5月10日(風)ー②


 フェルトに報告を済ませた後、城下町へ足を向け、大通りに立ち並ぶカフェの一つへと訪れる。

 休日は必ず行列ができるらしいその店で、セシリアが大量のケーキを頬張りながら私を待っていた。

「お待たせ、待った?」

「ムグッ。みゃーがりぇっとしゃん!」

 セシリアの頬についたクリームを拭き取り、店員にブラックコーヒーとセシリアの食べていたケーキの一つを注文して席に着く。

「ここではメグと呼びなさい。様も必要ないわ」

 顔を赤くしたセシリアが再度モゴモゴと言葉にならない音を鳴らしていたので、口を空にしてから喋れと、また母親のようなことを言ってしまった。

 彼女はそれに素直に従い、ゴクンと喉を動かしてから喜びの声をあげた。

「ふぅ。その、ありがとうございます、メグさん!」

「どういたしまして」

 ちょうど店員が運んできたコーヒーを飲みながら、セシリアに向けてお礼を告げる。

「それに、お礼を言うのは私の方よ。今日はありがとう。あれだけ自分で考えられるなら、もう私の指導も必要ないかもね」

「そんな、メグさんの教え方がいいからですよ!お城の先生も褒めてました!」

 その言葉にお礼を言いながら、コーヒーと一緒に運ばれてきたケーキを一口含む。私はフォークを加えた状態で固まってしまった。

 甘い、甘すぎる。セシリアの食べていたものと同じものを注文したのだが、私の舌には合わなかった。

 それをモリモリと食べるセシリアには、今日のことも含めて頭が下がるばかりだ。

「そういえば、こんな堂々と二人で遊びに来てよかったんですか?お買い物もそのせいで行けなかったのに……」

「ああ、さっき寮に戻った時にこれを持ってきたのよ」

 セシリアからのもっともな質問に対しては、髪を揺らしてイヤリングを見せつけることで答えとする。

「認識阻害のイヤリングよ。そうね……。私は今、あなたのお姉さんみたいに見えてるのかしら」

 姉という言葉が新鮮だったのか、セシリアはその目をキラキラと輝かせてイヤリングを覗き込んでくる。

 彼女はそのままジロジロと私の耳を眺めながら呟いた。

「魔道具ってすごいんですね!そんなに小さいのに……」

「当たり前でしょう。唯一徒人ただびとが、他の種族の助けもなく生み出した技術よ?」

 どうせならここで、魔道具について詳しく説明したくなったが、今がその時ではないということは流石に理解できた。

「というかそうよ。あなた、このイヤリングがあるのによく私だって分かったわね。歩き方とかも注意してたのに」

「そういえばそうですね。……私の目のせいかもしれません」

 そう言いながら困ったように笑う彼女からは、目に対する複雑な感情が読み取れた。色が見えるというのがどういうことかは分からないが、他人と見ている景色が違うというのは、きっと途方もない苦痛を伴うのだろう。

 なら私にできることは……。と、悲しさに飲まれ始めた心を持ち直し、とにかく今は当初の目的通り、精一杯セシリアへ感謝の気持ちを伝えていく。

「どう言葉にすべきかわからないけれど、私はその目がきっかけであなたと仲良くなれた。だから、感謝してるわ」

 そう言うと、セシリアはまた、幸せそうな笑顔に戻ってくれた。

 その後はただただ仲の良い友人、いや、まるで本物の姉妹のように楽しくティータイムを過ごす。

 私の視線辺りまで積み上げられた皿を横目に見ながら、ようやく満腹になったらしいセシリアの口を再び拭いてあげた。

 口直し、で合っているのか、砂糖が大量に入ったコーヒーを飲んで一息つくセシリアに、私は友人らしく誘いを出す。

「私はこの後図書館に行くけれど、あなたはどうする?」

 するとセシリアも、身を乗り出して頷いてくれた。

「一緒に行きます!また面白い本でも見つけたのですか?」

「それもあるけど、メインは別よ」

 何をするのかというと、野外訓練のための情報収集である。フェルトの話を聞いて気になったのだが、野外訓練が毎年開催されているのであれば、過去のレポートも存在するはず。その情報があれば、さらに分かりやすい資料が作れるだろう。

 そしてそんな資料があるところと言えば、どんな資料も保存する学園の図書館。そもそも残っているかもわからないが、探す価値はあるものだ。

 あの眼鏡先輩がいるので気分は乗らないが、ついでに去年のことも聞ければ、色々都合が良いと考えたのだ。

 そのように説明すると、セシリアも手を叩いて賛同してくれた。

「流石メグさんです!早速行きましょう!」

 話しているうちにカップを空にしたらしいセシリアが早く行こうと立ち上がる。

 それを見て私もコーヒーを飲み干し、もう少し落ち着きなさいなと、またセシリアに親のようなことを言いながらカフェを後にした。

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