聖歴526年 春

3月5日(土)ー①

剣と魔導の未だ残る異なる世界。

 鉱人かねびとのように鉄を打てず、森人もりびとのように獣を従えず、改人あらびとのように異界の知識もない。

 それでもそれらを模倣して、今や世界一の国土を持つ徒人ただびとの国、アイリス聖王国。

 その王城の北側に作られた貴族街の、リコリスネーロ侯爵家の館。その本館に密会用として防音魔術のかけられた六畳程度の小さな部屋で、一組の男女がソファに座り向かい合っていた。

 人によっては喧嘩でもしているのかと勘違いしそうな空気の中で、くすんだプラチナの髪を撫でつけた男性が眉一つ動かさずテーブルの上の甘味を楽しみ、その前では、同じくプラチナだが、質の違う輝きの髪を肩まで伸ばした女性が艶やかな赤い唇をカップにつける。

 二人は互いに気を向けることなくテーブルの茶菓子を片付けてからようやく、男が変わらぬ無表情のまま、何かの描かれた紙を取り出して口を開いた。

👋



「見て、サミュエル王子よ!今日もカッコイイ……」

「じゃあ隣にいるのが、婚約破棄されたリコリスネーロ家の?どうして殿下と一緒にいるのよ」


 入学式の数週間前、白を基調に青いラインを始めとした装飾を付けた、学園の伝統的な制服に身を包んだ私は殿下と共に、生徒で溢れかえった学園を訪れていた。

 この学園は王国樹立以前から続いているだけあって、様々な時代の建築様式で組み立てられた建物が広大な土地に数多く並び、王都の北側で一つの町を形成していた。外壁も高く、長年様々な権力者からこの教育の場と歴史的資料を守ってきたことが伺える。その土地を一部でも覗けることに、少しの緊張と喜びが浮かんできた。

 だが入学式前だというのに、いったい学園に何の用があるのかというと、入学後のクラスを決めるための振り分け試験を受けに来たのだ。

 この学園は生徒同士の協力を促すために、学年内で複数のクラスに分けられ、クラス分けは生徒の得意なものを基準に行われている。魔術であれば攻撃や支援、それ以外だと勉学や剣術など、生徒の得意とするものが偏らないようにされているのだ。そのために誰が何をできるのかというのは、学園側で把握しておく必要があり、また実力がないと判断されたものはここで入学を拒否される。

 ただ、私たちには使命があるため、学園長に協力してもらい、第二王子と特待生、それと私のような護衛たちが同じクラスになるよう話が付いていて、本来試験を受ける必要も、こんな針のように視線を向けられる場所に出向く必要もなかった。

 ではなぜここにいるのか。理由はただ一つ、殿下の我が儘である。残念ながら殿下はこういう力試しに目がなく、私の醜聞など気に留めずに連れ出されたのだ。

 そう、殿下が望んで、私を連れ出したはずなのだ。にもかかわらず、私の目の前で繰り広げられる、恋物語の始まりのようなやり取りは何だというのか。

「ご、ごめんなさい! 怪我はないですか!」

「あ、ああ、いや。君こそ怪我はないか?随分と緊張しているようだが」

 周りの生徒が気を使ったのか、人の海の中に不自然に空いた円の真ん中で、色素の薄いの髪と翠眼の対比が目を引く女性が、金髪碧眼のまさしく物語の主人公のような男性に肩を抱かれ、いや、躓いたところを支えられていた。

 この二人こそ、国を災厄から救う運命を持った勇者と聖女。すなわち、この国の第二王子サミュエルと、今年度の特待生として入学した女性、セシリアであった。

 名前などの情報は有れど直接対峙したのはこれが初めてで、さらに言えば、"聖女"と呼ばれるにふさわしい力を持っているのかすら不明であった。

「いえ、大丈夫です! むしろご貴族の方にこのような真似を!」

「ふむ? ご貴族にということは、君が今年の特待生である平民か」

「は、はい、そうです! ご迷惑をお掛けすると思いますが、今後ともよろしくお願いいたします!」

「そう緊張せずともよい。君の才能が本物なのであれば、それは歓迎されるべきものなのだからな」

 二人の並び立つ姿を見れば、誰もがお似合いの男女だと思うだろうが、それを言ってもこのバカ王子は否定するのみだろう。聖女の方もどちらかというと学園という場に興奮しているようで、伴侶だなんだと考えている様子もないし、今回の件についても私が苦労する未来が予測できた。

 とりあえず今は試験会場に向かう必要がある。王族が遅れるようなことがあれば、一体何をしていたのかと小言が飛んでくるかもしれない。私に。

「サミュエル様、そろそろ……」

「ん? ああ、そうだな。では特待生よ、君も遅れぬようにな」

「はい。ありがとうございました!」

 そう言って彼女の元を後にする。自己紹介すらしていないが、絶対に同じクラスになるしまた今度でもいいだろう。

 ぼんやりとそんなことを考えている私の耳に衝撃的なつぶやきが入ってきた。

「あれが、勇者様なのですね……」

 思わず聖女の方を向くと、彼女もまずいと思ったのか、口に手を当ててきょろきょろと周囲の様子を伺っていた。

 いや、いくらなんでも不用心が過ぎるだろうに。街中ではやっと勇者の噂が出てきた頃だというのに、個人まで断定できるのなんて聖女くらいだぞ!

 幸いにも私以外気に留めた人物はいなかったみたいだが、こんな様子で卒業まで持つのか不安が浮かび、それに対処するのも私の仕事ということになるのだろうと、

更に未来への不安が重なった。

 これからのことを考えて頭が重くなりつつ、努めてそれを表に出さぬように、私は殿下を連れて試験会場へと向かった。


 学園は東西南北で区画エリアが分けられており、それぞれが役目をもって、独自に増築や改造が行われている。

 会場である西側の実習区画エリアを見たならば、異常な面積の訓練場と、様々な攻撃痕の残る建物群が目に付くだろう。

 その一つである、実習棟連棟。その近くの広場には複数のテントが広げられ、その中で忙しくスタッフらしき人物が動き回っていた。受付に立つスタッフに声をかけると、まずは魔術師としての力量を見るとのことで、得意魔術によって向かう棟を分けられた。聞くと、棟の教室内には学園の教師が待機していて、その先生方が評価を付けるということらしい。

 私と殿下は攻撃系統のグループに向かい、バレないように聖女の姿を探すと、防御系統のグループに向かったのが見えた。

 待機所として整えられた一階のひときわ大きな教室には、円卓の上にティーセットなどが用意されていて、四方から向けられる視線を無視しながら、殿下と一緒に茶を楽しんで時間を潰す。ある程度時間が経ち、待機所の席がなくなり始めた頃、拡声の魔道具を持ったスタッフが教卓に立った。

「開始時間となりましたので、順番に名前を読み上げさせていただきます。名前を呼ばれた方はスタッフの案内に従って、指定の教室に向かうようお願いいたします」

 スタッフがそう告げ、続けて何人かの生徒の名前を読み上げていく。その中には自分の名前もあり、私は殿下に一言告げてから二階の第三教室へ向かった。

 机などが端に寄せられた一般的な広さの教室では、真ん中に一つのワークデスクと、壮年になりたてといったぐらいの男女が一人ずつ、柔らかな微笑みで私を迎えてくれた。

「やあ。君はマーガレット・リコリスネーロ君で合っているかな?僕はアリト・ヘデラ。この学園で算術を教えているものだ。そして」

「メティカと申します。アリト教授の助手をやっています。本日はよろしくお願いします」

 白シャツに眼鏡という教師らしい恰好をした茶髪の男性が最初に名乗り、傍に控えた学者のローブに身を包んだ黒髪の女性が続けて頭を下げる。目を合わせるまでもなく呼吸を合わせて行われた自己紹介に、二人の関係性を読み取れた。

「よろしくお願いします。アリト教授、メティカ女史」

 こちらも笑顔で礼を返すと、教授も笑顔を返してくれて、ワークデスクに近づくようにと指示を受け、素直にそちらへ歩を進める。それを確認したアリトが、デスクの上に試験に使うのであろう魔道具を並べながら、内容についての説明を始めた。

「では試験内容だが、まずは魔力制御などの基礎技術を。次に生活魔術の練度を見せてもらおうかな」

「はい」

 アリトの声を合図にして、私は行動を開始する。試験は初心者がやるような、魔力で形や文字を作る魔力操作や魔道具への魔力充填から始まり、灯りの魔道具の点検、しつこい汚れのついた布への清掃魔術などを、二人に観察されながら披露していく。魔道具への魔力充填は暴発の可能性もあり、それなりに神経を使わされたが、生活魔術に関しては、ユーティからサバイバル術を叩きこまれているのもあって、令嬢にしては高いレベルで使いこなせる。アリトもそれについて指摘してきたので、私の方も正直に学んできたことを答えていく。どうにもこれは面接の一種でもあるようだ。もしかしたら平時ではない、人に見られている状況での魔術の練度なども見ているのかもしれない。

 会話を挟みながら試験は進み、いよいよ最後の項目となった。

「ふむ、基礎が良く出来ているね。緊張も表には見えず、立ち姿にもブレがない」

「ありがとうございます。父も喜びます」

 何か資料を確認しながらそう告げて、メティカが何かを書き取っていく。

 恐らく私に対する評価を書き止めていているのだろうが、気になっても見られるものではないため笑顔で礼を返しておく。

「では次が最後の内容だ」

 そう言いながらアリトが眼鏡を外し、私からある程度の距離を取って懐から杖を取り出す。そして何かを確かめるように足踏みをしてから、こちらを向いて口を開いた。

「うん、このあたりかな。ではそこから私に向かって、君の一番得意な魔術を放ってくれ。もちろん、全力でやってもらって大丈夫だよ」

「全力で、ですか?」

「ああそうだ。そうじゃないと試験の意味が……っと、君はそうだったね。だがまあ僕自身、リコリスネーロ家の天才児がどんなものか気になってるんだ。どうか、君の力を見せてはくれないか?」

 その言葉に、私は驚きを隠せなかった。

 大体の場合、魔術の練度を確認するときは専用の魔道具を使って行われる。自分の身でその力を確かめるのなんて、よほど自信のある魔術自慢か、狂人の域に踏み込んだ研究者くらいだろう。

 まさか、この穏やかな緑色の瞳を持った教授がそのような思考回路をしているとは。

 追加して、私が得意とする攻撃魔術は後遺症を残すものが多い。だが残さないものを選ぶと魔術師に対して特攻のあるものしかなく、私はほとほと困ってしまった。

 アリトに撤回する様子は欠片もない。どうするべきかと悩んでいると、助手を名乗ったメティカから声をかけられた。

「マーガレット様、そう心配なさらずとも大丈夫ですよ。最悪の場合、私が治癒魔術を使えますし、それに……」

「それに、あまりこの学園の教師を舐めないでくれたまえ。算術担当と言えど、魔術師に間違いないのだからね」

 挨拶の時と同じように息を合わせて告げられたその言葉と、二人の自信満々な笑顔を見て迷いが晴れる。最悪治癒があるのだし、あちらから言い出したのだから文句を言われる筋合いはない。そうやって自分を納得させて、アリトへ了承の意を返す。

「わかりました。では全力で、力を振るわせていただきます」

「ああ。来なさい!」


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