第14話 君はアイリーン【ハーレム回】

 ここは……どこだ?


 僕は目を開けた。


 真っ白い天井が見える。重い体を起こし、周囲を見回した。


「薬の……においがする?」


 僕はつぶやいた。


 ここは小さい部屋だ。少し薬品のにおいがする。壁には、病院で見られるような、健康診断のポスターが貼りつけてある。


 病院の一室で、間違いないだろう。僕以外、誰もいない。


 大きな窓もある。僕はベッドの上で寝ていたようだ。


「一体、何がどうなって……るんだ?」


 よく思い出せない。何があって、こんなところにいるんだっけ?


「あ、いてて!」


 腕や胸が痛む。


 その時、コツコツとノックの音がして、ドアが開き、誰かが部屋に入ってきた。


 ……女の子だ。僕と同じくらいの年齢か。看護師さんだ。


 白い看護服を着ている。とても美しい女の子だ。


「ダナン、熱を測るよ」

「えっ?」


 僕は驚いた。


 この看護師さんは、何で僕の名前を知っているんだ? い、いや、この状況だと、僕は入院しているに違いない。


 だとしたら、看護師さんは僕の名前を知っていて当然か……。


「はい、そのままじっとして」


 看護師さんは、棒状魔法体温計を出して、僕の額に当てた。するとすぐに中の水銀が動き、「36」と「37」の間をさした。


「36・7℃。一応、平熱ね」

「ええっと……君は……」

「ダナンったら、まだ分からないの? しょうがないなあ」


 看護師さんは、ニコッと笑った。


 輝くような笑顔だ。


 彼女は看護師帽を取って、いたずらっぽい笑顔を僕に向けてきた。


「あれ?」


 僕は、この子を知っている! いや、知り合いどころか、幼なじみの……!


「アイリーン……! アイリーン・フェリクス……」

「もう~! やっと気づいたの」


 看護師さん……アイリーンは笑った。何で、あの魔法剣士のアイリーンが、看護師をして、僕の目の前にいるんだ? わけがわからない。


「昨日、君は道で馬車にはねられて、道で失神していたんだよ」

「あっ……」

 

 僕はやっと思い出した。


「あ、そうか。大ギルド祭の帰り……馬車に吹っ飛ばされたんだ……。そこから後は、記憶がなくて……」

「ダナンは頭を強く打っちゃったからね。道では大騒ぎだったんだよ、白魔法救急医療いりょう隊が来てさ。君が失神してから、1日経ったよ」


 アイリーンは静かに言った。


「ト、トイレに行く」


 僕はとにかく、トイレに行って落ち着きたかった。


 あいたた……体が痛い。アイリーンは僕を支えてくれた。


 松葉杖を取り、もちろん一人でトイレに行き、洗面所で口をゆすいで、落ち着いてからベッドの上に戻った。


 アイリーンはまた説明してくれた。


「その後ダナンは、私が看護師のアルバイトをしている、ここ、ランゼルフ白魔法病院に運び込まれたの」

「君は……今、看護師をしているのか」

「そうだよ、アルバイトだけど」


 アイリーンはまた、魅力的な笑顔でニコッと笑った。


「魔法剣士は今は休止。ドルガーの元も離れて……っていうか、逃げたんだけど」

「そ、そうなのか」

「それでね! 君に言いたいんだけど!」


 アイリーンは怒ったように、ぷうとほおふくらませて言った。


「この間、君、私のこと、気付かなかったでしょ!」

「え? 何のことだよ」

「私、この間の夜、赤いドレスを着て、キャバレークラブで働いていたんだよ。それで、ドワーフ族のバークレイに襲われて」

「えっ? あ!」


 思い出した。ランゼルフ・ギルドを出たとき、ドワーフ族にからまれている女の子がいた! あ、あの子って……。


「あれは、き、君だったのか?」

「そうだよ!」

「全然気が付かなかった。だって、夜だったし、赤いドレスを着ていたし、君は化粧もしていたから……。っていうか、じゃあ、その仕事もやめちゃったのか?」

「まあね……。もっと人の役に立つ仕事をしようと思ってさ。……でも、あの時、私を助けてくれたんだよね、君は」

「あ、そ、そうだね……」

「で、どうしてそんなに強くなったの?」

「え? それは……」


 マリーさんという元ギルド長が、僕からスキルをたくさん引き出してくれた……と、僕はそう説明した。


「ふうん、マリーさん……」


 アイリーンがそうつぶやいたとき、また部屋の扉がノックされた。そして、ドヤドヤと女の子たちが入ってきた。


 う、うわっ! き、君たちは!


「ダナン先生! 体調、どうですか?」

「心配したぞ! ダナン君!」


 モニカとパトリシアだ! そして……。


「ダナン先生~。無事だったんだね……良かった~」


 マイラもいる。マイラは涙ぐんでいる。こんな小さい子に、心配かけちゃったなあ……。


 僕はマイラの頭をなでた。


「あの、あなたたちは?」


 アイリーンは驚いたように、モニカとパトリシアに聞いた。


「私はダナン先生の一番弟子です!」


 モニカが語尾を強くして答えると、パトリシアも胸を張って言った。


「私はパトリシアだ。ダナン君の直弟子だよ。そのうちダナン君の食事など、世話をする予定だ!」

「あっ、そー……そうなんだー……へえ~」


 アイリーンはジロリと僕を見た。


 やめて? ちょっと引いたような目で僕を見るのは。


「良かったね、ダナン。こんなにかわいい女の子たちが周囲にいて!」


 アイリーンは腕を組んだ。……何か、怖いっつーの……。


 マイラ、助けてくれ。


「ダナン先生……」


 マイラはじっと僕を見て、言った。


「スケベ」


 いやいやいや、僕、スケベなこと、何もしてないから!



 さて、これからこの白魔法病院で、入院生活が始まった。


 頭の精密せいみつ検査を、「魔導透析機まどうとうせきき」で受けた。また、骨折した腕や胸を、白魔法医師たちの魔法で、治療ちりょうしてもらうことになった。


 全部で、三週間の入院治療ちりょうが必要だった。腕が痛かったので、アイリーンが食事を食べさせてくれた。


「はい、あーん」


 アイリーンはスプーンで、僕の口に麦と塩のおかゆを運んでくれた。

 

 ……恥ずかしいんですけど。


 すると、アイリーンはニコニコ笑って聞いた。


「トイレは手伝う?」


 いや、自分でする。


 相変わらず、右足はマヒして動かない。しかし、アイリーンのおかげで、三週間の入院生活が結構、快適だった。


 しかし入院費用について、困ったことがあった。ランゼルフ・ギルドは一切、出してくれないらしい。怪我をした場合、ギルドに加入していれば、いくらか払ってくれる規則なのに。


 パトリシアの話では、ドルガーとジョルジュが手を回して、お金が出ないようにしているそうだ。僕に意地悪をしているのだろう。




 馬車にはねられてから、三週間が経った。明日は退院の日だ。


「先生、お話したいことが……」


 その日、モニカが病室に来てくれた。


 モニカが神妙しんみょうな顔をしているので、僕は思わず聞いた。


「どうした?」

「えーっと……。ランゼルフ・ギルドの魔法剣術道場生が、どんどん減っているんです。四十九名いたのに、今では三十五名になってしまいました」

「えっ……、ど、どういうこと?」

「そ、それは……ドルガーギルド長が……」


 モニカが口ごもっている。


 ……何かあったのか?


 僕の頭の中には、ドルガーの意地悪そうな顔が浮かんだ。


 あいつ……! また何かたくらんでいるのか?

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