娘だけでは飽き足らず、息子まで狙うとは!


 ルードヴィヒ王弟殿下が母と弟に経緯の説明を始めた。


 母と弟は『呪われしクマ男』の姿を知らないので、わざわざ呪いの腕輪を着け、クマバージョンを見てもらうところからスタート。


 これは『女性に嫌悪感を抱かせる呪い』なのだが、私の母は見た目こそ地味で大人しいわりに、中身はものすごく大雑把な人なので、「あら、まぁ」と数秒のあいだ目を丸くしただけで、すぐに元の落ち着いた状態に戻った。


 一方のマイルズは「クマ……」と呟いたあとで、「いいな」という謎の感想を漏らした。


 どうやら弟はワイルドに憧れているらしい。十七歳だもの、そういうお年頃ね……。


 その後、アドルファス王太子殿下がそれを浄化し。


 それを見たマイルズが「おー……!」と感嘆の声を漏らし、目を輝かせながらパチパチ拍手をしたら、なぜかアドルファス王太子殿下がはにかんで可愛く照れるという、奇跡の一幕があった。


 それを見た私は動揺を隠せず、『アドルファス王太子殿下って、照れるという(人間らしい)神経回路が死滅していると思い込んでいたけれど、違った!』という、主題とはまったく関係のない驚きを覚えた。


 そしてやはり、その場にいたアドルファス王太子殿下以外の全員が同じ感想を抱いたようだった。照れるアドルファス王太子殿下を皆が凝視していたのでそれが分かった。


 ――なんだか場が変な空気になったあとで、ルードヴィヒ王弟殿下が仕切り直し。


 なぜアドルファス王太子殿下はそんなことができるのか? の説明に入る。


 隣国の王族は代々聖女を花嫁に迎えてきたため、聖女の特殊能力が時折、子供に受け継がれるようになった。しかし能力の発現が不確定なので、こちらの国にはその事実を伏せ、聖女を迎えるという両国間の取り決めを守ってきた。


 そしていよいよ本日の出来事。


 ルードヴィヒ王弟殿下のクマバージョンを見て、メイヴィス王女殿下がひどい態度を取ったこと。


 その振舞いがあまりに常識外れであったので、メイヴィス王女殿下を花嫁に迎えるのは危険だとあちらが判断したこと。


 そしてその会談に同席した私が、相手の外見に左右されずに、ルードヴィヒ王弟殿下をもてなしたこと。


 隣国としては、アドルファス王太子殿下が塩湖の浄化能力を持っているので、花嫁は人間性で選びたい。メイヴィス王女殿下ではなく、どうしても私に花嫁になってほしいと考えたこと。


 私自身も、ペイトンとの婚約破棄を望んでいたこと。ペイトンは初恋相手の王女を優先して、長いあいだ私をないがしろにしてきたこと。


 その後全員を教会に集め、私に聖女の能力があるかのように、皆をペテンにかけたこと。


 その結果、私が新聖女に決まり、『ペイトンとの婚約破棄』及び『隣国へ嫁入りすること』を国王陛下が許可したこと。


 しかしメイヴィス王女殿下は面倒な性格をしているので、私がこの国に残っていると、危険かもしれないこと。




   * * *




 丁寧に経緯を説明したあとで、ルードヴィヒ王弟殿下が結論を述べた。


「そんな訳で、ディーナさんにはすぐに隣国に来ていただくことになりました。しかし結婚は本来おめでたいことであるべきで、計画的に進めるべき行事です。こんなふうにいきなり家族が離れ離れになるのは、心に傷を残しかねない。そこでご提案ですが、ご家族も追っつけ隣国に来ていただき、結婚式まで長期滞在いただくのはいかがでしょうか。このことは昼間、クエイル伯爵には提案済みです」


 ルードヴィヒ王弟殿下と父が温かく視線を交わし、皆がそれを見守っていた。


 父がルードヴィヒ王弟殿下に頭を下げた。


「改めてお礼を申し上げます――色々とお気遣いいただき、ありがとうございます。私はぜひそうしたいと考えておりますが、家族の気持ちを確認してもよろしいでしょうか」


「ええ、もちろんです」


 父はまず、右隣に腰かけている母に尋ねた。


「君はどう思う?」


 問われた母は、穏やかな笑みを浮かべる。


「賛成です」


「そんな簡単に……いいのか?」


「いいと思うわ。難しいことは私には分からないけれど、あなたはこれまで長いあいだ自領を留守にしたことがないでしょう? 今回のこと、ディーナのためというのもあるけれど、それとは別に、たまには違うことをしたほうがいいと思う。変化って大事よ。長期で不在にするのが問題なら、あなた、私、マイルズの三人で、代わりばんこに誰かが戻るようにしてもいいし」


「いや――それは私とマイルズでやるから」


「いいえ、役割は三等分しましょう」


「ええと……そうか」


「ええ」


 隣国に行くことをあっさりと了承され、父はなんだか戸惑っている様子であったが、口角は微かに上がっている。


 それに気づいた隣国の人たちは、『クエイル伯爵は奥さんのことが大好きなんだなぁ』とでも考えていそうなホッコリした顔つきで、なんだか幸せそうに夫妻を眺めていた。


 ――さて、次はマイルズの番だ。


 父は左に顔を向け、あいだに私が座っているので、その向こうにいるマイルズの顔を覗き込むため、少し前かがみになった。


「マイルズ、君はどうだ?」


「あの、僕――ずっと隣国に行ってみたかったんです」


 そう語るマイルズの目はキラキラと輝いていて、いつもオドオド気弱な彼にしては、珍しくポジティブな態度である。


 父は驚き、思わず目を瞠った。


「え、そうなのか? 初めて聞くけど」


「いつかは……と思っていたんですけど、まだここで勉強することもいっぱいあるし、もうちょっと自立できてから、お金をためて行こうかな、と思っていました」


「言ってくれれば、お金は出したのに」


「いえ――僕は気弱だけど、たぶん頑固なところもあって、これまでこのことを口に出さなかったのは、まだその時期じゃなかったからなんだ――うまく言えないけれど」


「そうか」


「だけどこうしてチャンスが巡って来たから、嬉しく感じています」


「それはよかった」


 父が穏やかな瞳で息子を見つめる。


「それでマイルズはどうして隣国に行きたいんだい?」


「僕、隣国の建築物に興味があるんです。たとえば橋の造り方とか――本で見るとすごく精巧だから、行って勉強したい」


「マイルズ、君は普段そういう話をしないよね。だけどこれからはたくさんするようにしなさい――いいね?」


「はい、分かりました」


 マイルズは照れたように頷いたあと、ハッとして目を丸くした。


 慌てて隣席の私に詫びる。


「ご、ごめんね、姉さん」


「どうして謝るの?」


「だって隣国で慣れない生活を始める姉さんのことを何も考えていない、無神経なこと言っちゃった。僕、自分のことばかりだ」


「マイルズ――大好きよ」


 私はにっこり笑った。


「え」


 マイルズが赤くなる。


「あなたは優しい子だから、本当は気が進まなくても、隣国に長期滞在するよと言ってくれた気がするの。だから私ね――あなたが心から隣国に行きたがっていると知れて、嬉しいわ。嫌々じゃなくて、せっかくの機会だから楽しんでくれたほうが、私も幸せだもの」


「姉さん……」


 マイルズは瞳をウルウルさせている。


 それを見たアドルファス王太子殿下が、親愛の情を込めてマイルズに声をかけた。


「マイリーくん、どうやら僕は君にメロメロだよ。もうさ、君もディーナと一緒に、うちの国に永住しちゃえば?」


 マイルズがびっくりしていると、横手からすかさず父が悪態をつく。


「あなたは悪魔ですか! 娘だけでは飽き足らず、息子まで狙うとは!」


「まぁそう言わずに、マイリーくんもください」


「断固拒否だっ!」


「パピー、お願い」


「誰がパピーだ、息子だけは絶対にやらんからな!」


 父、本日何度目かのご乱心。


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