第12話 ホントの話

『九条絵里と申しますわ』


『あっ・・・ボ、僕はトシヤ・・・結城俊哉』


トシヤは両親に箱入りで育てられたワタクシにとって初めて話す同い年の男の人でした。親族以外の男性を知らなかったワタクシは何度も無礼が無いように挨拶の練習しましたの。もしも怖い人だったら大変ですから・・・


でも実際もとても繊細そうで脆そうで、不意に消えていなくなってしまいそうな雰囲気を持っていました。


「でも、そんな人だからこそ、ワタクシとお友達になってくださると思ったんです」


その日からワタクシは頻繁にトシヤのお宅に伺って一緒に遊びました。そんなある日、家族とご飯を食べていると、テレビのトークショーにトシヤさんが映っていました。


その時、ワタクシは驚きよりも不思議さが勝っていました。あのトシヤがテレビに向いているわけないと。


「けれど、その理由はすぐに分かりました」


その番組の司会者がトシヤに、こんなに忙しくて大変じゃないか?と質問すると、トシヤは首を横に振って、お母さんが喜んでくれるからそんなことない。と言ってました。


お母様がいること、お母様が笑ってくれることが活動の源だったのですね。


そんなある日、ワタクシは衝撃的なニュースを父から耳にしました。それはトシヤのお母様の逝去。ワタクシはすぐにお父様にトシヤとお話がしたいと申しました。しかし、それは検討の余地もなく却下されてしまいました。


そして、その次の日から、トシヤは学校に来なくなりました。きっとお母様の件で忙しいからだと思っていましたが、結局何ヶ月も学校に来なくなって、次に会った時には、別人に思える程に小さく感じました。それを見てワタクシは、


「このままではトシヤが死んでしまう。そう感じたんです」


だからワタクシはトシヤが消えてしまわないように毎日声をかけました。いつか、前のように儚くても凛としていたトシヤに戻ってくれるように。


そんなある日、突然に全ては一変しました。ワタクシは、トシヤに突き飛ばされてしまいました。そしてそのままトシヤは学校を早退し、二度とくることはありませんでした。


その時から、ワタクシの胸にはずっと後悔がありました。


「もっとワタクシがトシヤの心に寄り添える人間になれていればと」


そこでワタクシは考えました。トシヤがワタクシを必要としないなら、ワタクシがトシヤを求めればいいと。


その日からワタクシは怠惰の練習をはじめました。最初は部屋が汚いことに耐えられませんでしたが、今ではかなり我慢できるようになりました。そして、慣れないゲームやインターネットにも手を出しました。


そしてワタクシがまるで自立できていない人に見えるようになったのが、今のワタクシなんです。


・・・・・・


「以上が私が伝えたかったことです」


俺は、マリの言っていることを信じられなかった。


普段見ていたあの姿は努力で手に入れたもの?俺の居場所のために?


「何で…そんなことすんだよ?」


「それは、またトシヤと昔みたいに笑うためです」


「だとしたら!何でもう世話なんかしなくていいって言ったんだ」


するとエリは微笑んで言った。


「それはトシヤのためにならないからです。高校生なった春の日、トシヤは昔とは全然変わっていました。最初は過去を受け入れて前に進めているんだと感じていました」


「けれど実際は、ただ過去に蓋をしているだけでした。だから過去がよぎったら塞ぎ込んでしまう」


その言葉に俺は語気を荒くする。


「その何が悪いんだよ!俺だって苦労して!辛い思いをして!1人でこの思いと戦って!やっと手に入れた今の俺なんだ!それをお前なんかにとやかく言われたくn…」


すると不意にエリが俺を抱き寄せて言った。


「でしたらもう、1人で戦わないでください」


「辛い時は、私にもっと甘えてください。不安な時は、隣に居させてください。そうやって、一緒に過去と戦わせてください。そう思っている人は、私以外にもいらっしゃいます。ですからこれからは、皆んなでトシヤを支えさせてください」


俺は、そのエリの言葉と温もりと柔らかな匂いに心が溶けていくの感じていた。


「でも、もう俺には1人で戦う方法しか分からない…」


気づけば声が震えていて、涙が溢れ出ていた。


エリは、そんな俺を優しく抱きしめ続けていた…


・・・・・・


観覧車から降りてそのまま帰る途中、俺はエリに言った。


「エリ、ありがとな。俺はきっと、その言葉が言いたかったんだ。初めて会ったあの日から」


「トシヤ…お礼するのは私の方ですよ」


「そんなことないさ、まあそんなことはもうどうだっていい。俺、頑張って向き合ってみるよ。だから、よろしくな」


「はい、こちらこそよろしくお願いしますね」


そう言うとエリは俺の手を握ってきた。俺はその手を解くことなく受け入れる。


きっと今年の夏は凄いことになる。何となくそんな気がした…

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