第9話 順調



 スタートの合図とともに全力で走り出すチーム。逆にゆっくりと周囲を観察しながら進むチーム。各チーム、それぞれの作戦に則って行動を開始する。くじ引きで決めた初期位置と、ランダム生成される次の層への扉。広いダンジョンを探索するのは、簡単ではない。


「こんなゆっくりと歩いてて、大丈夫なんですかね? ニンニン!」


 と、忍子が不安そうに口を開く。


「当たり前だろ! お前、シンヤ様が言うことを疑うのかよ!」


 それにショウタが反論する。


「あ、いや。疑っている訳じゃないですよ? ニン! ただ、あたしがいつも見てるRTAはみんな凄い速さで動いてるから……」


「Sランクとかは、そうだろうな」


 と、シンヤは割と真面目な顔で言葉を返す。


「だが今回は、俺も含めて低ランクの人間が多い。5層までとなると、道を間違えれば半日はかかるかもしれない。下に降りるごとに、モンスターも強くなり地形も複雑になる。序盤で体力を消耗するのは、得策ではない」


「な、なるほど! 流石はシンヤ様ですね! ニンニンニン!」


「いや、俺はただ当たり前のことを──」


「そうなの! シンヤ様は凄いの! ……でも、忍子ちゃん。シンヤ様はあたしと結婚するんだから、あんまり仲良くはしないでね?」


「そうだぞ! サクラコちゃんの邪魔をするな!」


「…………」


 なんだこの、地獄みたいな空気は……。こんなんで配信が成り立っているのか? とシンヤは思うが、サクラコの同接数はどんどん伸びていっている。


〈サクちゃん、今日も平常運転だな〉


〈ようやく、シンヤ様の戦いが見れるのか〉


〈でもなんでシンヤ様、配信してないの?〉


〈集中が途切れるかららしいぜ?〉


〈流石、意気込みが違うな!〉


 こんな空気で最後までちゃんと保つのか? と痛む胃を抑えながら、なんとか無表情で歩き続ける。


「っと、分かれ道だね。しかも3つ。シンヤ様、これどっちに行った方がいいですか? 私は配信でRTAする時はいつも勘なんで、シンヤ様にお任せします!」


 キラキラした目でシンヤを見るサクラコ。それにシンヤは分かるわけねーだろ、と心の中で毒づきながら、丁寧に辺りを観察する。


「1番、右だな」


 そして端的に、そう告げた。


「ちなみに、ニン! 理由を聞いてもいいですか?」


「周りの地形だよ。草の生え方。岩山の崩れ方。モンスターの通った後。より多くのモンスターの気配がある方に、扉はできやすい」


 モンスターから逃げながらキノコ狩りを続けた結果、地形の観察能力だけは他の配信者よりずっと高くなったシンヤ。そんなシンヤの言葉通りに進んでいると、30分もしないうちに2層へと続く扉を発見する。


「凄い! シンヤ様! こんなに早く2層への扉を見つけるなんて、流石です! 惚れ直しちゃう! キュンキュンして、死にそう!」


 勢い余って、シンヤに抱きつくサクラコ。


〈サクちゃんメロメロだな〉


〈でもシンヤ様の判断、的確だよな?〉


〈強いだけじゃなくて観察力もあるとか、マジでなんでこんな人がFランクなんだよ!〉


〈シンヤ流拳法つえー!〉



 RTAであることを忘れ、ごちゃごちゃとしたやりとりをした後、4人はそのまま2層へと進む。現状でのタイムはダントツで1位。無論、世界規模で見れば大したタイムではないが、低ランク帯の括りで考えれば異常な速度だ。


「あたし、ここまでの速さで2層に進んだことなんてないです! ニンニン! しかも、モンスターとほとんど遭遇してないなんて、奇跡みたい! ニンニンニン!」


「やっぱりシンヤ様は凄いんだよ! 本物のヒーローなんだ!」


「こんにちワタシの未来の旦那様!」


 はしゃぐ3人。しかし、シンヤが主に活動しているのは1層だ。それ以降の階層でも自分の知識が通用するのか、全く分からない。そもそも、戦闘を避け続けるのにも限度がある。


「頼むから、強いモンスターは出てきてくれるなよ……」


 誰にも聞こえないよう、小さく呟くシンヤ。するとまるでそれに返事をするかのように、モンスターが現れた。


「グキャアアアア!!!」


 巨大なランス持った中世の騎士のようなモンスター。Cランクのモンスター『デッドナイト』。知性は低いがその分、戦闘能力が高い強力なモンスターだ。


「これくらいなら、あたしが倒すよ。ニンニン!」


 他の誰より早く忍子が動く。


「忍子の忍術、今日もきらめく! くらえ! 忍法地獄劫火!」


 言いながら、凄い速さで印を結ぶ忍子。忍子が着ている特殊なスーツがそれに反応し、忍術を再現する。


「ア、アキャァァァァ!!」


 『デッドナイト』は一瞬で燃え上がり、そのまま灰となって消える。


「……つよっ」


 と、思わず呟くシンヤ。どう考えても自分よりずっと強い少女。なんか適当に言い訳を考えて、戦闘はこの子に任せようと心に決める。


「シンヤ様に比べりゃまだまだだが、戦えはするようだな、この忍者」


「ショウタ殿はあまり強くないので、戦いになったらあたしかシンヤ様の影に隠れることをおすすめします! ニンニン!」


「うるさい! 俺はヒーローなんだ!」


「そうですか。そんなことより、この忍者スーツは久御山くみやま工業の最新鋭の技術が詰まってます! みんな、久御山工業をよろしくニンニン!」


「RTAでスポンサーに媚を売るな!」


 そんな風に騒ぎながらも、順調に進む4人。しかし1時間以上ぶっ通しで歩き続けたシンヤは、割と限界が近づいていた。


「ここらで少し、休憩を取ろう」


 いつものクールな表情で、端的に告げるシンヤ。


「あたしはまだまだ大丈夫ですよ? ニンニン」


「オレもまだ平気です」


「私もこのくらいじゃへこたれないよ!」


 と、他の3人はまだまだ余裕そうだが、ボロが出ないうちに休む必要があるシンヤは、真面目な顔で3人を見る。


「だが、次は3層だ。ここからは休んでいる暇もないかもしれない。無理をしても、タイムの短縮にはならない。休憩は必要だ」


「……嬉しいです! 自分はまだまだ平気なのに、私たちのことを考えて……! 流石はシンヤ様! あたし、シンヤ様の為にお弁当を作ってきたんで、食べてください!」


 アイテムボックスから弁当箱を取り出し、シンヤに手渡すサクラコ。


 アイテムボックスはダンジョン協会が唯一、支給してくれるアイテムだ。小さな鞄に大きな倉庫くらいの荷物を入れられ、重さも感じない。ダンジョン外では使用に制限がある特別なアイテム。それに入れておけば、食材も腐らない。


「弁当って……いや、ありがとう」


 今までのサクラコの言動から重箱でどかーんと、大量の料理を押しつけられると思って身構えたシンヤ。しかしサクラコが手渡した弁当箱は、普通の大きさだった。


「普通に美味そうだな」


 自炊しているシンヤには、その弁当がどれだけ手間をかけて作ったのか、よく分かる。態度こそアレだが、この子はちゃんと自分のことを想ってくれているんだと、少し心が動く。


「……って、どんだけチョロいんだ俺」


 ブンブンと首を横にフリ、余計な邪念を振り払う。


「美味しいですか? シンヤ様」


「……美味しいよ。でも……というか、今さらだけどそのシンヤ様っていうのは、辞めてもらってもいいかな?」


「ダメですか?」


「ダメじゃないけど、なんか……落ち着かない。普通にシンヤさんでいいよ」


「……! はい! 大好きです、シンヤさん!!」


 どうしてこれくらいで、そんなに喜ぶのか。シンヤには全く分からないが、とりあえずこういうところから直して貰えば、変な過大評価もなくなるだろう。


〈なんかちょっと、いい雰囲気じゃね?〉


〈シンヤ様、強いだけじゃなくて優しいな〉


〈サクちゃんが完全にメスの顔してる……〉


〈今さら嫉妬すんなよwwww〉


 流れるコメント。順調な滑り出し。だがしかし、このまま全てが上手くいくなんてほど、甘くはない。





「……つまんねぇ、大会だな。ちょうどいいカモも見つけたし、少しちょっかいかけてやるとするかな」


 岩陰に隠れた男たちが、楽しそうに笑った。


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