1-1 辛口レビュー美少女、池谷さんの考察
「――と、言うことがあってだな。おかしいだろう?」
水曜日の終わり。日はすっかり暮れて夜十時。
俺は今日の出来事を闇バイト仲間の池谷葉月に語っていた。
池谷というのは俺の中学時代の後輩の女の子で、闇バイトの帰りはいつも一緒に帰る仲。帰り道のコースも大体いつも同じ、車の通らない洲屋川沿いの遊歩道。
自転車を手で押して二人でくっちゃべりながら帰ります。
「へえ先輩、確かにそれはおかしいですね。だいぶおかしいです」
「じゃろう? めっちゃめちゃ面白い奴じゃろう? たしか奴はナゾナ・ゾロアスターと名乗っていた」
「いや、頭の中の語りを短歌風の七五調でやってる先輩が」
「って俺かいっ。なんで!」
「なんでもなにも。いきなり『洲屋は日和の桜道~』とか聞かされるこっちの身にもなってください。遂に頭がおかしくなったのかと思いましたよ」
「うっ」
「あと七五調の中で自分のことオイラって言うのやめてください。九十九パーセントカッコよくないです」
「そ、そんなっ。あれは江戸っ子風なんだよ。ビートたけしっぽくやってるのよこっちは。一パーセントはカッコいいでしょうが」
「知らねー。誰が言っててもカッコよくねー。つかビートたけしとか、そんな芸人だか映画監督だが分からないやつ知らねー。せいぜいヤクザっぽい意味深な演技が出来るだけの、バラエティーでふがふが言ってる老人なんて知らねー。アイツはもう芸能界にいらねー」
と、この通り、池谷は後輩なのに俺に対して容赦のないツンデレさんである。
しかもお笑いとか演劇とか映画とかアニメとか漫画とか、あらゆる創作物に対して歯に衣着せず批判する辛口レビュー家さんでもある。そのせいで俺と喧嘩することしばしば。
まあ今日は、池谷の機嫌も良さそうなので見逃しておくとする。俺は北野武大好きなんだぞ。たまにネタ番組の司会やってて面白いでしょうが。
「で先輩。今も頭の中は七五調なんすか。短歌詠んでるんすか。まったく、やめてくださいよ。今どき定型詩なんて時代遅れです。いや時代錯誤です。大体、複雑に入り組んだ現代社会を定型で表現しようだなんて、現代社会に対する冒涜なんですよね。ほら例えば、私のこの美しい金髪も、定型の詩だと、美しさを半分くらいしか表現できないでしょう?」
「え、えぇ……」
池谷は自転車を押しながら、さららんと最近染めたばかりの髪を書き撫でる。
実家に道場があるこやつは、硬派に空手道を歩んできたはずだが、高校入学と共に弾けて金髪デビュー。ヤンキーっぽくて似合ってはいるが、俺はまだ見慣れない。
とりあえず俺は、定型が時代錯誤だなんだと煽られているので、この空手と辛口レビューが趣味の金髪ヤンキーさんを表現する詩を詠んだ。
「えーっと、いつ見てもギラり輝く金の髪。眉も目つきも隠さずに、恥じず驕らず敵睨む。その様まるで流離いの、野武士の如く風雅なり」
言い終わると、池谷は一瞬嬉しそうな顔をする。でも、すぐに態度を改めて、池谷はわざとらしく肩をすくめた。
「ふふふ、なんです先輩、そのとりあえずツワモノっぽくしておいて、後は文字数だけ合わせましたみたいな七五調は。確かに私はツワモノですが、それは女子に詠む歌ではありませんよ」
「ならお前が女子向けの歌を詠んでみろよい」
池谷は一旦自転車を止めると、オーバーに天を仰いで見せる。
「降り注ぐ月光が如く黄金色、その髪色に目を取られ、横顔見れば心臓が、トクンと跳ねて一目惚れ、二人で見上げた星空で、キミは初めてボクに恋する」
「池谷、それはパンツ濡らしてるわ。むしろパンツはいてないわ」
「あ?」
「ひっ! いやいやいや! だって! 『星空』とか『キミ』とか『恋する』とか、詩のセンスが女子中学生過ぎるんよ! まともなパンツを履いている人が詠む詩じゃないんだよ!」
「はいていますよパンツなら! 濡れてませんからはいパンツ! どうぞ確認してください!」
「あああ! 脱ぐなっ、脱ぐなっ、渡すなーー!」
今日も俺と池谷は仲良く帰宅するのであった。
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