4月9日(水) 午前ー①

 入学式当日。マーガレットは以前と同じく、サミュエルと共に学園を訪れ、試験の時のような騒ぎもなく、門を入ってすぐの、南側、式典区画エリアの大ホールへと向かう。式のために飾り付けられたホールには、白と青の制服に身を包んだ生徒らがひしめいており、殿下に気が付いた何名かの公子令嬢らが私たちを囲み始めた。

 当然予測できていたことだが、私に対しては疎ましい視線を向けるものがほとんどてあった。

「何故あの令嬢が隣に立っている?婚約破棄されたはずだろうに」

「どうせ裏取引でもあったのでしょう。歴史ある家系だからと調子に乗って……」

 私は彼らの蔑むような視線で呟かれるそれらを笑顔で黙殺しながら、王子の隣に立ち続ける。

 腹立たしいことに、殿下の耳はこういう時、必ずと言っていいほどその仕事を放棄する。今も皆に返事を返すことに精いっぱいで、私への陰口など気付いてすらいなかった。

 慣れているとはいえ、気苦労の要因となるそれにうんざりしていると、ふと聖女の姿が視界に入る。どうやって時間を潰しているのかと思い視線を向けると、なんと、もう彼女を中心とした集団が出来ていた。

 その輪を形作る者らは私の知る限り、爵位の低い家がほとんどではあったが、こんなにも早く友人ができるとは。人に好かれやすいのは、聖女パワーか、元々の性格なのか。

 などと考えているうちに、ホールの前方では拡声魔道具の調整が始まり、教員の一人が入学式の開始を告げた。まずは国歌斉唱があり、次に学長挨拶、在校生挨拶、入学生挨拶という流れで入学式は行われる。

 それに従いどこからか国歌の演奏が始まって、生徒から先生まで全員が歌い始める。これは秋の収穫祭などでも毎年歌われるので、平民だろうが歌えないということはない。

 音楽隊の演奏によりホールが厳粛な空気に包まれたところで、学長の挨拶へと入る。合図とともに立派な杖と髭を蓄えた老人が壇上に姿を見せ、拡声器の前に立つ。老人と言えども背は曲がっておらず、優しく、だが場の厳粛さは失わせない不思議な笑みを浮かべていた。

「カルフェン・ヘレクセイ・アイリスレーギアである。皆の衆、まずは入学おめでとう。この場にいる者たちは、みなそれぞれに試練を乗り越え、この場にたどり着いたことだろう。そのことを私は好ましく思う」

 カルフェン様は前王の弟、現王陛下の叔父という地位にありながら魔術にのめりこみ、地位と才能、そして並外れた努力のすべてを注ぎ込んで、魔導に関わる者の最高位「魔導師」として様々な功績を残した偉人である。

 最前線から身を引いた今でも各方面に影響力を持ち、私も殿下も、幼い頃は随分世話になったものだ。

 ちなみにカルフェン様は、王子に現れた勇者の証の第一発見者であり、勇者・聖女に関する一連の任務を主導している方でもある。

 そんな実力者からの好意的な言葉を聞いて、生徒の何人かが安心したように笑顔を浮かべ、また何人かが満足げに胸を張る。

 その様子を確認した学長は、まるで先ほどまでの笑顔が嘘だったかのように、王族の証である碧眼をカッと開き、威厳に満ちた声をホール全体に響かせた。

「しかしだ!入学だけに満足したものは、すぐに蹴落とされるだろう。ここは君たちの力を磨き上げ、さらなる魔導の深淵を覗くための場所なのだからな。半端な覚悟では逆に深淵に飲まれてしまう。であるからな、今喜色を浮かべた者たちは、帰ってもらって構わんよ?無事でいられる保証ができんからな」

 王の血族だけが持つ威圧と魔導師として先を行く人物からの脅しを受け、生徒たちが青ざめ震え始める。それを見た先生たちもざわつき始め、会場がどんどん異様な雰囲気に包まれていく。

 私はそれを冷めた目で眺めつつ、やがてざわめきが痛いほど大きくなってきた頃に、この空気を作り出した元凶から小さく笑い声が響き始めた。

「ふふ、ははは。驚いたかね?それともどうすればこの場を乗り越えられるのかと、必死に頭を動かしていたかね。そうであれば嬉しいものだ」

 そらきたやはりと、私は身体の力が抜けるのを感じた。過去にもやられたことがあるのだが、この老人は見た目とはかけ離れたお茶目な御方で、他人の心臓に悪いことを平気でする人間であった。それでいてちゃんと、指導者としての薫陶から大きく外れていないのだから、さらにたちが悪い。

 今回もひとしきり笑った後にはちゃんと真面目な表情に戻り、指導者としての話を始める。

「帰れというのは冗談だよ。だが覚悟のないものが蹴落とされるのは本当だ。だからこそ、学べ。鍛えろ。己という存在をより強大なものへと成長させよ。そしていずれは、私を超える者が現れることを願っている。では、この国で暮らす民のため、頑張りたまえよ」

 最後に貴族の存在理念を交えた激励を送り、学長が壇上から去っていく。その後のざわめきは、先ほどのものよりもさらに大きなものとなった。

「ははは。さすがは大叔父上よ!目指すにはちょうどいい目標よな」

 殿下も私の隣で血の繋がりを感じさせる笑みを浮かべて、異常な向上心を見せつけてくる。流石は脳筋王子。強くなることに関しては、全く恐れを抱かないようだ。個人的には、この学園生活の中では力よりも知恵、というか人付き合いを覚えて欲しいものなのだが……。

 私は上手い返し方を思いつくことが出来ず、あいまいな笑顔で返すしかなかった。

 その後は粛々と式は進められ、生徒会長を務める三年生が在校生代表として挨拶を。サミュエル様が新入生代表として、何故普段それが出来ないのかと怒りがわいてくるぐらいの完璧な挨拶をして、入学式は閉式となった。


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