【33】騎士団長の実力

 ジョーダルの出方を伺う。魔法でくるのか、剣でくるのか、それとも奇をてらった体術でくるのか、どんな攻撃できても対応できるように思考を働かせてジョーダルの攻撃を待った。そして、お互いに動かないまま数分が経過する。


「……ん?」


 一向にジョーダルは攻撃をしてこない。それどころか、よくよく見てみるとその顔には恐怖が浮かんでいるようにも見える。違和感を感じ始めてからさらに数分が経ったところで、ある考えが脳裏に浮かぶ。


「もしかしてだけど……、お前ってひょっとして隠密スキルが得意だったりする?」


「な、なぜそれを!?」


 大きく目を見開いて後ずさりをするジョーダル。その驚いている様子と一切攻撃をしてこない状況を考えて、怪我を負わされた理由と一向に動こうとしない理由が分かった。


「なるほど、そういうことね。お前って実際のところ、イリカよりも弱いだろ」


「そ、そんなことは無い!! 俺はえあるノーキャスル王国の騎士団ち」


「あー、そういう言い訳はいいよ。イリカよりも強い俺を見たお前は隠密スキルを駆使して奇襲で殺そうとした。けど、それも失敗しちゃってどうしようかって考えているから動けないってところだろ」


「うぐ……!!」


 図星なのだろう。ジョーダルの顔からは激しい動揺が伺える。


 はぁ……。せっかく久しぶりに強敵と戦えると思ったんだけどな。


 高まっていて気持ちがどんどん冷めていくのを感じつつ、構えていた剣を降ろした。


「……それじゃあ、ちゃっちゃと終わらせるか」


 ジョーダルとの距離を詰めつつ、右手に石籠手ストーンガントレットをまとわせて身体強化ボディエンハンスで筋力を向上させる。そして、勢いを付けてジョーダルの腹を全力で殴りつけると、ボゴッという音と共に鎧がへこんだ。


「ゴハッ……!!」


 後ろに吹き飛んだジョーダルは腹を抑えながらうずくまりうーうーと唸っていた。ただ、流石は騎士団長、殴られながらも剣は離していないようだ。そして、よろよろと立ち上がるとすぐに剣を構え直したのだが……。

 

「……おいおい」


 ジョーダルはこちらに剣先を向けて戦う意志こそ見せてはいるものの、まるで小鹿のように膝をガタガタと震えている。さらに腰もどこか引けており、完全に戦意は失っているようだ。


「騎士団長ともあろうものがそんな情けない姿を晒すなよ……。あー、今はこの国の王様を名乗ってるんだったけか?」


 一歩一歩ジョーダルの元に歩いて行く。


「く、来るな!! 来るんじゃない!!」


 俺が一歩近づくとジョーダルも一歩後ろに下がる。俺が立ち止まるとジョーダルも立ち止まる。その様子に思わずため息が漏れてしまう。


「あのさぁ……、逃げるか戦うかはっきりしてくれないか? ……まぁ、逃げたいのに逃げないで戦う姿勢を示しているのは称賛するけど」


「う、うるさい!! 私は別に逃げてなんかいない!!」


「うーん……、らちが明かないな」


 こちらが近づいてもお互いの距離が一向に縮まらないため、不意を突いて一気に目の前まで詰め寄る。すると、ジョーダルは情けない声を上げつつ尻餅をついた。


「ハァ……!! ハァ……!!」


 このまま近づくと、過呼吸で死んでしまうんじゃないかと思うほど荒れた呼吸をしている。


「……はぁ。もう少し痛い目にあって貰おうかと思ってたけど、何か冷めちゃったしいいや」


 流石にこんな状態の相手と戦うのは気が引ける上に、元々後々のことを考えてジョーダルのことを殺すつもりはなかった。そのため、右手で握っていた剣を鞘の中に戻し、体の向きを変えてイリカの方へと歩き出そうとしたところで呼び止められた。


「と、取引をしようじゃないか!! お前にも決して悪くない取引だぞ!!」


 この期に及んでと思いつつも、話だけは聞いておくかと首をひねってジョーダルの方に向く。


「……取引?」


「あ、あぁそうだ!! お前がイリカを連れていくのを諦めてくれたら、金でも領地でもなんでも欲しいものをやる!! だからイリカはおいて行ってくれ、頼む!!」


 頭を下げるジョーダルの姿を見てある感情が湧いてくる。


 呆れる。ただただ呆れるとはこのことだな。


「やだよ。そんなくだらない物よりイリカの方が大事だからな」


 イリカの元へ向かおうとすると、再び呼び止められるも足を止めない。これ以上ジョーダルの話を聞いても時間の無駄だ。


「頼む!! この謀反を成功させるには、イリカの力が必要なんだ!! イリカがいなければ我々の戦力は一気に減ってしまう!! この国のためにもイリカを置いて行ってくれ!!」


 悲痛なジョーダルの言葉には感情を動かすものが無い。イリカが必要だと言っているが、イリカを1人の人間として欲しいと言っている訳ではないことは分かる。結局のところ民衆からの指示を得るために、謀反を正当なものするために象徴としてのイリカが必要なだけなのだ。


 イリカの元にたどり着いたためチラッとジョーダルの方に視線をやると、今にも泣きだしそうなジョーダルの姿が目に入った。その姿を見ると、どっちが悪者なのか分からないなと思いつつ鎧を脱いでいく。


「はぁ……。あのさ、お前が勝手にやったことにイリカを付き合わせるなよ。謀反もお前が全ての責任を負え、イリカには無関係だからな」


「お、お前はこの国がどうなってもいいというのか!? イリカがいなければ内乱……、それどころか、他国に攻められるかもしれぬのだぞ!?」


「別にいいよ。俺には関係ないことだし」


「そんな……」


 イリカを背負うと王座の間の出口に向かう。


「待て、待ってくれ!! フェリガン君、フェリガンくーーーーん!!」


 叫んでいるジョーダルを無視して出ていこうとしたのだが、あることを思いついたため扉を開ける手を止めた。


「あ、そうだジョーダル。この国を出る前にお前には最後に仕事をしてもらうことにするよ」


「……え? それはどういう……?」


「出てこい皆」


 魔法陣が現れ、ヨウ、ラファイン、ウォネーク、サンルフが一斉に現れる。4体の召喚獣は現状が飲み込めていないようであったが、今までの出来事を説明すると納得してくれたようで騎士達の方に体を向けた。


「それじゃあ俺は外で待ってくるから、あそこにいる奴とそこら辺で倒れてるやつを拘束して連れてきてくれ。あー、無駄に傷つけるのはなしな。特にあそこにいるジョーダルって奴はこれから活躍してもらう予定だから」


「分かったのじゃ」


「了解だぜ」


「うむ」


「承知した」


 4体の召喚獣に指示を出して王城を出ようとしたのだが、途中で邪魔が入ったため適当に相手にしつつ何とか外に出ることができた。


 王城で起きていたことが嘘であったかのように城下町には穏やかな時間が流れている。


「後は……、まぁ、何とかなるだろう」


 さっそくイリカを連れてこの国を出るための準備を進めることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る