顔がタイプ――それは相手の親には言わないほうがいい


 離れに辿り着いた一行は、広間に入り、大きな円卓を囲んで着席する。


 王宮の一室なので豪華絢爛な内装であるが、集っている人たちが全員気さくなおかげで、自邸にいるかのような居心地の良さを覚えた。


 私の右隣が父、向かい側にアドルファス王太子殿下、ルードヴィヒ王弟殿下と秘書のユリア、という並びになった。


「クエイル伯爵に言わなければならないことがあります」


 アドルファス王太子殿下が私の父に話しかけた。


「ディーナさんが聖女に決まったことについてです」


 この場は当事者であるアドルファス王太子殿下が仕切るらしい。年長者のルードヴィヒ王弟殿下は甥っ子に任せて傾聴の姿勢だ。


「はい、なんでしょうか」


 父が怪訝そうに返す。『言わなければならないことがある』という話の入りは、どこか深刻な空気をはらんでいる。


 私もまた戸惑いを覚えていた。


 ……アドルファス王太子殿下は、あの秘密を父に打ち明けるつもりなのだろうか? てっきり内緒にするのかと思っていた。


 視線を送ると、アドルファス王太子殿下が淡く微笑んでくれる。


 はっきりと笑う時以外は、このとおり表情の変化は少ないのだけれど、なぜだか彼がこちらに向ける笑みはいつも優しい。そう感じるのは、彼が真っ直ぐな人だということを、私がすでに知っているからだろうか。


「ディーナ、君のお父さんにはすべて話しておきたい。嘘は嫌なんだ」


「はい」


「それに正直に話せば、僕がどうしても君と結婚したいって、分かってもらえると思うから」


 どうしても君と結婚したいと言われて、ジン……と胸が痺れた。


 アドルファス王太子殿下とはまだ出会ったばかりだし、そんなに長い時間、話もしていない。


 けれど私は彼の飄々とした雰囲気や、嘘のない振舞いを好ましく思っている。


 これはもう理屈じゃなくて。


 視線が絡んで、笑みを交わして、安らぎを感じる。


 ……もしかすると、彼も同じなのかしら。


 私に対して特別な何かを感じてくれているのなら、とても嬉しい。


「ありがとう」


 私がお礼を言うと、彼がこくりと頷いてくれた。


 そして父のほうに視線を戻し、アドルファス王太子殿下が真実を話した。


「実は、ディーナさんに聖女の能力はありません」


「いや、しかし――先ほど教会で、娘が塩の色を変えたのを私は見ました」


「あれは僕がやりました」


「え?」


「当国の王族は代々聖女を娶ってきたので、子孫はその血を受け継いでいます。そのため時折、塩の浄化能力を持つ子供が生まれるようになったのです。とはいえ、浄化能力を持たずに生まれてくることもあるので、その事実はこちらの国には伏せて、聖女と婚姻を結ぶことを続けてきました」


「そうでしたか……」


 話を聞いても、父はすんなり呑み込めなかったようだ。


「アドルファス王太子殿下が浄化の力を持っているのは理解しました。しかし……メイヴィス王女殿下という本物の聖女がいるのに、なぜわざわざ力を持たないディーナをお望みなのですか?」


「なぜかというと、僕はディーナさんが好きなので」


「は」


 父の顔がとんでもないことになっている。喜怒哀楽の感情をすべて極限まで煮詰めたような表情だ。


「いやいやいや……だってふたりはまだ出会ったばかりでしょう? 娘のどこを好きになったというのです?」


「ディーナさんの優しい感じの顔がタイプです」


 アドルファス王太子殿下が澄み切った瞳で答える。


 顔がタイプ――それは相手の親には言わないほうがいい――私は真っ先にそう思ったし、おそらくその場にいた(発言者以外の)全員がそう思ったに違いない。


 私は居たたまれず、思わず俯いてしまう。


 ええと、そうね……確かに彼、初対面の時もそう言っていたわ。そう言っていたけれど……。


 ちょっと正直すぎない? あと、経緯をはしょりすぎじゃない? 事実は事実としても、あえて残念に聞こえる切り口で提示してない? 彼、自身の好感度とかまったく気にしない人なの?


「あの、あなたは娘の顔が好きなんですか?」


 父の問いかけには『どうか否定してくれ』という響きがあった。けれどアドルファス王太子殿下はこれを恥ずかしげもなく肯定する。


「はいそうです」


「え――顔以外は? なんかあるでしょ、顔以外に」


「顔以外に何かを知っていると言えるほど、同じ時間を過ごしていませんので」


 彼はなんのためらいもなくキッパリと言い切った。


 ……地獄の空気が流れた。


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