第13話 罪と罰



「……まさか、あんたの方が来るとはな」


 ムトウたちの前に現れたのは、ショウタではなく今1番話題の配信者シンヤ。ランクこそFだが、その実力はSランクをも凌ぐと言われており、チャンネル登録者は加速度的に増え続け、今ではもう20万人を超えている。


 配信の同接数も、同じチームのサクラコが怪我をしたということで更に多くの注目を集め、10万人近い人間がシンヤの配信を視聴している。


「少し話したいことがある。構わないか?」


 表情の読めないシンヤ。ムトウたち4人を前にしても、少しの動揺も怒りすら見せない。そんなシンヤの登場は流石に予想していなかったムトウたちは、顔を見合わせ……笑う。


「ああ、構わないですよ? こちらでコラボしようと声をかけたんです。こんなに早く来て頂けるとは、思ってませんでした」


「そうか。話が早くて助かる」


 シンヤはゆっくりと4人の顔を見渡し、言う。


「単刀直入に言うが、今からカメラの前でサクラコさんに頭を下げて、もう二度と配信活動はしないと誓え」


「…………は?」


 歯に衣着せない言葉に、流石のムトウも顔を歪める。


「何の権限があってんなこと言ってんだよ、お前」


「権限など関係ない。これは命令だ」


「……はっ。はははははははははっ! 噂のシンヤ様は、どうやら頭はよろしくないようだ!  俺たちがあの女の件に関与しているなんて証拠は、どこにもねぇ! あったところで、お前の指図を受ける謂れはねぇんだよ! 勘違い野郎が!」


「おいおい、笑うなよ? ムトウ。きっとあの女の子に頼まれて、張り切っちゃったんだろ? 私のことは好きにしていいから、あいつらに復讐して下さいって!」


「なんだよお前ら、実はそういう関係だったのかよ! いいな、俺らも混ぜてくれよ!」


 笑うムトウたち。けれどシンヤの表情は少しも揺るがない。ただ静かに、奈落のような深い瞳でただ4人を眺め続ける。


「……っ。んだよ、その目は? もしかして俺らに暴力でも振るうつもりか?」


「分かってんのか? お前。こっちはさっきからずっと、カメラ回してんだぜ? つーか、どんだけ考えなしなのかしらねぇけど、お前、自分でもカメラ回してるじゃねーか!」


「そんな中で俺らに暴力振るったら、困るのはお前の方だ」


「シンヤ様とか持ち上げられて勘違いしてんのかも知れねぇけどよぉ、お前は所詮ただの配信者だ。どれだけ偉そうにしたところで、何も出来やしねぇんだよ!」


 挑発するようにシンヤの目の前まで近づき、ニヤニヤと笑う4人。しかしやはり、シンヤに動揺は見えない。どこまでいっても静かな冷たい目。どれだけ煽ろうと、眉一つ動かさない。


「……っ」


 そんなシンヤを前にすると、何故だか自分たちが道化になったような錯覚を感じ、4人の胸に苛立ちが募る。


「随分といい指輪をしているな」


 脈絡のないシンヤの言葉。その言葉を聞いた瞬間、ムトウの顔に動揺が走る。


「……はっ。知ってんのかよ、この指輪のこと。確かにこれは、モンスターを使役できるアイテムだ。だが、これを俺が使ったなんて証拠はどこにもねぇ。これは……そうだな。単なる御守りだよ。俺たちは、自分の力だけで配信を頑張るって決めてるからな」


「なら知らないか。その指輪は使用してから数時間は、少しだけ色が青くなる」


「──!」


 慌てて指輪を見るムトウ。しかし色に変化はない。


「冗談だ。……だが、随分と驚いた顔をするんだな? 単なる御守りなのに」


「……っち。うるせぇよ。テメェが変なこと言うから、気になっただけだ」


「つーかよ。協会が俺らの罪を認めなかったってのに、お前はいつまで偉そうにしてんだよ!」


「見下してんじゃねーよ! お前のその顔、ムカつくんだよ!」


 苛立ちを抑え切れず、叫ぶムトウの仲間たち。そんな男たちを見て、シンヤは小さく笑う。


「すまない。品格が劣る人間との会話は、あまり得意ではないんだ。気に障ったなら、謝ろう」


「──っ! お前あんま調子乗ってると──」


「辞めろ!」


 思わず手を出そうとした人間を、ムトウが抑える。


「なに熱くなってんだよ。落ち着け。こいつがこんな風に偉そうなこと言うのは、他に何もできねぇからだ。女の前で格好つけた手前、引くに引けねぇから、頑張って俺らを挑発してるんだよ」


「……はっ、んだよ。噂のシンヤ様も、俺らとやってること変わんねぇじゃねーか!」


「そうだ。こいつがなにを言ったところで、直接手を出した映像でもない限り、俺らを罰することなんてできねぇ」


「なんだよ! 結局、ただの道化じゃねーか、お前!」


 笑う4人。シンヤはそんな4人を無視して、自分の配信用のカメラに向かって、声をかける。


「ちょっと訊くけど、サクラコさんたちが襲われてた時、モンスターの目の色が変な赤色になってなかったか?」


 そのシンヤの声に、コメントが流れる。


〈なってた〉


〈あ、そうだ。あいつらの指輪がコントロールリングなら、目の色に異常が!〉


〈これ証拠になる?〉


〈いや、これだけだとシラを切られて終わりだろ〉


 凄い勢いで流れるコメントを見て、シンヤは小さく「勘違いってことはなさそうだな」と呟く。そしてそのまま真っ直ぐに4人を見て、口を開く。


「もう一度言うが、サクラコさんに頭を下げて配信活動を辞めるつもりはないか?」


「当たり前だろ。俺たちは善良な配信者だぜ? そんなことする理由がねーよ」


「そうか。分かった。なら、仕方ない」


 諦めたように呟いて、4人から少し距離を取るシンヤ。そんなシンヤを見て、4人はからかうように笑う。


「なんだよ、偉そうなことだけ言ってもう帰るのか?」


「ははっ! 何がシンヤ様だよ、口だけじゃねーか!」


 笑う4人を無視して、シンヤは静かにカメラからも4人からも見えないよう注意を払いながら、アイテムボックスから1つのアイテムを取り出す。


 チリーンと小さく、鈴の音が鳴る。


「……こんな形で役に立つとはな」


 小さく笑って、シンヤは4人を見る。


「お前ら、さっき言ったよな? 俺と自分たちはやってることは変わらないって。そうだ。それは間違いじゃない。俺も別に、真面目な配信者なんかじゃない」


「だったらなんだ? まさかここで、俺らに手を出すって言うつもりか?」


「いや、そんな真似はしないさ。ただ、どうしてかモンスターが近づいてきてないか? と思ってな」


「──っ!」


 異常に気がついたムトウの顔色が変わる。


「お前まさか! 呼び声の鈴を使ったな!」


 『呼び声の鈴』それは、配信ライダーショウタがシンヤとの対決で使ったもの。ダンジョン内のモンスターを1箇所に集める、強力なアイテムだ。


 ムトウの指輪とは違い、使用回数が決まっており、なおかつモンスターをコントロールできる訳でもない。強力ではあるが、使い道がないとされるアイテム。シンヤはそれをRTAの大会が始まる前、ショウタからお詫びとして受け取っていた。


「すぐにでも、数え切れないほどのモンスターがこの場に集まる。運が悪いことに、ここは出口の扉からは遠く逃げ道もない」


「おまっ……お前! ふざけるなよっ! こんな真似してどうなるか、分かってないのかっ!」


「運悪くモンスターに襲われただけ、なんだろう? それとも、俺がアイテムを使った証拠でもあるのか?」


「……くっ!」


 反論が思いつかず、地面を蹴り飛ばすムトウ。仲間たちの顔にも、焦りと不安が滲み始める。


「俺からの要求は変わらない。このカメラの前……今は20万人だな。20万人の前で頭を下げて、もう二度と配信活動はしないと誓え。そうするなら、俺がモンスターから助けてやってもいい」


「どうして俺たちが、んなこと──!」


「嫌なら、自分たちの力でどうにかするんだな。幸い、いい御守りを持っているようだしな」


「──っ」


 ムトウのコントロールリングは、一度使用すると24時間のインターバルが必要となる。そうでなくても今から集まるのは、数百体のモンスター。戦闘能力が乏しいムトウたちでは、アイテムを使ったところでどうすることもできない。


「おい、どうすんだよムトウ! このままだとヤベェって!」


「うるせぇ! このくらいで騒ぐんじゃねーよ! あー、くそっ! 分かったよ、頭を下げりゃいいんだろ? お前ら! 言われた通りにしてやれ!」


 ここでの口約束なんて、守る必要はない。今だけ頭を下げて、いつか必ず復讐してやる。そう心の中で呟き、ムトウたちは頭を下げる。


「どうやら俺たちのせいで、不幸な事故が起こったようだ。悪かった。もう配信活動はしないと誓う」


 けれどシンヤは、何も言わない。


「おい、言われた通り頭を下げたぞ? 早くモンスターをどうにかしてくれ!」


「…………」


「おい、お前! 約束したんじゃねーのかよ!」


 もう見えるところまで迫ってきたモンスターの大群。なのにシンヤは全く動こうとしない。このままだと間違いなく死んでしまう。流石のムトウたちにも、焦りが見え始める。


「……こいつだ! 全部、ムトウの奴が企てたんだ! 人気者の女に傷をつけて視聴者を稼ごうって! こいつが言い出したんだ! だから悪いのは全部、こいつなんだ!」


 仲間の1人が恐怖に耐えきれず、そう叫ぶ。


「ちょっ、テメェ!」


「そうだ! 俺たちは関係ねぇ! もう配信なんてしないから、許してくれ!」


 他の仲間たちもムトウを裏切り、必死になって頭を下げる。けれど、シンヤは動かない。


「おい、ムトウ! お前がいつまでも頭を下げねぇから! もうすぐそこまでモンスターが来てる! 早くしろ! この出来損ないが……!」


 仲間の1人がムトウの顔を殴る。


「テメェ!」


 それに反撃する形で、ムトウもそいつに殴りかかる。シンヤは何もしていないのに、4人は勝手に仲間割れを始め、その様子がカメラを通じて世界に配信される。


「…………」


 しかしそれでも、シンヤは何も言わない。


「分かった。分かったから! 俺がサクラコさんにモンスターをけしかけた! 認める! 認めるから! 助けてください! お願いします!」


「…………」


「……他の配信者にも同じ手口を使った! 申し訳ありませんでした! もう二度と、こんな真似はしません!!」


「…………」


「この……この指輪も貴方に差し上げます! だから、だから助けて……助けて下さい!」


「…………」


「悪かったです! 悪かったです! 反省してます! もう……もう絶対にこんな真似はしない! ちゃんと罪も償うから! おねがいだから、助けてください!!!」


 涙を流しながら、地面に頭を擦り付ける4人。ずっと安全地帯からモンスターをけしかけていた彼らは、産まれて初めての命の危機になりふり構っていられない。プライドを全て捨てて、必死に頭を下げる。


「…………」


 それでもなお、動かないシンヤ。彼はただ、色のない瞳で静かに4人を見下ろし続ける。4人はそんな状況に、ただ情けなく泣き叫ぶことしかできない。


 そして、モンスターの大群がムトウたちを踏み潰す。その直前に、シンヤは言った。



「──失せろ」



 スキル『威嚇』の発動。周囲に広がる圧倒的な威圧感。まるで心臓を直接握られたような恐怖に、集まってきたモンスターは一目散に逃げ出してしまう。


 そして、その恐怖を感じたのはムトウたちも同じだった。


「あ、あ……」


 ただでさえ不安定になっていた心を、『威嚇』によって握り潰された。あまりの恐怖に意識を失った者や、失禁してしまった者もいる。


「……っ、あ」


 まだ意識のあるムトウは、なんとか顔を上げる。


「──っ!」


 そこにあったのは、全てを飲み込むような暗い瞳。恐怖なんて言葉では説明できない感情に、ムトウの全身が震える。


「次、同じ真似をすれば、今度はこの程度じゃ済まさない。分かったな?」


 それだけ言って、静かに立ち去るシンヤ。4人はそれに言葉を返すことすらできず、しばらく放心したまま動くことができなかった。


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