第3話 三人は人造人間

「アメリカに来てから結構、御金貯まったしね。そろそろ本腰入れて始めなきゃ!」

「まあ、研究資金に付いちゃあ、向う三十年位は安泰だべや。後は東洋、アフリカの未開発地帯の情報収集を、もっとする必要があるだべ。之から忙しくなるべや」

 

 パーシバルとグラントンの二人は嬉々として語り合っている。研究資金調達の為に暫くは商売に専念して来たが、之で漸く研究に集中出来ると大ハシャギである。

 向う三十年分とは、どれ位貯まったのだと質問すると、グラントンは別に得意がる訳でもなく、金庫の中から分厚い台帳を取り出して無造作に机の上に放り投げた。

 ベラミーは其れをペラペラと捲っている内に、眼の玉が飛び出しそうになった。

 一、十、百、千……桁が一つ、いや二つ間違っているのではないかと思う程の額である。


「コレ、本当かよ⁉」と思わず叫んだ。


 二人はキョトンとした顔で、其処の台帳はあくまで表向きの物だよと云うと、今度はパーシバルが本棚の裏に巧みに偽装された隠し金庫から裏台帳を取り出すと、ポンと放り投げて寄こした。二つの台帳を合わせた金額に頭がクラクラとして来た。

 彼は警察官の職権を利用し、二人の商売を違法な行為で手伝ってはいたが、商売其の物には係わってはいない為に幾ら位の資産が有るのかは、正確には知らなかった。 之だけの金が有れば、三十年と云わずに百年間は贅沢三昧に遊んで暮らせるだろう。


「おら達に掛かれば、之位の金額は軽く稼げて当然だべ」

「無くなったら又、稼げば良いだけの事だもんね」


 二人は事も無げに言い放つ。何か悔しい……。

 しかし認めなければならない。奴等は無駄に頭が良すぎるのだ。例え、明日に一文無しになったとしても、一年後には百万長者になっている筈だ。奴等にとって金儲けとは、研究資金捻出の為の片手間に行う戯事なのだ。

 片手間に百万長者になれる程の頭脳と才覚の持ち主である彼等にとって、是非にでも遣り遂げなければ為らない研究とは何なのか?




「其れじゃあ又、戸籍変えるのか?」と、ベラミーがボソリと呟く様に聞いて来た。


「いんや。取り敢えず御前ぇは首都警察の指導員として、日本に出向という形で渡航するだから、もう二~三年は其の侭で良いだべや。おら達の方も、未だ商売の事で最後の詰めが有るだから、やっぱり二~三年は此の侭だべやな」

「でも、そろそろヤバい頃かもねぇ。僕もまた、三十代後半に差掛ってきたよぉ」


 パーシバルがそう云うと、グラントンは顔を顰めて考え込んだ。


「そうかぁ――御前ぇの童顔で四十代になると厳しいだぁなぁ……もう少し急ぐべか……」

「俺の方は又、鬚でも伸ばして黒眼鏡掛けとけば、何とか四十代でいけるだろう」


 そう云うベラミーに対して、ジロジロと顔を眺めると、やはり考え込んでいる。


「んん~、其れでも四十前半が限界だべ。其れは、おらも同様だぁなぁ……。よしっ! 日本での収穫次第にもよるだが、今より二年半後を目途に戸籍、名前を変えるだべ‼」



 そう、彼等は歳を取らない。もっと正確に云うならば、彼等は二十代半ばから三十代前半の侭の肉体年齢を百年以上、維持し続けている『不老長寿』の存在なのである。

 之は先天性的な物ではなく、人為的に作られた『不老』である。一人の天才科学者が全人類を『死』の摂理から解放させようと、特別な施術を行い誕生させた『人造人間』なのである。



 今から百三年前に行われた、狂気の人体実験。

 施術者は不世出の天才科学者、ヴィクトル・フランケンシュタイン博士。



 グラントン商事、社長。エドモンド・グラントン。

 本名、アンリ・クレルヴァル。

 一七四二年、三月一三日。スイス、ベルンに生誕。

 『博士』の第一助手で科学者。



 グラントン商事、社長秘書。チャールズ・パーシバル。

 本名、エルネスト・フランケンシュタイン。

 一七五一年、六月三十日。スイス、ベルンに生誕。

 『博士』の実弟で科学者。



 ワシントンD・C首都警察、警部。ジェイムス・ベラミー。

 本名、クルト・ケムラー。

 一七四六年、二月一八日。スイス、アーラウに生誕。

 『人造人間』第一号で荒くれ者。



 彼等は実に百年近くの長きに渡り、世界中を放浪しているのである。其れも若い容姿の侭、歳を取らない為に定期的に戸籍を違法取得しては、名前や国籍等を変えていなければ為らないのである。

 全ては彼等の創造主、フランケンシュタイン博士の為に――博士の復活の日の為に……。



「でもよぉ、日本で何を探すのか知らんけど今度は博士、生き返る見込み有んの?」


 科学者としての奴等が何を求めるのかは、商売以上に解らない。


「馬鹿たれぇ! 博士が何時、死んだぁー‼ 博士は唯今、生命活動を休止されているだけだべ‼」


 其れを死んでいると云うのではないか?


「そうだよ、何て事云うの! 兄上は今、脳だけになっちゃったけど――南極の地で元気に眠って居るじゃないかぁ‼」


 冷凍保存の脳が元気って、如何いう事だ。


「でもよう、エル。御前ぇだって、博士はもう駄目かも知れねえなって、偶にボヤいてたじゃねえかよ」


 そう冗談めかして云うと、場に強烈な殺気が充満しだした。


「――おい、エル……。御前ぇは崇高にして偉大なる博士の肉親であるにも関わらず、そんな暴言を吐いただか? 場合によっちゃあ、只では措かねぇだぞ……」

「ちょっ、ま、待ってよ、変な嘘付かないでよ! ぼ、僕が兄上の事を悪く云う筈、無いでしょ‼ ――あっ、其れより二人共――罰金ね。今、僕の事を本名で呼んだでしょ」


 パーシバル(エルネスト。愛称エル)は両手を開いて、二人の前に差し出した。

「あっ」「しまったべ」と、二人は交互に呟いた。彼等の決り事なのである。作戦中は決して本名を名乗らず、偽の戸籍の名前を名乗り続けると決められているのだ。例外は研究室の中である。周りに他者が居ない場合に措いてのみ、本名で呼び合う事が許されている。

 因みに、現在進行中の作戦名は『アメリカで大金を稼いで研究資金に充てよう作戦』


 ベラミー(ケムラー)とグラントン(アンリ)の二人は、渋々とポケットから十ドル紙幣を取り出すと彼に手渡した。

 パーシバル(エル)は「毎度ありぃ」と、満面の笑みで紙幣を受け取った。

 エルとアンリは御互いに幼少の頃からの仲なので名前で呼び合うが、ケムラーは大人になってからの知り合いなので、苗字で呼ばれている。

 ケムラーは一応、フランケンシュタイン家の下男という立場なので、其れに倣って家人や其の友人達も名前で呼ぶ様にしたが、其処には忠誠も敬愛も無く、彼等との仲は単なる成り行きの腐れ縁と思っているので、だから『様』等は付けずに呼び捨てだ。

 でも自分の生命の恩人である、ヴィクトル・フランケンシュタインだけに対しては、敬意を込めて『博士』と呼んでいる。


 しかし実際には、彼等の間で厳格な主従関係は存在しない様である。筋から云えばエルが現在の主という事に成るのだろうが、彼はそんな上等な扱いは受けてはいない。

 アンリもフランケンシュタイン家というより、『博士』個人に対しての絶対的な忠誠心を持ってはいるが、弟のエルにはそういった感情は持てないのである。

 其れは偏に、エルの個性に由るモノであるだろう。彼は兄には及ばぬものの、十分に天才と呼べる頭脳の持ち主ではあるのだが、同時に彼は鹿でありな事も否めない事実なのである。

 其の事は『博士』の第一助手であるアンリにとっても、ケムラーにとっても、嘆きを通り越して呆れ返る程になっているのだ。


「おらとした事が――何たる失態だべ……」


 彼は此の約束事を決めてから、初めての失敗をしたのである。何だか阿保に馬鹿にされた様で悔しいのであった。知能指数はエルよりもアンリの方が遙かに勝っているからだ。


「まあ、こうゆう事も偶には有らぁな、グラントン社長。さて、日本行きに伴って又、作戦名は変わるのかい?」


 項垂れているグラントンを余所に、ベラミーは日本行きの詳細について問い始めた。


「うん! 今度の作戦名はね、『黄金の国、ジパングで不思議な物をイッパイ見つけよう作戦』だよ。如何、やる気出るでしょ!」


 ――気が滅入る……やる気も削がれる。

 何故に何時も、そんなに直截的な作戦名ばかり名付けるのだと尋ねれば、「分かり易くて良いでしょ」と、阿呆っぽい答えが返って来る。雅に此奴は馬鹿と天才は紙一重の見本の様な奴である。

 言葉を失い呆けていると、突然にグラントンが凹んだ状態から立ち直って喋りだした。


「そういや結局ん処、博士の悪口を云ったんはベラミー、御前ぇだか?」

「何だよ、ありゃあ一寸した冗談だろ……」


 喋り終える前に、グラントンの強烈な拳骨がベラミーのみぞおちに炸裂した。

「ぐほっ‼」という、呻き声と共に黒眼鏡が弾け飛び、其の巨体が折れ曲がる。

 グラントンは鬼の様な形相で、「博士を愚弄する奴ぁ、半殺しだべぇ‼」と更に両手を合わせて握ると、ハンマーの様にベラミーの後頭部に振り下ろした。

 ドガッと、物凄い音を立てて、頭が床に叩き付けられた。


「一寸、何してんの! 喧嘩はやめてよぉ」


 パーシバルが二人の間に飛び込み叫んだ。

「其処、退くだぁ! このデカブツにヤキ入れるんだべぇ‼」と、更に突っかかろうとするグラントンを何とか抑え様としていたら、不意にベラミーの長い足が勢い良くグラントンの顔面を捉えて壁際迄、蹴り飛ばした。

 ドガン! という轟音と共に、壁に打つかり弾け飛んだグラントンの身体が宙に舞う。 

「ひゃあ~」と、叫ぶパーシバルの悲鳴を余所に、ベラミーの追撃の蹴足がグラントンの身体を天井迄、蹴り上げた。しかしグラントンは両腕で防御をしていたので余り効いていない様子だ。其の侭、身体を半回転させて天井を蹴ると、ベラミーの身体目掛けて地上に居る獲物を狙う鷹の如くに、右拳を勢いよく振り下ろした。

 ベラミーは、サッと身をかわすとグラントンの拳骨は的を外れて、応接間に置いてある来客用の頑丈で豪華な樫の木製のテーブルを叩き割った。


「いやぁ~‼ 二人共、もう止めてぇ~‼」


 泣き喚くパーシバルの言葉も虚しく、二人の闘いは白熱して行く。

 ドカッ、バキッと、痛そうな音を立てて打撃を放ち合い、応接間の家具類は悉く破壊され尽くされていく。宛ら、熊でも暴れているかの有様だ。

 そうなのだ。之こそが彼等、人造人間の不老長寿以外の、もう一つの特徴なのである。彼等は尋常為らざる、の持ち主なのであった。


「ぶぁああ~‼ もう止べろ~‼」


 パーシバルが泣きながらキレた。応接間にある一番大きな本棚を持ち上げると、絡み合う二人に目掛けて勢いよく振り落とした。

 グシャッという、不気味な音を立てて、二人は血塗れになって潰された。埃の舞い散る室内にパーシバルの泣き声と、ベラミーとグラントンの呻き声が木霊する。


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