なんだか幸せ


 翌日。


 マイルズを除く四人は、パスカリス塩湖に向かうため馬車に乗り込んだ。


 私、アドルファス王太子殿下、ルードヴィヒ王弟殿下、ユリアという気心の知れたメンバーである。


 ユリアが横に来るのかと思っていたら、アドルファス王太子殿下が優雅な身のこなしで隣に腰をおろした。


「対面席ではないのですか?」


「迷ったけど、隣にしてみた」


 そう答える彼は表情こそそんなに動かないけれど、やはりこちらを見る目が優しい。


 私のほうはついにっこり笑ってしまう。


「今日はどうして隣なのですか?」


「ディーナが眠くなったら、肩を貸してあげようと思って」


「馬車では寝ませんよ」


「どうかな」


「寝ませんから」


 私は普通の会話のつもりでいたけれど、対面席のユリアがニマニマしているので、このやり取り、当事者以外は面白く感じるのだろうか。


 私は小首を傾げた。


「ユリアさん、何か?」


「あ、どうぞ、遠慮なくイチャついてくださいませ」


 イチャついてくださいって……もう。


 頬が赤くなるのが分かった。


「別にイチャついていません」


 動揺して小声になってしまったけれど、アドルファス王太子殿下のほうはシレッとしている。


「そうだよ~、僕たち、手も繋いでいないんだから」


 それを聞いた私はふと思いつき、自身の指を彼の指にからめた。


「え、ディーナ?」


 彼が珍しくびっくりした顔になる。


 私は悪戯が成功した気分だ。


「今のは『手を繋いでほしい』という催促かと思いまして」


「パピーは『ディーナと手を繋いじゃだめ』って言っていたよ」


 そういえば国を出る前に父が、アドルファス王太子殿下にくどくどと言い聞かせていたわね。そのせいでアドルファス王太子殿下は、私が頬にキスした時も居心地が悪そうだったし……。


 父もまさか、アドルファス王太子殿下がここまで律儀に約束を守ろうとするとは思ってもみなかったんじゃないかしら。


「……じゃあ手を離しますか?」


 手を動かそうとすると、彼が引き留めるようにしっかりと指を絡めてきた。


「パピーが来たら謝ることにする」


 驚いた……私は目を瞠る。


 彼、正直に私の父に懺悔するつもりなのだわ。アドルファス王太子殿下はマイペースで自由人なのかと思えば、娘を案ずる父の心は最大限尊重している。


 千の言葉で甘く囁かれるよりも、そんなアドルファス王太子殿下の誠実さにハッとさせられることがある。


 それに彼って……時々すごく可愛いの。


 私が微笑みかけると、アドルファス王太子殿下は日向ぼっこしている猫みたいな顔でこちらを見返してくる。


 なんだか幸せ……私は安らぎを覚えた。


 リラックスしてたまにお喋りしたり、窓の外の景色を眺めたりしているうちに、うとうとしてきて……。


「――着いたよ、ディーナ」


 アドルファス王太子殿下からそっと声をかけられ、目を開けると、彼の肩に頭を乗せていた。……いつの間に。


 ハッとして身を起こした。


「ごめんなさい、重かったでしょう?」


「……僕ね、ディーナが隣にいて幸せだった」


 空色の瞳がすぐそばにあり、私だけを見つめている。


 長いこと馬車に揺られていたはずなのに、ふたりの手は繋がれたままだった。


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