私のメルヘン王子は世界一可愛い
後日談。
私はドキドキワクワクな日々を過ごしている。まるでおもちゃ箱をひっくり返したみたいな、はちゃめちゃで、賑やかで、刺激のある毎日。
アドルファス王太子殿下からのスキンシップも増えた。
彼は私の父に気を遣って、以前はあまり触れてこようとしなかったが、父がやって来て解禁(?)というわけなのか、堂々と手を繋いだり、キスしたりしてくる。
執務の手を休めて、ふたりは手を繋いで王宮の庭を散歩した。
サンザシの赤い実を眺め、ジャスミンの花に見惚れてから、仲良くふたりで来た道を戻る。
建物の中に戻り廊下を歩いていると、ユリアがキビキビした足取りで歩み寄って来た。
「――よかった、探していたんです」
ふたりに並びながらユリアが言う。スクエアの眼鏡をかけており、敏腕秘書モードだ。
「どうかしたんですか?」
私が尋ねると、ユリアの瞳がレンズの奥でキラン! と光った気がした。
「アドルファス王太子殿下がもうすぐ二十一歳になられます。公的な誕生日祝賀とは別に、親しい者たちで誕生日会を開く予定です。その件でディーナさんにご相談が」
え……私はチラリと横を見遣り、ポーカーフェイスのアドルファス王太子殿下を数秒眺めてから、隣にピタリと付いてくるユリアに視線を戻した。
「……サプライズ的な気遣いはしないのね?」
普通、本人に内緒で進めるわよね?
「どうせアドルファス王太子殿下は『皆、祝ってくれるんでしょ~?』と思っているはず」
「……そうなのですか?」
念のためアドルファス王太子殿下に尋ねてみると、ゆる~、な返事。
「気にしてなかった~」
自身の誕生日さえどうでもよい男……。
ちょっと引いている私を見て思うところがあったのか、アドルファス王太子殿下がにこーと笑う。
「心配しないで、自分のことは適当だけれど、ディーナの誕生日はしっかり覚えているよ。絶対忘れない。ものすごいものを贈るから、期待して待っていてね?」
えっ……なんか本当にすごいものが届きそう……私は冷や汗をかいた。
ユリアがクイ、と眼鏡のツルを上げて微笑む。
「ほらこのとおり、アドルファス王太子殿下はディーナさん以外のことはどうでもいいんですよ。それでですね、有志で劇を演じてはどうかな、と思っているのですが」
「そう」私は小首を傾げる。「じゃあ私も出ようかしら。村人Aとか」
「ノンノン」
ユリアが立てた人差し指を左右に振る。
「ディーナさんは王子役です」
疑問の余地もないくらいに断定された。
「え?」私は目を丸くする。「いえ、あの――本物の王子様は私の隣にいらっしゃるのですが」
「アドルファス王太子殿下ねぇ……まぁ劇に出してあげてもいいですけど、台詞のない『子鹿』とかの役がせいぜいですね」
……人ですらない。
あと、アドルファス王太子殿下の誕生日パーティだというのに、本人に花形の役を与えるという忖度(そんたく)はゼロなわけね。
「だけど私は演劇の経験もないから」
「大丈夫! ディーナさんが王子の格好をしてくれるだけで、ジニー王妃殿下が泣いて喜びます。あと私も泣きます。一生の思い出にします」
なぜアドルファス王太子殿下を喜ばせるのではなく、ジニー王妃殿下とユリアを泣かす必要があるのだろうか? そもそもなんで泣くのだろうか?
「ユリアさん――」
「あ、フレデリカ王女殿下からも伝言を預かっております――ディーナさんにはポニーテールをしてほしいそうです」
「いや、引き受けると言っていないのですが……」
「ていうか劇はどうでもいいや。王子の格好をしてください」
グイグイくるわね。怖い……。
私が引いているのを見て、アドルファス王太子殿下が綺麗に澄んだ瞳をユリアに向け、正論を述べた。
「あのね、ユリア――ディーナが困っている。もうやめてあげて」
「アドルファス王太子殿下は、ディーナさんの男装を見たくないのですか?」
「そりゃあ、見たいか、見たくないか、の二択なら見たいさ。でも優先順位はそう高くない」
「じゃあ、ディーナさんが猫耳装着で膝枕してくれて、アドルファス王太子殿下の頭をナデナデする――それで手を打ちませんか? 我々のバックアップをしてくだされば、猫耳ナデナデをお約束します――男装の件、アドルファス王太子殿下からもプッシュしてください」
「――ディーナ、お願い、男装して♡」
見事な手のひら返し……!
アドルファス王太子殿下から微笑みかけられ、私はこんなに綺麗な笑みを生まれて初めて見たと思った。天使のように清らかだ。神々しいほどに。
けれど脳味噌が膿んでいる。ここにいる全員、膿んでいる。
一切了承していないのに、ユリアが満足げに頷き、
「ミッションコンプリートぉ! やったぜ!」
ガッツポーズをして去って行った。
私の表情が『無』になった。
* * *
執務室に戻るのかと思ったら、アドルファス王太子殿下がサンルームのほうに導くので、私は彼に尋ねた。
「どなたかとお約束でも?」
「叔父上に呼ばれている。ディーナもちょっと付き合って」
「私にもご用なのですか?」
「さあ?」アドルファス王太子殿下はどうでもよさげだ。「ただ僕がディーナと一緒にいたいだけ」
じんわりきた。私は頬を赤らめ、アドルファス王太子殿下に微笑みかける。
彼は眩しげにこちらを見返し、繋いだ手をそっと持ち上げて、私の手の甲にキスを落とす。
このように優美な動作をしていると素敵な王子様なのに、口を開くとなぜか可愛いの。
「ディーナ、大好き」
「私も大好きです」
「じゃあ愛してるって言って?」
「普段は安売りしません」
「ケチ~」
「アドルファス王太子殿下も滅多に言わないじゃないですか」
「だってディーナがつれないから~。僕ばっかり好き好き言ってると、飽きられちゃうかもしれないなと思って、バランスを取っている」
そういう『普通』の感覚があるんだ……私は感心してしまった。
なんだかアドルファス王太子殿下が可愛いぞ♡
「アドルファスくん」
「ディーナ……」
「君が可愛いことを言うから、あとでご褒美に膝枕をしてあげよう」
「ほんと?」
「ふたりきりになったらね」
微笑みかけると、アドルファス王太子殿下が照れて顔を赤らめた。
私のメルヘン王子は世界一可愛いなぁ……♡
――なんて油断しまくっていたら、サンルームに入った途端、アロイスがいて仰天することになった。
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