第16話 Sランク



 シンヤがSランク配信者になったという事実は、瞬く間にネットに拡散された。


〈ダンジョン協会の発表見た? シンヤ様、遂にSランクになってんじゃん!〉


〈Fランクから一気にSランク! 試験も免除らしいな〉


〈リノンとコラボするって聞いた〉


〈ワガママなリノンとシンヤ様じゃ、喧嘩になるだろ〉


〈最強vs最強〉


〈頂上決戦じゃん〉


〈早くコラボ見てー!〉


 多くの事件が重なり、もはや一種のブームとなったシンヤ。ネットは既にお祭り状態で、噂が噂を呼び偶像は日に日に大きくなっていく。


 慎也は既に事態の沈下を諦め、今日も静かにキノコ狩りをしていた。


「これがSランクになった1番のメリットだな……」


 Fランク配信者の時は配信をしないとダンジョンに入ることができなかったが、Sランクになった今は配信せずともダンジョンに潜れる特権を得た。もちろん、アイテムの持ち帰りの制限もない。


 嫌なことばかり続いたが、Sランクになったお陰で自由気ままにキノコ狩りができる……というわけでもない。


「暑い……」


 慎也は顔を覆い隠すようなマスクを外し、汗を拭う。度重なる配信で素顔が拡散され、有名人になってしまったシンヤ。たとえ配信をせずとも他の配信者に見つかれば、勝手に騒ぎになってしまう。


 なので慎也は変装としてマスクとサングラスをかけ、派手な髪を隠すように帽子を被り、地味な服を着てキノコ狩りをしていた。


「あの女……リノンがいない今のうちに稼げるだけ稼いで、ダンジョン配信者なんて辞めてやる」


 コラボすると言っていたリノンは、今は京都を離れ東京に向かっていた。というのも東京にある第2ダンジョンから、とても不可解な遺物が見つかったという知らせが届いた。詳しい内容は分かっていないが、リノンは他のSランク配信者と共にそれの調査ということで、東京に収集された。


 まだSランクになりたてのシンヤは、運良くその収集から免れた。……しかし、そんな幸運は長くは続かない。このままだと遅かれ早かれ、表舞台に引っ張り出される。恥をかくだけならまだしも、深層の探索なんかに巻き込まれると普通に死んでしまう。


「だから今のうちに稼げるだけ稼いで、ダンジョン配信者を辞める。絶対に辞めてやる」


 と言いながらも、それが簡単ではないことを慎也は既に理解していた。


 ダンジョン協会は、特別なスキルに目覚めた人間だけをSランクにするとリノンは言った。それは優秀な人間を優遇するという意味もあるだろうが、それよりも多分、首輪をつけるという意味合いが強い。


 犯罪に使われたら、まず間違いなく証拠が残らないスキルという力。そんな異常な力を持った人間を監視する為に、Sランクというのは存在する。一度、協会に目をつけられた以上、嫌になったんで辞めまーすと言って、簡単に辞めさせてもらえるとは思えない。


 こんな状況になった今、実は弱いんですーなんて言葉を協会が信じる訳もない。


「何するにしても、金はいるからなー」


 どうしてか簡単に特定されるあの家からも引っ越したいと思うが、そんな余裕はない。無論、今のシンヤが配信をすれば、同接数は10万近くになるだろうし、広告費とスパチャで目玉が飛び出るくらいの金額を稼げるだろう。


「でもこれ以上、胃の痛い思いをするのは御免だ」


 しかしまあ、それができない慎也はキノコを集めるしかない。最悪、どうにもならなくなって逃げ出した時の為に、ある程度のまとまった貯金が必要だ。


「おや、シンヤ様。こんなところで何をしてるんですか?」


 そこでふと、そんな声が響く。


「お前は……」


「はい! 忍者系配信者、忍子です! いやー、配信の帰りにシンヤ様に会えるなんて、ついてるニンニン!」


 変装している筈の慎也を簡単に見破った忍子は、まるで主人に駆け寄る犬のように早足で慎也に近づく。


「……こんな格好してるのに、よく俺が分かったな」


「これでも忍子は忍者の端くれですから、変装を見破るのは得意なんです!」


「……そうか」


 忍者なのは設定だけだろう、という言葉を慎也は何とか飲み込む。


「それよりシンヤ様! この前の配信、見させて頂きました! サクちゃんの為にあそこまで怒ってくれて、あたし……嬉しかったです! なんか感動して100回はあの配信、見直しました!」


「……そっか。それより、まだお見舞い行けてないけど、サクラコさんの調子はどう?」


「はい! お陰様で、もうすっかり元気になりました! 明日には退院できるみたいですよ!」


「それはよかった」


「サクちゃん、シンヤ様の配信見てからもう凄い興奮しちゃって、大変でした。シンヤ様の配信を見た100回のうちの90回は、サクちゃんに無理やり付き合わされました。ほんと、目がハートになるって現実でも起こることなんですね」


「……ははっ」


 その姿が簡単に想像できてしまう慎也は、苦笑いするしかない。明日に退院ってことは、明日にはハイテンションのサクラコが家にやってくるだろう。慎也は心の中でため息を吐く。


「まあでも、元気になってよかったよ。俺はこれからまだやることがあるから、気をつけて帰りなよ」


 適当に手を振って、そのまま立ち去ろうとするシンヤ。しかしそんな慎也を引き止めるように、忍子は大きな声を出す。


「ま、待ってください! その……実はあたし、シンヤ様にお願いしたいことがあるんです!」


 先程までとは少し違う真面目な声。そんな声と共に、真剣な表情でシンヤを見る忍子。……なんか嫌な予感がするぞ、というシンヤの心境を無視して、忍子はその言葉を口にした。



「シンヤ様! あたしを……弟子にしてください!」



「えぇ……」


 うわっ、また変なことに巻き込まれたと、慎也は小さく息を吐いた。


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