4月9日(水) 午後ー②

 そう前置きをしてセシリアの方を向くと、彼女から先に提案があった。

「あの、もしよろしければ、先に質問させていただけますか?」

 初めて見る彼女の真面目な顔を受け、私は話を聞く体勢に入り話を促す。

「ありがとうございます。ではなぜマーガレット様は、そのような演技をしているのですか?」

 その言葉に少しだけ驚く。彼女は殿下のような鈍感な人間だと思っていたが、それは間違いだったのだろうか?

 その答えは、その翠眼に覚悟を宿した彼女から語られた。

「まず、実は私は聖女なんです。それで私は、生まれた時から人の心の……色、が見えて、その色で嘘をついているかどうかも判断できるんです」

 驚きから椅子からずり落ちるかと思った。そして、私が悪役令嬢をやっているときの彼女の表情にも合点がいった。恐らく教室での不思議そうな表情の理由は、私の心の色と言動との差を目にしていたからなのだろう。

「マーガレット様からは一度も。あの、さっきは本気の怒りの色が見えたんですが。とにかく優しい色しか見えなくって。その、失礼だと思うんですが、母のような印象を受けてしまって」

 赤面しながらそう告げるセシリアに対し、私は思わず頭を抱えてしまった。

 やはり私は優しすぎたのか。いや、作戦を立てた当初は出来ると思っていたのだ。実際に潜入任務も行ってきたし、非道な真似も何度もやった。

 しかしそれは、悪人だから出来たことなのだろう。自画自賛ながら自分の善性を再認識し、ため息をついて頭の中の整理を図る。

「とにかく分かったわ。でもよかったの?教会から秘密にするよう言われてたりは……」

「確かに秘密にするよう言われてましたが、マーガレット様ならいいかなって」

 その一言にまたため息をつく。そして理解する。彼女の善性は聖女であるからではなく、生きてきた中で育んできたものなのだと。

 教会の秘密を知ったしまった事実を頭の中で咀嚼して、教会側への言い訳や周囲への被害を考える。それを表に出さないよう気を付けながら、セシリアに向けて笑顔を返した。

「そう……そうなのね。ならお礼にって訳じゃないけど、こちらの秘密も話すわ。もちろん、ここからは演技もなしでね」

 嘘がわかるというのであれば、どれだけ演技したところで無駄でしかない。ならばできうる限りすべてのことを伝えて協力してもらった方がいいだろう。

 そう判断し、元から聖女・勇者の存在を知っていたこと、災厄に備えるため王から使命を受けていること、そのために王子から婚約破棄を引き出そうとしていることなど。混乱させてしまうようなところはぼかしつつ、セシリアに現状を説明していく。彼女も驚いてはいたが、嘘ではないことは聖女の目で理解できたのだろう。

 セシリアは少し悩む素振りを見せた後、ようやく彼女らしい明るい笑顔を浮かべて答えてくれた。

「なるほど。だから嘘ばっかり話していたんですね!」

「嘘ばかり……。まあその通りなんだけど、演技には自信があったからちょっと傷つくわね」

「ええと……。そこは仕方ないものと思ってもらえればうれしいです」

 和んだ空気の中でセシリアとの会話を楽しみながらお茶菓子をつまむ。

 殿下を見て物語の王子様を夢見ていたり、王都の色々なことに圧倒されていたり、聞けば聞くほどただの田舎娘にしか思えない。

 こんな子を災厄という危険な状況に放り込もうとする自分たちに、どうしようもない苛立ちが募った。しかしそれでも、我々は彼女を頼るほかない。

 災厄とはそれほどのものなのだ。人が人である限り越えられない壁。それを超え、人類を救うのが勇者と聖女という存在。

 我々にできることは限られている。だからこそ、その出来ることで二人の負担を減らそうと改めて決意を固めた。

 と、そこで不意に、セシリアが不思議そうな顔をして、婚約破棄について突っ込んできた。

「それにしても、本当に殿下との婚約を破棄していいのですか?災厄に備えるためというのはわかりましたが、マーガレット様が婚約者じゃなくなる必要はないじゃないですか」

 本当に理解ができないという表情で聞いてくるが、私からしたらあんな奴のどこがいいのか分からない。深く考え込て長所を探しても、単純であるということ以外なにも長所が見つからなかった。

「はたから見る分にはそう見えるでしょうけど、私がどれだけ裏で手を回してるか教えてあげましょうか?」

 そう言って私が今までやってきた殿下の尻拭いを並べていくと、セシリアの笑顔もだんだんと引き攣ったものになっていく。

 夢見る少女の夢を壊すのは少し気が引けたが、彼女の将来を思ってのことだった。

「正義感あふれる素敵な方だと思ったのですが……。でも私は、貴族社会のが狭苦しく感じます」

「平民からしたらそうかもね。実際、殿下も平民なら幸せだったと思うわよ」

 そう言うとセシリアも正直に頷いてくれた。

「でも、生まれを呪ってもいいことなんてないでしょう?だから、それに合わせた生き方をしてほしいと思うんだけどね……」

 殿下の正義は行き過ぎている。平民であれば親や周囲の大人からそう言ったことも学んでいくのだろう。だが、王城という特殊な環境で育ってきたことと、彼を止められる人物がいなかったことが合わさって、彼は今、むやみやたらに剣を振り回しているにすぎない。

 そのフォローに奔走してきた身からすると、これ以上付き合ってられないと思っても許されるだろう。

 セシリアもその答えに納得してくれて、優しい笑みを返してくれた。

「そう、なのですか……。とにかく、そちらの事情も分かりました。勇者様とは仲良くなりたいとも思っていましたし、これからも協力していくということでよかったですかね?」

「ええ。さっきも言った通り、私の方からも礼儀作法について教えますし、嫌われるための協力もしていただきたいので。こちらからもよろしくお願いしますね」

「これからお願いしますね、マーガレット様!友人としても、あなたの助けになりますから!」

 そのセシリアのセリフに、少しだけ引っ掛かりを覚えてしまう。

「友人?」

 そう言われればそうかもしれないが、打算も同じ趣味もないのに友人になるのは、私の今までの人生の中で初めての事だった。

 驚いて固まっていると、セシリアが目を潤ませてこちらの様子を伺ってきた。

「あ、えっと。だめ、でしたか?」

 一瞬、彼女が魅了の魔術を使ったのかと思ってしまった。話を聞く限り、昔彼女はいじめられていたそうなので、これは聖女としての能力かもしれない。

 何とかその魔力を払いのけ、平静を装いながらカップを手に取った。

「だめじゃないわ。少し驚いてしまっただけ」

 考えてみると貴族の中でこんな素直な人物などいないにも等しく、彼女のような人物が友人となってくれるのは正直有難かった。

「でも婚約破棄のこともあるから、公の場であまり仲良くできないのは理解してちょうだい」

「もちろんです!その代わり、そうじゃないところでは仲良くしてくださいね」

 そう告げる彼女の顔は女の私でも惚れてしまいそうなくらい、綺麗な微笑みを浮かべていた。

 思わず頬を赤くしながら、誤魔化すために口を開いた。

「ぜ、善処するわ。でも、マナー教育のために時間を使うから、あまり面白くないと思うわよ」

「そんなことはありません!」

 突如セシリアは声を荒げ、強い否定の意思を見せてくる。

 こうして見ていると、緊張や立場などを無くした本来の彼女は、自分の意見も言える優秀な女性なのだと感じることが出来た。

 ただ、それが空回りしたらこうなるのだろうなと思うくらいには、今の彼女は興奮していた。

「知らないことを知るのは楽しいですし、マーガレット様とお喋り出来るのも心地よいので!」

「そ、そう?」

「はい!というか、こっちに来てから今日まで、友人と呼べる存在がいなくって。村だと針仕事の時に愚痴を言い合う子もいたのに……!」

 ブルブルと拳を震わせながらセシリアがそう告げる。本当にモヤモヤが溜まっていたのだろうが、ここも指導すべき点だと判断して口を開いた。

「落ち着きなさいな。淑女がそう興奮するものじゃないわよ」

「あ、すみません……。でも、嬉しくって」

「これからは気を付けなさいね?あなたは特待生という注目される立場にもいるのだから、礼儀がないと何を言われるかわからないわよ」

「はあい」

 素直に反省する様子に、また少しだけ嬉しくなった。

 その後は寮の門限まで、図書館の本を楽しんだり、構内図を広げて施設の場所を教えて過ごした。

 思いがけない出会いとなったが、聖女とも友人になれたし、当初の目的通り本を読むことも出来た収穫のある日だったと言えるだろう。

 ちなみにこの後、聖女の秘密を含めたこの出会いを父に報告したところ、私と同じように頭を抱え、教会に苦情を入れることを確約してくれた。


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