第25話 僕、無実を証明する

 僕はアイリーンと共に、グバルー魔霊街まれいがいからマルスタ地区に急いで帰った。


 翌日、マルスタ・ギルドに行き、ギルド長室をたずねた。


 そこにはギルド長のブーリン氏がいた。




 「こ、これは!」


 ブーリン氏は、僕がランゼルフ・ギルドで起こしたとされる暴力事件の写真の拡大写真を見て、目を丸くした。


 パメラさんからもらった、解析写真だ。


 僕の顔の周囲に、僕の顔を貼り付けたような黒いスジが写っている。


「この写真はインチキ、合成です」


 僕がブーリン氏に説明すると、ブーリン氏は深くうなずいた。


「た、確かに! これは合成写真に違いない」

「この拡大解析写真を作った人は、パメラ・エステランという探偵さんです」

「パメラ・エステラン探偵だって? 名前はよく聞くよ。会ったことはないが、有名な探偵じゃないか。その人の作成した、解析写真なのか! 信頼はできそうだな、うーむ……」


 ブーリン氏は首を横に振って、本当に驚いているようだった。


「なんてこった。写真にダナン君の顔写真を貼って、その写真を写真機で撮る。こんな簡単なトリックに引っかかるとは! ダナン君が、暴力などふるうわけがない、とは思っていたんだがね」


 ブーリン氏は、深く頭を下げた。


「す、すまなかった、ダナン君。君を疑ったりして……」

「いえ、そんな!」


 僕はあわてた。もともとブーリン氏は、僕に協力的な人だ。証拠を見せれば、必ず分かってくれるはずだと信じていた。


「良いんです。僕が暴力をふるっていないことが、分かっていただけたなら」

「ほ、本当にすまん。ゆるしてくれるのか。……だが、ちょっと困ったことがある」


 ブーリン氏は、眉にしわを寄せた。


「周囲の各地区ギルドの道場生に、『ダナン・アンテルドにかかわるな』という話が広まっているようなんだ。私はこの件に関しては口をつぐんでいたんだ。しかし、誰かがこの合成写真とともに、君の噂を広めているようでね……」


 ドルガーか……? そんなことをするヤツは、あいつしかいないではないか。


 それにしても、これは困った。この合成写真が出回ると、僕は魔法剣術の世界では生きていけなくなる。


 道場生に暴力をふるう魔法剣術師範しはんなど、誰も信用しない。


 一方、ドルガーが道場で暴力をふるっているのを見た。


 ドルガーの父親は大金持ちで、そういう噂は、金でもみけすことができるらしい。


 だから、ドルガーはやりたい放題できるのだ。


「とにかく、ギルドを一軒一軒回って、君の誤解を解いていくしかない」


 ブーリン氏は言った。


「まずはランゼルフ・ギルドに行こう。私も一緒に、誤解を解きにいくよ。私に、この写真を信じてしまったつぐないをさせてくれ」


 ランゼルフ・ギルドにはモニカとパトリシアが所属している。あと、マイラか。


 モニカやパトリシア、マイラは僕の味方だろう。


 しかし、ギルド長がドルガーだからな。僕を事故にあわせた、馬車の御者ぎょしゃであるバルドンも、ドルガーの側近そっきんのはずだ。


 ランゼルフ・ギルドに行くのは気が引けるが……。


 いつかドルガーとは、話をつけなければならないと思っていたんだ。


 ──行こう!



 僕とブーリン氏は、馬車でランゼルフ地区に行き、ランゼルフ・ギルドに近づいた。


 玄関から入ることはけ、ギルド敷地内にある、広場の入り口から入ってみることにした。


「ダ、ダナン君、見ろ。ドルガーがいるぞ」


 ブーリン氏はあわてたように言った。


 広場の噴水の前には、ドルガーとジョルジュ、バルドンがいて、何やら話し合っている。


 僕とブーリン氏は木陰こかげに隠れて、何を話しているか、聞き耳をたてることにした。


「てめぇら! 何だ、この売り上げは!」


 ドルガーは書類を持って、ジョルジュやバルドンに向かって怒鳴っている。


「ギルドの道場生たちが、先月に比べて半分以上めていっているじゃねえか!」

「いえ、それは……」


 ジョルジュは言いにくそうだ。どうやら、ランゼルフ・ギルドの経営状態について話し合っているらしい。


 ドルガーは重ねて声を上げた。


「剣士道場、拳闘士道場、魔法剣士道場、魔法道場……ランゼルフ・ギルド併設へいせつの道場は四つあるが、どんどん道場生が減っているぞ! 合計約百名はいたのに、今や五十名だ。併設へいせつ道場は、ギルドの大事な収入源なんだぞ。何とかしろ!」


 ギルドは冒険者の、魔物討伐の依頼斡旋あっせんが主な仕事である。また、併設へいせつ道場での若手冒険者の育成も、大事な仕事だ。彼らが強くなれば、ギルドの宣伝にもなるからだ。


「お、恐れながら、ドルガーさん」


 ジョルジュは言った。


「ドルガーさんが各道場の師範しはんに、『もっと厳しくしろ』と命じているからでは」

「ふん、それの何が悪い? 今、俺はここの魔法剣術道場の師範しはんもたまにしているが、厳しくしねえと道場生にナメられる。各道場の師範しはんにも、『ナメた口を利いてきた道場生は、ぶんなぐれ』と伝えてある!」

「き、厳しくするにも、限度があります。木剣ぼっけんでなぐりつけるなど、あまりにもやりすぎでは」

「それがオレのやり方だ。それに、その指導法をやり始めたのは、ダナンだということになっている。俺はそれに従っているだけ──ということにしているんだ」


 な、何だって? 僕とブーリン氏は顔を見合わせた。


 僕は一度も、そんな指導を推奨すいしょうしたことはないし、やったことはない。


「そもそも、道場稽古けいこってのは、厳しくしてナンボだろーがよ」

「しかし、このままでは、このギルドが大赤字を出してしまいます」

「うーむ……。今日、社長の親父がこのギルドを視察に来る。売り上げも確認するそうだ。親父はメチャクチャ、金に厳しいからな……。ジョルジュ、お前が親父に説明しろよ」

「そ、そんな! ドルガーさんのお父様は、その……こ、怖くて」


 ジョルジュは顔を真っ青にした。バルドンはずっと黙っている。


「そうだ、良い方法がある」


 すると、ふとドルガーは思いついたように言った。


「隣町にマルスタ・ギルドがあるだろう。このギルドより小さいし、たいした経営状態じゃないはずだ。ダナンも所属していたな。……確か、ギルド長はブーリン。単なる小商こあきないだろ」

「そ、それで?」

「マルスタ・ギルドを、金で買い取っちまえばいいんだ!」


 またドルガーがメチャクチャなことを言い始めた。僕はあきれて仕方なかった。


「親父に相談して金をだしてもらい、マルスタ・ギルドを手に入れる。そうすりゃ、マルスタ・ギルドの道場生の人数は、俺らのランゼルフ・ギルドの人数に合算がっさんできる。ギルド間で、道場生のを自由にすりゃいい」

「しかし! そんなことをマルスタ・ギルドのブールンが許可しますかね?」


 ジョルジュがそう言ったとき──。


 ブーリン氏が木陰こかげから、彼らの前に飛び出していた。


「お前ら──勝手なことを言いやがって!」

「な、なんだ? あっ、あんた……」


 ドルガーはブーリン氏を見て、目を丸くした。


 しかしこの後、ブーリン氏は大変なことになる!

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