第41話 僕の大怪我の秘密

 パトリシアとゲルダの練習試合後、僕ら五人は、村の小さいレストランに行った。


 ゲルダの父親のラッセルさんは、僕らとゲルダの交流を邪魔したくないらしく、ついてこなかった。


 僕らはレストランの個室に通され、バーデンロールの名物を堪能たんのうすることにした。


「まったく、納得がいかないぞ」


 パトリシアは、名物の子牛のバターソテーを頬張ほおばりながら、文句を言った。


「ゲルダ、お前の剣術は、まるで剣自体に知能が宿っているようなものではないか」

「そうです。私の剣術は、実力ではありません」


 ゲルダは、少しさみしそうな表情を浮かべて言った。


 僕はげジャガイモをパリパリ食べつつ、「どういうこと?」と聞いた。


「闇の魔導師グロードジャングスに魔法をかけられたときから、私は普通の女の子ではなくなったのです。私は、元々、単なる商人の娘でした」


 そしてゲルダは意を決したように、泣きそうな表情で言った。


「あの魔法を受け、両足が動かなくなったとき──。周囲の物体が、念じるだけで動かせることに気づいたのです」

「じゃあ、あなたの剣術は、その闇の魔導師にかけられてから備わった、ということ?」


 アイリーンが聞くと、ゲルダは大きくうなずいた。


「強くなったけど……足のことは、大変だったね……ゲルダ……」


 アイリーンはハンカチで涙をぬぐっている。


「ありがとう、アイリーン……。恐らく、闇の魔導師に『呪い』をかけられたんだと思います。私は強さと引き換えに、両足が動かなくなってしまった」


 ゲルダは悔しそうに、何かをみしめているようだった。


 強さと両足と引き換えに、両足が動かなくなってしまったなんて……。僕も彼女の気持ちが分かって、胸が痛くなった。


「でも──そ、そんな? 呪いだって? その闇の魔導師は、一体何者なんだ?」


 パトリシアがゲルダを見た。


 ゲルダは、幾分いくぶん落ち着きを取り戻し、口を開いた。


「闇の魔導師グロードジャングスは、勇者ヨハンネス・ルーベンスと一緒に行動していると聞いています。そして、ダナンさんと私を襲ったジャイアント・オーガは……」


 ゲルダは静かに、それでいて力強く言った。


「大貴族、ルーベンス家が培養ばいようしてつくり上げた、人工魔族です」

「え? な、なんだそれ?」


 僕は聞き返した。


「あ、あのジャイアント・オーガは、そのルーベンス家っていう貴族がつくった、人工の魔族だっていうのか?」

「そうです」


 ゲルダは深くうなずいた。


「十年前から、ドードス草原はルーベンス家の、人工魔族の実験場です。ダナンさんと私は、ルーベンス家の人工ジャイアント・オーガの実験の最中に、居合わせてしまったのですね……」


 ゲルダは続けた。


 ぼ、僕の右足は、ヨハンネスの一族、ルーベンス家のせいで大怪我したっていうのか?


「そして、そこに闇の魔導師グロードジャングスがいたのは、不思議でもなんでもありません。グロードジャングスは、人工魔族製造の総責任者ですからね」


 そ、それが真実なのか……。


「ちょっと待てや」


 ランダースがゲルダを見た。


「ってことはだぞ、ゲルダ。お前さんのその力ってのは……その、ヤバい力なんじゃ? 魔族そのものの力、じゃねえのか?」

「ランダース!」


 パトリシアが声を上げた。


「ゲルダを侮辱ぶじょくすることはゆるさんぞっ。私は、彼女の強さは認めているんだ」


 パトリシアが叫んだとき、ゲルダは首を横に振った。


「ランダースさんの言っていることは、事実です。私の勇者としての実力は、闇の魔導師の魔法を受けたことによって生じた、『呪い』によって生まれたのです」


 ゲルダは言った。


 彼女は背筋を伸ばし、意識してしっかり話そうとつとめているように思えた。


「そういえば、君はこの間、ライリンクス城に来なかったな」


 僕が聞くと、ゲルダはうなずいた。


「封筒は来ましたが、私はその日、治療があり、行かれませんでした」

「ライリンクス王がナイフで刺された、という話は聞いている?」

「ええ。後日、雑誌で王が寝室で刺された写真を見ました。王に突き刺さったナイフから感じるのは、闇の魔導師グロードジャングスと同様の闇の魔力です。もしかしたら、グロードジャングスに洗脳を受けた者が、王の寝室に忍び込んだのかも」

「しゃ、写真で分かるのか?」

「はい。私の霊感は、写真を通しても見通せます」

「こ、国王は……ブーリン氏はどうなるんだ?」


 僕がゲルダに聞くと、ゲルダは答えた。


「ヨハンネスや、彼の背後にいるルーベンス家、そして闇の魔導師グロードジャングスを倒さなければ、国王は回復しないと思われます」

「なぜ?」

「国王を刺したナイフには、私やダナンさんが受けた闇の魔力が宿っているように見えました。その呪いを解かなければ、国王は回復しません。呪いがかけられて、ガッチリと鍵がかけられたような状態なのです」

「待って! 逆に言えば」

 

 アイリーンが声を上げた。


「ルーベンス家の問題を解決すれば、ダナンやゲルダさん、国王は呪いから解放されるということ?」

「そうだと思います」

「では、するべきことはもう決まっているな」


 パトリシアははっきりとした声で言った。


 え? どういうことだ?


「私たちは、世界剣術大会に出場するしかない。ヨハンネスが勇者ランキング二位ならば、恐らく、世界剣術大会に出場するはずだ。そこでヨハンネスを打ち倒せば、問題は解決に向かうんじゃないか」

「で……そのヨハンネスって野郎は」


 ランダースはゲルダに聞いた。


「どれくらい強いんだ? 勇者ランキング二位ってえと……」

「そうですね……」


 ゲルダは静かに口を開いた。


「私の十倍は強いです」

「じゅ、十倍だって?」


 僕は声を上げた。


「君はパトリシアを打ち負かした。しかしそんな君より、ヨハンネスは十倍強いというのか?」

「へっ、誇張こちょうだろ。話を大きくしてるのさ」


 ランダースが軽口を叩くと、ゲルダはぴしゃりと言った。


誇張こちょうでもなんでもありませんよ、ランダースさん。ヨハンネスの強さは悪魔的……それはなぜか? 彼は魔族と契約し、魔王とも密約を結んでいるからです!」


 な、なんだって?


 僕は耳を疑った。


 ゆ、勇者とあろう者が、魔族と契約? 魔王とも密約だって?


 一体、何なんだ? そのヨハンネスという少年は?

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