第20話

カトリーナは恥ずかしくなり上がっていた口角はスッと下がってしまう。

なんだかくすぐったくて不思議な気持ちだった。

クラレンスに顔を見られれないように、その場にしゃがみ込む。

自分の気持ちを誤魔化すように指を一本、雪に突っ込んで上げて、また突っ込んでと無数の穴を開けて遊んでいた。



「……何をしている」


「触れると消えるのですね。雪は」


「…………」


「穴がたくさん空いたまま、固まってますね」


「…………くくっ」



何故クラレンスに笑われているのかわからないまま、カトリーナは眉を顰めた。

カトリーナは指の感覚がなくなっていることに気づいて驚いていた。



「指が冷たくなります」


「当たり前だ」


「当たり前なのですね。覚えておきます」


「お前と話していると自分の常識を疑いたくなる」


「何故ですか?」


「……。何故だろうな」



クラレンスはカトリーナを見ているような気がして、じっと見つめ返していた。

淡々とした二人の会話をニナやゴーンがハラハラしながら見守っているとも知らずに二人の間に沈黙が流れる。


カトリーナは視線を戻してから、今度は雪を掴むと丸く固めていく。



「……何をしている?」


「何か作れそうだと思いまして」


「その雪で?」


「はい。本にはたくさんの動物が載っていました。本物を見たことはありませんが」


「ほぅ……それで、その歪な物体はなんだ?」


「ウサギです」


「ふっ…………失礼」


「似ていませんか?」


「いや……かなり個性的だな」



カトリーナが次々に雪を丸めて動物を作っていく。

何かが違うと、じっと出来上がったものを見つめて考え込んでいると、見兼ねたクラレンスが魔法を使って様々なものを作ってくれた。


大きな雪の塊でできた兎や艶やかな氷の鹿、雪でできた木や氷の花が次々とカトリーナの前に現れる。

カトリーナはその光景を目を輝かせながら見ていた。


(……夢みたい)


式典などに参加すれば王族の魔法を間近で見られることはあるらしいが、サシャバル伯爵邸から出たことがないカトリーナにとっては夢のような景色に見えた。



「これが……魔法、ですか?」


「王族は魔導師の力を継いでいる」


「歴史書に、そう書いてあるのを読んだことがあります」


「そうか」



そう言ってクラレンスはまたカトリーナの頭を撫でる。

カトリーナは暫く雪で作られた兎を手のひらにのせたり、鹿に触れたりと「わぁ……」と子供のように声を漏らして観察していた。


ここでは感情も声も抑える必要はないとクラレンスに言われて、初めは疑っていたカトリーナだったが、本当に何もされることはない。

一度、ニナに「ここは天国でしょうか?」と聞いてしまったくらいだ。


カトリーナは真っ赤になった指先を見て手を擦る。

続けてくしゃみをしたのを見て、クラレンスが「そろそろ中に入るぞ」と言ってカトリーナを促した。


カトリーナはニナやゴーンに雪でできた美しい兎を見せたくて、手のひらの上に乗せながら邸の中に入った。

真っ黒なローブから出てきた白い手袋をはめた大きな手のひらがカトリーナの肩についた雪をそっと払う。



「楽しかったか?」


「はい、とても」


「そうか、ならいい」


「美しい景色を見せてくださって、ありがとうございます」


「……ああ」



クラレンスが微笑んだ気がしてカトリーナは顔を上げた。

しかし気のせいかと思い視線を戻す。

すると手のひらからポタポタと水滴が垂れていく。

焦ったカトリーナは「ウサギが……!」と言ってクラレンスに訴えかける。



「早く見せないと氷が溶けるぞ」


「……!?」



カトリーナはハンカチを取り出して、その上に兎を乗せ直すと、二人の様子を見ていたことを誤魔化すように廊下の掃除をしているゴーンに氷でできた兎を見せに向かった。


心配で二人の様子を見ていたニナがひょっこりと顔を出してクラレンスに話しかける。



「はじめてではないですか?クラレンス殿下がこんなにも心を許すのは」


「ニナ……」


「あ、もちろんわたしは賛成ですよ?カトリーナ様はとても可愛らしいですし、素直でいい方です。捻くれ者のクレランス殿下にはピッタリですね」


「…………」


「こうして少しずつ心を許してくださる姿を見ていると、わたしは涙が出そうになります。それと同時にカトリーナ様を苦しめた人達が許せません」


「……あぁ」



ニナの姿を見つけたカトリーナが「ニナさん!」と声を上げる。

側に駆け寄って氷でできた兎を嬉しそうに見せると、ニナがカトリーナをそっと抱きしめる。

混乱するカトリーナが助ける求めるようにクラレンスに視線を送る。

クラレンスは氷が溶けないように魔法をかけ直した。



「ありがとうございます」


「別に。大したことではない」


「ふふっ、可愛い」



本人は無意識なのだろうがカトリーナは最近よく笑うようになった。

兎を色々な角度から眺めては嬉しそうにしている。

それを見たクラレンスもまた笑みを浮かべていた。

クラレンスを側で見ていたニナ達にとって、とても大きな変化に見えた。


クラレンスもこうして人のために魔法を使うことなど今まで一度もなかった。

それはクラレンスが自分の魔法に対して苦手意識があり、制御しているように感じていたのだが、カトリーナの前では惜しげもなく魔法を披露して彼女が喜びそうなものを作っている。

それはカトリーナがクラレンスに対して微塵も恐怖心を抱いていないからだろうか。

無知だからかもしれないが、クラレンスの魔法の力を知ったとしてもカトリーナの態度は変わらない。


そしてカトリーナも邸に来た時はあんなにも身を小さくしていたのに、今では目を合わせて話せるようになっている。

信頼関係ができあがるのと同時に「申し訳ありません」よりも「ありがとうございます」ということも増えたように思う。


楽しそうに話すカトリーナとクラレンスを見て、ニナとゴーンは温かい気持ちになった。



「まるで、お互いの凍っていた心が溶けていくようですね」


「えぇ、そうですね」


「どうか二人が幸せになれますように……」



ニナはそう言って手を合わせた。

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