3月5日(土)ー別視点ー③

 その後も試験は続き、いくつか魔道具を使ったり、生活魔術という概念を教えてもらったりと、トラブルがありながらもなんとか最後の項目へとたどり着く。

 ただ、上手くいったのは最初だけで、わからないところは教えてもらいながら試験に挑んだのだが、後の項目はほとんど出来ずに終わってしまった、

「ほんっっっとうに、貴様は、基礎の基礎しか習っていないのだな……。はっきり言って、貴様が特待生の枠を使っているのは他の候補生に申し訳ないぞ」

「あ、あはは。まあまあ、何かしら特異性が認められれば特待生にはなれるんですから、これからですよ」

 フェルトに庇ってもらうのが申し訳なくなりながら、もっともっと精進しなければと頬を叩き、最後の項目へと挑む。

「とにかく、次が最後だ。得意だと言っていたその障壁、あー、透明な壁をフェルトと私の間に作れ。こいつであれば自分で何とかするからな」

「わかりましたが、なにをするんですか?」

 そう聞くと、セブルスは当たり前だという表情で、衝撃的なことを口にする。

「やることなど一つだろう。今からこのふざけた男を燃やすのだ。嫌なら全力で守れ」

その言葉に私はまた固まってしまう。燃やすとは、つまり殺すということだろうか?つまりはフェルト先生が死ぬということ。私が守り切らなければ、先生が死ぬ。私のせいで、また誰かが……?

 急なことに思考が追い付かない。本当に試験で人殺しなんて。いやしかし、セブルスから覗く感情は本気にしか見えない。だとしても……。

 固まった私を見て、フェルトが落ち着かせるためか手を伸ばしてくるが、大丈夫という風に首を振って、一度目を閉じ特訓の日々を思い出す。

 一度大きく深呼吸をしたのちに、覚悟を決めてセブルス先生を見る。そう、はっきりしていることは、一つだけだ。

「なんにせよ、私が守り切ればいいのですよね。ごめんなさいフェルト先生。私のせいでこんな目に……」

 何が何やらわからないが、フェルトには謝らないと。心のままにそれを告げると、ヘラヘラと変わらない様子で笑顔を浮かべ、謝るなと手を振ってくれた。

「いやいやいや、謝るのはこんな試験を作ったあのしかめっ面の方だよ。それに、何か忘れてないかい?」

「え?」

「僕は闘技場の覇者だよ?魔術なんて飽きるくらい切り捨ててきたさ」

 ムッとするセブルスのことを視界から外して、華麗なウインクを決めたフェルトと笑い合う。

 大丈夫。この魔術だけは特訓中も褒められたんだ。それにこんなところで躓いていたら、勇者様を助けることなんてできるわけがない。

 覚悟を決めてフェルトを庇うように立ち、セブルス先生を見据えて準備ができたことを示す。

「覚悟は決まったようだが、その位置では貴様にも当たるぞ。さっさとどけ」

 彼は何故か不思議そうに首をかしげて、そこから退くように手を払う。

 だが、誰かだけを危険に晒して自分だけ生き残るなんて、私にそんな申し訳ないことが出来るはずがなかった。

「いえ、誰かを危険にさらすのなら、自分も一緒に。それくらいの覚悟がなければ聖女なんて務められないと思いますし」

 金の髪を揺らして否定の意を示し、先生の目をまっすぐに見る。何やら微妙な顔をしているが、集中した私の耳はもう何の情報も拾わない。

「いや、その男であれば危険ではないと言っているのだが……」

 フェルトが私の隣に並びながら、挑発するように笑っていた。

「セブさーん、もう聞いちゃいませんよ。それともなんですか?前みたいに自慢の魔術を切り捨てられるのが怖いんですかね?」

「はぁ?……いいだろう。貴様に一発叩き込むことは以前から決めていたのだ。その軽口を後悔するといい!」

 二人が各々の武器を構え、なにやら眉間のしわを深くしたセブルスの右手が輝き出す。隣でもフェルトが剣を抜いていた。私も集中を深めていき、目の前の輝きがより一層強くなった時、練りこんだ魔力で壁の形を成していく。

「貫き、焦がし、裂き、灼けろ、爆炎槍(ブレイズランス)」「止める!」

 私とセブルスとのちょうど真ん中の位置で光同士がぶつかり合い、炎の槍が耐え切れずに、向こう側に散りながらセブルスにまで跳ね返っていく。

「なっ」

 その小さな呻きを最後に、セブルスは炎に包まれてしまった。数瞬状況が呑み込めず、燃える先生を眺めたまま立ち尽くしてしまう。

「おお!傷一つつかないだけじゃなく、全部撥ね返した!しかも呪文すら口にしないとは……。ねえ、僕も切ってみていいかな!」

 燃えた先生を呆然と見つめていると、世界に音が戻ってくる。本当に楽しそうなフェルトの笑い声が耳に入り、そこでやっと脳が元の機能を取り戻し始めた。

「え、いや。あの、あのあのあの!せ、セブルス先生が火に、火に!」

 いや機能を取り戻したのではなく、おかしくなってしまったのかもしれない。それくらい目の前の光景が信じられず、思わずフェルトの肩を掴んで乱暴に振り回してしまう。

「あはは!大丈夫、大丈夫だから落ち着いてー。僕の方が大丈夫でなくなっちゃうからー。ウプッ」

「これが落ち着いていられますか!どどどどどうすれば!」

 どうすることもできず、ただワタワタと騒いでいると、今だ燃え続けている炎を振り払いながらセブルス先生が姿を現した。

「ケホッ。全く、ひどい目にあった。これだから学のない者は嫌いなのだ……」

「先生!大丈夫ですか、お怪我は!」

 思わず炎を身にまとったままのセブルスに飛びつくと、それより早く手のひらを向けて私を制止し、指をパチンと打ち鳴らす。すると、身体にまとわりついていた炎が消え、私の方には感情の消えた目を向けられた。

「貴様、この魔術は試したことがあるのではなかったのか。自分の魔術がどんなものか理解していないなど、習い始めの徒弟にも劣るぞ!」

「ま、前はあんなことはなかったと思うんですが……。って、それより大丈夫なんですか?その、思いきり燃えてましたが」

 セブルスは何もなかったかのように髪を払い、不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「衝撃は殺し切れんかったが、自分の炎で火傷を負う間抜けがいるものか。一応、医務室には向かうがな」

 その様子に大事ないことを理解して、乱れた服も気にしないままペタリと床に座り込んでしまう。

「よ、よかった。本当に……」

 その様子にまたセブルスが目じりを吊り上げ、私を怒鳴り始めた。

「腰を抜かしている場合か!貴様は基礎どころか、常識すらない未熟者だ!刃物の危険性を理解せずに振り回している異常者と変わりないのだぞ!」

 本気で怒っているのだろうが、青筋を浮かべて叱る元気な姿にさらに安心感が浮かんできてしまう。更に横ではフェルト元気に騒いでいて、𠮟る雰囲気はもはや存在しなかった。

「ねえ!ねえ!無事なこともわかったし、もっかい壁出してくれない?僕も切ってみたい!」

「黙っていろ刃物振りの異常者ぁ!貴様まで怪我をすれば、次の試験に支障が出るだろうが!」

 内容はともかく、フェルトが飴色の目を輝かせて子供のようにはしゃいでいる様子に、少しだけ笑みがこぼれてしまった。

 疲れ果てたセブルスは彼を抑えることを諦め、無理やり話の流れを試験へと戻した。

「試験の結果だが!確かに貴様は、特異だ。口にしたのも呪文ではなかろう。想像のみで魔導現象を起こすなど、お前は魔術師よりも魔物に近い」

「え、魔物……?」

 魔物とはその名の通り魔導現象を身に宿した動物で、故郷の村でも人を食う化け物として、その恐ろしさは伝わっていた。自分がそれと同じとは、いったいどういうことなのだろう。

 不安になり先生の顔を覗き込むと、仏頂面のままではあるが、不安を解すように私の頭を優しくなでてくれた。

「だからこそ見過ごせん。私が、我々が、この学園が。貴様を獣から立派な魔術師に育ててやる。その分、課題は他の者の倍を覚悟せよ」

「と、言うことは?」

「察しまで悪いのか?合格だとも。本当に、その特異性のみでの合格だがな」

 怒ったような表情のまま、セブルスがまた呆れ声で返す。その後ろではフェルトも拍手をして称賛してくれていた。

「や、ったー!よかったー!」

 本当に本当に嬉しくて、安心して、気持ちが抑えきれなくなって、その場に座り込んだまま外聞もなく泣き出してしまう。

 その間もフェルトは黙って傍で慰めてくれて、セブルスは散らかった教室の片づけをやってくれていた。

「グスッ。あの、私が汚したんですから、手伝います」

「いい。貴様がやればより酷くなる」

 この人はこういう言葉遣いなんだと理解した今でも、少しだけ気分が重くなってしまい、フェルトがまたセブルスを諫めていた。

「だから、言い方が酷いんですって。あー、この建物は大昔の魔術で保護されててさ。それをちょっといじるだけで元に戻るんだよ。昔の人が皆で作ったんだってー」

 真面目なセブルスが場を引き締め、柔和なフェルトが空気を和らげる。補い合う二人の姿に勇者と聖女の理想の影が見えた気がした。

 片付けが終わるころには私もすでに落ち着いていて、フェルト先生の手を借りて立ち上がる。

「大丈夫そう?もう少しここに居てもいいよ?」

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます、フェルト先生」

「本当に?ちょっと確かめるためにもう一回あの壁を出してもらって……」

 少しだけ目を輝かせてまくしたてるフェルトの頭をセブルスが叩き落として強制的に会話を止める。

 それからセブルス先生は私たちに背を向けて、医務室に向かう準備を完了させた。

「では私は医務室に行く。フェルト、代わりは呼んでおくから試験は進めておけ。サボるなよ?」

「は~い……」

 私も部屋を出ようと身の回りの確認を行っていると、私の方にも声が飛んできた。

「セシリア。まだ学力試験が残っているのを忘れていないな?そちらも散々なのは目に見えているが、自分にできることを見分けて精々足掻け」

 流石にもう、これが彼なりの応援の言葉だと受け入れることが出来たので、私も笑顔でお礼を返す。

「はい、頑張ります!私、試験官がセブルス先生でよかったです!あ、もちろんフェルト先生もですよ!」

 言い切り、頭を下げ、軽い足取りで二人の元を後にする。

 その後教師陣二名共々に、「聖女とは何たるか」をあの笑顔で理解できたと、赤面しながら語ったそうだ。

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