第18話 アーク



「……面倒なことになった」


 その日、慎也はダンジョン協会から呼び出しを受けていた。Sランクの人間の緊急招集。リノンを含めた自由に動かせるSランク配信者は、不可解な遺物が見つかったという理由で東京に収集されていた。


 まだSランクになって間もないということで、慎也はその収集から逃れていたのだが、運悪く京都の方でも何か異常があったらしい。本当は無視してゲームでもしていたいのだが、立場上そうもいかない。なので慎也は仕方なく、ダンジョン協会京都支部にやって来た。


「深層の探索とか無茶言われたら、このまま雲隠してやる。勘違いで、死ぬのは御免だ」


 と、覚悟を決めて支部へと入り、広めの応接室に通された慎也。


「はじめまして、僕はダンジョン協会の災害管理部門チーフの美作みさくといいます。お会いできて光栄です、慎也さん」


 そこで声をかけてきたのは、ビジネス用の笑みを浮かべた慎也よりいくつか歳上であろう青年。


「……はじめまして」


 警戒心を滲ませながら、慎也も挨拶を返す。


神田こうだくん、慎也さんにお茶を。……どうぞ、慎也さんはそちらにお掛けください」


 そばに控えた女性がお茶を淹れに行くのを尻目に、慎也は革張りのソファに座る。


「お忙しい中、急なお呼び立てをして、すみません。ですがどうしても、早急にしかも内密に対処しなければならない事態が起きまして……」


「東京の方で、何かあったと聞いたが」


「流石、お耳が早い。東京のダンジョンで見つかった遺物。今は……アークと呼称されているそれは、今までの遺物にない特徴があったんです」


「……と、いうと?」


「生きてるんですよ」


 その言葉に、慎也は表情1つ崩さない。……が、内心は動揺でいっぱいだった。


「慎也さんもご存知の通り、ダンジョン内の生物をダンジョン外に連れ出すことはできません。どんな小さな生物でも、外に連れ出せばすぐに死んでしまう。植物も持ち出すことはできても、ダンジョン外で繁殖させることはできない」


 この世界にダンジョンという異物が現れて、何十年の時が流れた。その間、例外は1つも存在していない。簡単に人を殺せるモンスターがいるダンジョンの隣で普通の生活が送れているのも、その大前提があるからだ。


「けれど、アークは生きている。そして、人間と意思疎通ができる」


 だからその美作の言葉は到底受け入れられない言葉で、流石の慎也も眉を顰める。


「それは遺物の機能ではないのか? 生きているように見せているだけの機械だとかは、前にも見つかっていただろう?」


「僕たちも最初はそう考えたんですけど、どうやらそうではないらしい。あれは確かに生きている。しかも問題なのは、アークが内在している魔力は……東京という都市を消しとばしてしまえるほど強大なんです」


「……だから東京に、Sランクの人間が収集された」


「そう。今のところ、人類に対して友好的な態度をとっているようですが、何がきっかけで敵対するとも限らない。アークが暴れた場合、止められるのは彼らだけだ」


「…………」


 彼らだけ。そう、自分では止められないのだ、という言葉を慎也はなんとか飲み込む。


「どうぞ」


「……どうも」


 そこで運ばれてきた紅茶に口をつけ、慎也は軽く息を吐く。


「アークは、Sランク配信者のミーミード伯爵が深層から持ち帰ったらしいのですが、彼はだけ置いてまたダンジョンに潜ってしまったので、分からないことが多いんですよ」


「それで、俺を呼んだ理由は?」


「……実はそのアークが、この京都でも見つかったんですよ」


 その言葉で先の展開が予測できてしまった慎也は、思わずティーカップを落としそうになる。


「これはまだ、上層部でも一部しか知らない事実です。本当なら、京都一帯を封鎖しなければならないような事態です」


「そんなものを、ホイホイと持ち出した馬鹿が京都にもいるのか?」


「分からないんですよ。偶々、監視カメラにそれらしきものが映った。誰かが持ち出したのか、自分の意思でダンジョンから出てきたのか。それとも……東京のアークが仲間を呼んだのか。なんにせよ、とんでもない爆弾です」


「それは今、どこにいる?」


「ついさっきは京都タワー。今は……金閣寺ですかね。まるで観光でもしてるみたいに、京都中を移動している」


「どんな見た目をしているのか知らないが、そんなものが動き回ればすぐに騒ぎになる筈だ」


「そのアーク、今は人間の形をとっているんです。どこにでもいるような、少女の見た目。頭の上に天使の輪っかのようなものがありますが、まあ……コスプレと言える範囲です」


「それを俺にどうしろと?」


 慎也に正面から睨まれ、美作は少しだけたじろぐ。美作にとってはアークだけではなく、Sランクである慎也もまた、簡単に街1つ壊滅させられる怪物でしかない。


 ダンジョン協会にはそんな彼らへの対抗策も存在するが、それでも本来、檻に入れられて然るべき獣と正面から向き合っているのだ。美作も取り繕ってはいるが、内心は恐怖でいっぱいだった。


「難しいことは言いません。慎也さんにはそのアークを、エスコートして頂きたい。京都観光を楽しんだ後、大人しく家に帰って頂けるように」


「悪いがことわ──」


「今はダンジョン協会の人間と、腕に覚えのあるAランクの配信者が、アークを見張っています。しかし彼らではアークを止められない。彼らが下手に接触すれば、街は火の海に変わるかもしれない。貴方しかいないんですよ、慎也さん」


「と、言われても……」


「東京からSランクを派遣するのにも、時間がかかります。今の京都であのアークをどうにかできるのは、貴方しかいないんです。だからどうか、お願いします!!」


 そう言われても、慎也が行ってそのアークを怒らせた場合、1番最初に死ぬのは慎也自身だ。なんだか大変なことになっているのは分かったが、本当はクソ雑魚な自分の手に負える状況じゃない。


 そう分かっているのだが、状況的に断れない慎也。Sランクになった以上、協会の命令に従う義務があり、その恩恵は既に受けてしまっている。


 この男、美作も律儀に頭を下げているが、本来、慎也は断れる立場にない。


「分かった。できる限りのことはしよう。……その代わり、やり方はこちらに任せてもらう」


「……! ありがとうございます!」


 と頭を下げる美作からアークの情報が入った端末を受け取り、協会を後にする慎也。


「よしっ、逃げるか」


 そう慎也が覚悟を決めた直後、先ほど美作から渡された端末に電話。嫌な予感を覚えながら電話に出ると、美作は慌てふためいた声で言った。


「大変です! アークを見失いました……!」


 それは、逃げようと思っていた慎也にとっては朗報だった。このまま雲隠れしたら流石に向こうも何か言ってくるだろうが、ターゲットを見失ったのなら、現場に駆けつけなくても誰も何も言ってこない。


 慎也はすぐに探すと嘘をついて、電話を切る。


「不幸中の幸いだ。探してるフリして京都を出よう」


 なんて慎也の思惑は、簡単に砕け散ることになる。



「──お前、面白い力を持っているな」



 まるで瞬間移動してきたみたいに、慎也の前に現れた白い髪の少女。その少女の姿は、確かに一見、ただの少女に見える。顔や髪の色から日本人には見えないが、観光客の多い京都だと特別目立つことはない普通の女の子。


 しかし、その少女の頭の上には先ほど聞いたばかりの天使の輪っかのようなものが……。



「……ああ。駄目だ、死んだ」



 そんな小さな慎也の呟きは誰にも届かず、慎也は静かに死を覚悟した。


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