人造人間 ~オリエントの不死尼僧~

綾杉模様

第1話 怪力無双の辻斬り

 


 あたしが此の世に生まれ出でて、幾星霜。


 幾つもの時代が御座いました。

 幾つもの争いが御座いました。


 永らく続いた徳川様の治世にも、終の時が迫りましたか。


 又、争いが起こるので御座いますね。

 又、大勢が亡くなるので御座いますね。

 そして、多くの骸の上に新たな時代が参るので御座いましょうね。


 でも、妾には如何でも良い事。

 そう、妾には拘わりの無い事。


 時代が如何様に替わろうとも――俗世が如何様に移ろおうとも――妾は此処で、此の侭で御座いますから。


 又、次の時代が参ろうとも……。

 更に次の時代が参ろうとも……。

 解るかい――童子よ………。





「何だか宵の警邏当番はおっかないのぉ……」

「おいおい、何を情けない事を云っておるんだ。目録まで頂戴した腕が泣きよるぞ」


 二人の五等巡査が、夜の東京市中を巡回しながら語り合っている。


「そんな事云ったって、ウチの道場は月謝さえキチンと納めておれば、自然と数年毎に等級が上がるのだ。何れ、免許皆伝を頂戴した処で腕は上らんよ」

「無様な話よのぉ……とは云え、もはや剣の腕なぞ必要の無い御時世であるか――しかし我等、警察官には未だ未だ必要であるぞ!」

「解っておる。だから、おっかないと云うておるんだ。あ~あ……今度、新設されるという拳銃隊に配属されたかったのぉ……」

「しっかりせい、此方は二人居るんだ! 賊が出てきても簡単にやられはせんわ‼」


 二人の警察官がこんな話をするのには訳が有る。最近、東京市中を騒がせている辻斬りが居るのだ。標的とされるのは警察官や鎮台の兵士、明治政府の官憲達が既に六人も殺されているのである。当然、犯人と目されるのは現政権に不満を持つ不平士族と思われるが、此処に一つ奇妙な点がある。

 辻斬りとはいえ、犠牲者達は斬られてはいない。なんと撲殺されているのだ。皆、尋常成らざる怪力によって叩き潰され、引き千切られているのである。

 始め之は人の仕業ならぬ、物の怪の仕業ではないかと騒がれたが、近代化を推し進めている現政府によって否定する旨の御達しが各新聞社に行きわたり、犯人は『とんでもない力持ち』という事にされたのである。

 しかし、角力の力士や徒手空拳の武術家達からは幾ら修行を積んだ処で、斯様な力が出せるモノかと疑問の声も上がっている。


「其の昔――武蔵坊弁慶が有り余る剛力で、敵を引き千切ったとの話が在るではないか。きっと、其の様な馬鹿力を持つ者が居ても何ら不思議な事ではないのだ!」


 一人の五等巡査が語気を強めて言い放つ。


「ならば、武蔵坊弁慶の亡霊が出たのであろうかのう」と、もう一人の五等巡査が気弱そうに云うと、「たわけた事を云うな! 丘蒸気が奔る今の御時世に、亡霊だの幽霊だのの迷信を語る様では、警察官は務まらんぞ‼」と、更に語気を強めて怒鳴り散らした。

 解っておる、そう怒るなと何とか諌めると漸くに落ち着き、そんな弱気な事を云っているから何時まで経っても貧乏な不平士族共に舐められるのだと興奮しながら、やや話の論点がずれた事を呟いている。

 其の後、会話が拗れぬ様に今迄の話は止して巡回を続けている内に、人気の少ない広場へと出た。其処の前方に、一人の随分と汚い身形の男が蹲っているのを発見する。


「何だ、酔っ払いか?」


「何かは分らぬが、介抱するのも我等の仕事であろう。おい、大丈夫か?」と、一人の五等巡査が声を掛かけて件の男の肩に手を置いた瞬間、其の手を鷲掴みにされ――グシャリと握り潰された。


「ぎゃあああー‼」

「ひええー‼」


 二人の警察官の悲鳴が宵の闇に木霊する。

 肉を叩き、骨を砕く不快な音と共に――。

 あっと云う間の出来事であった……彼等は腰のサーベルに手を掛ける間も無く惨殺されてしまった。

 尋常成らざる怪力で叩き潰され、引き千切られて……。

 辻斬りの――連続殺人犯の男は、二人の警察官の遺体を見下ろしながら血塗れの手を見つめ、呟いている。



「未だだ――未だ終らぬぞ……」 



 其の口からは、過ぎた時代を諦め切れぬ怨みの念が零れ落ちる。

 翌日の新聞に又、新たな犠牲者の名が刻まれた。


『又々、警察官殺害される。辻斬り犯は怪力無双の蛮人か?』

 明治十年、一二月某日。

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