第11話 悪意の事故



「ごめんなさい、シンヤさん」


 と、サクラコは悲痛な表情で頭を下げた。シンヤが4層に到着してから数時間後。シンヤは、病院の一室に来ていた。


 シンヤが協会から受け取ったメッセージ。それは、サクラコがRTAを続行できないほどの重症を負ったというものだった。


 ダンジョン内では下の層に降りる為には、ランダム生成される扉を通る必要がある。帰る場合も、同じく出口の扉を探す必要がある。けれど、ダンジョン協会が保有する特別なアイテムを使えば、10層までなら自由自在に移動できる。


 Cランク以上の配信者が一定以上の怪我を負った場合のみ、そのアイテムを使い医療用のチームが派遣される。サクラコは、その医療用のチームに病院まで緊急搬送された。今はもう喋れるまでに回復したが、一時は命を争うほどの重体だった。ダンジョンが発見されてから医療技術が急速に発展していなければ、きっと命はなかっただろう。


「別に謝る必要はない。それより、身体は大丈夫なのか?」


「……はい。でも、シンヤさんがあんなに頑張ってくれたのに、私のせいで大会……失格になっちゃって。ほんと……ごめんなさい!」


「…………」


 涙を流すサクラコ……いや美香子に、慎也は何も言えない。


 サクラコが重傷を負ったということで、シンヤたちは大会を棄権した。途中でいくらいい成績を残したところで、棄権してしまえば意味はない。結局、RTAの大会は慎也たちとは違うチームが優勝した。


「大会なんてどうでもいい。それより──」


「よくないです! 私……私がシンヤさんを誘ったのに、その私が足を引っ張って……本当にごめんなさい!」


 病室の色のないベッドの上で、顔を覆う美香子。普段の明るさからは考えられない姿。なんとか励ましてやりたいとは思うけど、上手い言葉が浮かばない。


「……また来る」


 だから慎也はそれだけ言って、病室を出る。すると、待ち受けていた忍子とショウタが、怒りを抑えたような表情で慎也を見る。


「サクラコ……いや、姉さんは何も悪くないんだ! あいつら……シーロックチャンネルとかいうふざけた連中が、オレたちにモンスターけしかけたんだ!」


「そうです! それでサクちゃんはあたしたちを、庇って……」


 RTAが始まる前にシンヤに声をかけてきた、柄の悪い男。後から気づいたことだが、彼は迷惑系と言われる類の配信者であり、有名配信者に近づいてタチの悪い悪戯をすることで、チャネル登録者を増やしている。


 そんな彼らが今回の大会で、モンスターを使役する高価なアイテムを使い、サクラコたちを襲わせた。


「あいつら、ダンジョン内で配信者同士の私闘が禁止されてるからって、モンスターを使って姉さんを……!」


「どう見てもあの人たちが犯人なのに、自分たちは関係ないってシラを切ってるんです! あたしたちが勝手に、モンスターに襲われただけだろって……!」


 慎也と逸れてしばらくした後、絡んできた男たち。サクラコたちはそんな男を相手にしなかったが、彼らは気にした様子もなくニヤニヤと笑い、モンスターには気をつけろよ? と言って、立ち去った。その直後に、サクラコたちは大量のモンスターに襲われた。


 協会での取り調べも、彼らは関係ないとの一点張りで、証拠もなくすぐに解放された。そんな状況に、ショウタと忍子の2人は血管が切れるくらいの怒りを感じていた。


「シンヤ様。オレ、あいつらに復讐しに行きます。姉さんをあんな目に遭わせた癖にヘラヘラしてる奴らを、オレは絶対に許せない」


「……復讐って、何をするつもりだ。ダンジョン内での私闘は禁止されている。ダンジョンの外なら、なおのことだ。そんな真似をすれば、お前は──」


「それでも、このまま黙ってるなんて、オレできないんです!」


 ショウタは顔を真っ赤にして、スマホを慎也に見せる。そこにはサクラコたちにモンスターをけしかけた、シーロックチャンネルの人間が映し出されており、彼らは楽しそうに笑いながら今日のことを話していた。


『いや〜、今日のRTAマジ大変だったな』


『ああ、なんてったっけ? あの、胸のデカい魔法少女みたいな格好した女』


『サクラコ』


『そうそれ。あいつ、なんかモンスターに襲われたみたいでさ。俺ら近くにいたってだけで関係ないのに、犯人扱い』


『ライダーの格好したチビとかめっちゃ切れてて、笑ったわ』


『噂のシンヤ様とも、ちょうど逸れてたみたいだし。戦ってるとこ、見たかったのになー』


『あんなもん噂だけだよ。それより今度さ、サクラコちゃんのお見舞いに行ってあげようぜ? 俺好きなんだよ、可愛い子が傷ついて泣いてる顔』


『ぎゃはははははは! ここで優しくしたら元気になった時、あの大きい胸でお礼してくれるかもしれないもんな!』


 そこまで流れて、ショウタは配信を切る。


「オレはこいつらを許せない。こんな奴らのせいで姉さんが傷ついた。刺し違えてでも、オレはこいつらを地獄に落とす」


「あたしも協力する。サクちゃんを傷つけて笑ってるような人間を、このまま無視することなんてできない」


「…………」


 慎也は無言で頭を悩ませる。2人の気持ちはよく分かった。自分が側にいれば、威嚇を使って守ってやれたかもしれないという悔しさもある。……けれど、ここで怒って凸ることも彼らは計画に入れているだろう。


 こちらが何を言っても向こうは関係ないとシラを切り、手を出せば被害者になりきって炎上させる。そういう手口を、慎也は何度か目にしたことがある。


「シンヤ様は悔しくないんですか! そりゃオレたちはシンヤ様の足を引っ張って、記録もおじゃんになりました! でも、姉さんはあんなに貴方のことを想っているのに……そんな姉さんが傷ついて、貴方は──」


「関係ない」


 端的に告げられたその言葉。その言葉を聞いた瞬間、ショウタの頭に血が昇る。


「関係ないって、少しは姉さんの気持ちを考えてくれよ! 姉さんはずっと、貴方のことを……!」


「そうです! あたしたちは確かに迷惑をかけました。申し訳ないと思ってます。……でも、それでも関係ないって、そんな冷たいこと言わなくても……!」


「関係ないものは関係ない。……ここで騒ぐ暇があるなら、今は彼女の側に居てやれ。俺は……俺は少し、やることができた。くれぐれも、早まった真似はするなよ」


 慎也の鋭い眼光に睨まれ、何も言えなくなってしまうショウタと忍子。慎也はそんな2人に背を向け、そのまま病院から出る。


「……あいつら、俺が何とかしてくれるとか、思ってんのかな」


 このままサクラコを傷つけた奴らの所に行き、威嚇を使えば彼らに頭を下げさせることはできるだろう。しかし彼らは翌日にはヘラヘラと笑って、また同じような真似をする。あの手の連中は、反省という言葉を知らない。


 『威嚇』なんて、所詮は相手を驚かせるだけのスキル。人の心を変えることはできない。無力な慎也には、何もできることがない。


「関係ない、か」


 慎也は小さく息を吐いて、ポケットからスマホを取り出す。


「こいつら、まだダンジョン内で配信してるのか。これは多分、待ってるな」


 怒ったショウタや忍子が自分たちの所に凸って来たのを笑いものにして、視聴者を稼ぐ。一定以上の低評価がついたら広告は付けられないが、しかし信者を囲えば収入は得られる。


「……笑わせんなよ」


 言葉とは裏腹に少しも笑わず、慎也は静かに歩き出した。


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