【ミステリー 年間ランキング1位】猟奇犯罪特別捜査係 松下

花音小坂(旧ペンネーム はな)

第1話 プロローグ


          *


「そ、捜査一課ですか?」


 相沢凪(あいざわなぎ)は、上司の前で怪訝な表情を浮かべる。


「喜べ。『行きたい』って言ったっていけるところじゃない」

「……『行きたい』って言いましたっけ?」

「行きたいだろ普通。警視庁捜査一課と言えば、世の警察官が憧れる精鋭中の精鋭が集結する場所だ」

「それ、精鋭じゃない人が行ったらどうなるんですか?」


 その自負はある。高卒。普通課卒業。先月、20歳。元ソフト部。身体を動かすことが好きだったので、なんとなく刑事を志しただけの体育会系女子だ。


 なんだろう。甲子園常連の超名門野球部に一般で入部するような、そんな圧倒的な不安を感じてしまうのは、自分だけなのだろうか。


「なんだ、嫌なのか?」

「嫌ですね。ハッキリ言ってしまうと」

「でも、まあ決まったことだからな」

「酷っ!」


 あまりにも本人の意志と尊厳を無視した決定だ。警察組織というのは、結構、そういうところがある。年功序列の男社会。ガッチガチの体育会系。口うるさい上司多し。


「お前の給料は国民の血税で賄われている訳だから。公僕だから、お前は。公の僕。そんなワガママは通らんよ」

「私も国民の1人でもあるので、適材適所に人員が配置されて欲しいと切に願いますけど」

「そんなもん政治家にお願いしろ。行ってるか投票? 行かなきゃだぞ」

「行ってますけど」


 本当は行っていない。


「決まり。選挙も行って、警視庁捜査一課にも行く」

「……」


 行ってるって言ってんじゃん。行ってないけど。


「あー、引っ越しかぁ」


 家から鎌ケ谷署まで自転車(チャリ)で10分。この距離感が気に入ってたのに。


「来月だから。引き継ぎはしっかりとすること。立つ鳥跡を濁さず」

「わかってますよ。じゃ、失礼します」

「あ。相沢。ちょっと待て。テンションの上がる方法を教えてやる」


 上司はそう言って、引き出しをゴソゴソする。


「ほら」


 なんか、大量の、かさばりそうな物が入った、巾着袋を渡される。凪は、おもむろに中を開いて眺める。


「踊る大捜査線でキメてこい」

「……ビデオ」


 このクソ上司と離れられることだけは、ありがたいなって思った。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る