバターのことか。


「インターネットとか、言葉とかだけのやりとりの相手には基本的に個人情報をさらさないことになってるんだよ。ルールってか、暗黙の了解ってか。さっきの顔はアバターっていって、オンラインでコミュニケーションをとるのに自分の顔の変わりに使うんだ」

「あっ、そういえば地球の常識を学んだ時にそんなことも聞きました」


 クリスは興味津々に俺の隣でPCのモニターを見ている。


「顔近いぞ。ちょっと離れろよ」

「照れてるんですか?」

「えぇい、もういい、黙ってろ」


 クリスは無視して『ミナリィエ、クリス』とキーワードを入れて検索する。


 ……あまり関係なさそうだな。


「さすがに異世界の情報なんて載ってないか」


 自嘲気味に笑いながらもページをさらに見ていくと。


『ダークネス・フローム・フォレスト2って懐かしいクソゲーがレトロゲームコーナーにあった』


 その書き込みと共にアップされた画像に、ゲームのパッケージがあった。

 そこに描かれていたヒロインが、クリスだった。


「わぁ。これがわたしのアバター、ですね」


 ちょっと違う。

 けどこれで、クリスがゲーム世界からやってきたことがわかった。

 しかし、クソゲーなのか。ヒロインがクソだから、だったりして。

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