転移したら三十点王太子殿下の秘書になり寵愛されて求婚されましたが、私は現世に恋人がいます。

ayane

プロローグ

 ――瞼を閉じて抱き合う二人。


「愛してるよ」


 亜子の耳元で甘い声が囁く。それでいて愛しい唇は動きを止めることはない。


 花びらのような愛らしい唇に、優しいキスを落としながら、亜子の理性は次第に壊れていく。


 体が熱を放ち、亜子は自分が自分でわからなくなる。


「ルリアン、声を聞かせて」


 (声を出すのは恥ずかしい。乱れた自分を見せることも恥ずかしい。ん……? ま、待って……。今、何て言ったの? ルリアン? ルリアンって、昂幸の義母が原作者の乙女ゲームの登場人物じゃない。やだな、こんな時にジョークいる?)


 固く閉じていた口が開かれ、昂幸は舌を絡ませ亜子を翻弄する。


 亜子は思わず甘い吐息を漏らしそうになったと同時にうっすらと瞼を開けた。自分の体に触れている昂幸に声をかけた。


「やだ。昂幸たかゆきってオタクだったの? いくら私が乙女ゲームの使用人の娘に似ているからって、ルリアンてなに? 義父さんみたいなこと言わないで」


「タカユキ? ルリアン、タカユキって誰だよ? まさか、移民と浮気したのか!? 私という恋人がいながら、他の男と情を交わしたとは……。嘘だろう」


「移民? やだな。昂幸なんの冗談? 他の男と情を交わすなんてあり得ない」


 亜子はまじまじと昂幸の顔を見つめた。

 亜子を抱擁しているのは昂幸にそっくりだがバスローブは薄紫色のシルクだ。室内も昂幸の部屋ではない。まるで童話に出てくるような豪華絢爛で煌びやかな王宮の一室、しかもベッドはキングサイズ。


「ここは……どこ? あなたは昂幸じゃないの? あなたは……誰」


「ルリアン、いい加減にしないと怒るよ。さっき慣れないハイヒールで躓いて転けて気絶したから? 私はルリアンの恋人、トーマス王太子。この私を忘れたとは言わせないよ」


 トーマス王太子殿下は亜子のバスローブの紐をほどく。


「うわ、わ、わ、ま、待って下さい。あなたはトーマス王太子? こ、ここはまさか……」


「パープル王国の王宮、私の部屋だ。何度も泊まっているだろう。転けたショックで忘れたのか? それならば思い出させてやるよ」


 トーマス王太子殿下は亜子の唇を塞ぎ、ベッドに倒した。


 (甘いキス……。これは昂幸のジョークだよね? それとも夢の中……? きっと夢だ……。)


 (夢でもいい……。

 あなたになら……。

 壊されてもいい……。


 もっと強く……。

 もっと……。

 わたしを……愛して。)


 ベッドのサイドテーブルの上に置かれていた赤い薔薇が描かれた万年筆が、艶めかしいパープルの光を放った。

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