第10話 おとなりさん

 シュールが、連絡用の小冊子(中身は魔界辞書)になってから1ヶ月ぐらい。

 図書館でシュールの本の入った扉だけど………

 中に入らせてもらったのだが扉の奥は迷路のようだった。

 シュールのナビゲートが無ければ迷ってしまったに違いない。

 その迷路の奥に小部屋があり、シュール(の本)が安置されている。


 けど、その小部屋の真ん中に複雑な匂いを放つ大釜が置かれているのは何だろう?

「シュール、これ何?」

「ああ、飴を作るための釜ですよ。気に入らない相手が本を取りに来たら、その中に飛び込みます。私の本には付着しませんからね」

「それ、誰も取れないんじゃない?」

「そうかもしれませんね、うふふ」

 などと言っていたのだが


((フラン、フラン!!))

 寝ていたところを起こされた。今何時?太陽は昇ってないぞ。

((なんなのもー。時間を考えてよ!))

((おや、失礼。それよりもですよ、ニュースです!))

((にゅーす?))

((私の飴を美味しいと言ってくれた人(悪魔らしい)がいるんです。しかも優しくて、私の話を根気強く全部聞いてくれるんです!!))

((へぇー。食べて貰った飴の味は?))

((フランは人間なので加減していましたが、その人にはゾンビとサバの味噌煮味を))

((え?それを美味しいって言ったわけ、その人?性別は?男?女?))

((とても美味しいと!料理の才能があるとまで言ってくれました!あ、中性の人なので彼でも彼女でもありません。おとなりさんと呼ぶことにしました))

((へえ、じゃあ今日はエイーラの授業なしにして、会いに行ってもいい?))

((いいですよね、エイーラ?………いいそうです))

((わかった、じゃあ放課後ね!あたし寝なおすわ))

((ええー。まだまだ話したいことが))

((太陽が昇ってからにして!))


 無事に太陽が昇り授業も終わった。「おとなりさん」に会いに行こうじゃないの。

 弾む足取りで、シュールの扉の横を見る。

((シュール、どっちの扉?))

((左側です。………え、どうしました?なるほど。扉に触れれば話せるそうです))

 黒字に赤で中華の模様の書いてある、ツルリとした扉だ。スタイリッシュな感じ。

 言われた通り扉に手を当ててっと。

((もしもし、フランチェスカです、聞こえますか))

((問題なく聞こえている。ここにくるまでに余計なちょっかいはなかったか?))

((一年生の時に体験し尽くしましたから))

((………シュール、お前はこの子にもう少しためらいとか、慎重さを教えるべきだ))

((あはは、慎重さはともかく、ためらいってありませんよね、フランには))

((余計なお世話!ねえ、おとなりさんはどんな悪魔?))

((そうだな………見た目はこれだ))

 扉に触れた手のひらから映像が流れ込んで来る。

 うわぁ、物凄く綺麗な人。

 シュールと同じぐらいのレベルなんだけど、シュールは言動があれだからなぁ。

 とにかく中性的で細身の、凄く整った顔をしたチャイニーズって感じ。

((それは擬態で本性はゾンビドラゴンだがな))

((凄い落差だね))

((私は同族喰だからな、人間の姿は疑似餌だ))

((同族喰………それに疑似餌って………寄ってきた悪魔を食べるの?))

((そうだ、だから恐れられている。だからこの偏屈者の集まるエリアにいるわけだ))

((そうなんだ………名前を聞いてもいい?今更だけど))

((一流いつるという))

((シュールの飴を美味しいって食べたそうだけど、悪魔以外に好物があるの?))

((オヤツ程度の栄養素にしかならんが、腐ったものや、薬物、毒物が好きだ))

((………シュールの飴を美味しいって言った理由が良く分かったわ))

((逆に普通の味覚は持ち合わせていない。普通の料理はもちろん、人間など論外だ。お前もシュールの飴をうまいと食っていると聞いたが?))

((さすがにゾンビとサバの味噌煮は無理だと思うなぁー。シュールも加減してるって言ってたし。おとなりさんほどキャパ広くないよ))

((そうか?))

((ならお隣さんを呼び出す時に人間の生贄は無意味?))

((金にはなるから無意味とは言わんが………金銭には不自由してないからな))

((え、そうなの?お隣さんの仕事って何?ボッチ?))

((ボッチは仕事ではない。詳しくは言えないが裏の仕事だ。仲間もいる))

((ふうーん、お隣さんは凄いね。話すだけでしっかりした人なのが分かるわ))

((そうか?まあ私で良ければ相談に乗れそうなことがあったら言うといい))

((あ、それ助かる。シュールは常識飛んでるし、エイーラは個性的すぎるし、ペインはなんか信用できないんだよね))

 この際他の悪魔(本)の抗議は無視だ。

((そんなのばかりか………教育に悪いな))

((そう?あたし、普通に育ってるつもりだけど))

((多分違うと思うが、私も普通ではないから、人の事は分からんな))

((そんな事ないと思うよ?そろそろ門限だから帰るけど、これからもよろしくね!))

((いつでも来るといい))


 ………というのが「おとなりさん」こと一流さんとの最初の出会いだった。

 それ以来、魔術や魔法陣や悪魔召喚についてなど、相談に乗ってもらっている。


♦♦♦


 その日、あたしは休みだったので生徒課に来ていた。

 仕事を物色していたのだが、気になる依頼を見つけた。

「秘密の依頼」依頼人は五年生のガートルード先輩。もちろん特待生。

 報酬は黄(敏捷)と緑(器用)のジュエル。

 内容は「受けてくれた人にも何に使うかは話さないけど、採取してくる物は教えるから、私の所に聞きに来て!秘密の守れる人!」

 気になったのではがして、受付のやる気ないシスターの所に持って行く。

「ああ………これ。依頼した時点で情報は漏れてるでしょうに材料が足りないのね」

「受付で詳細は聞けないんですね」

「そういう依頼だからね。本人から聞いて」


 朝のうちに寮に戻り、いつものナップサックを背負って先輩の所へ。

 ガートルード先輩は綺麗な人だったけど、ちょっときつめの人だった。

「3年生がこの依頼を?………ふうん、まあ情報漏れがなくていいかしら」

「それで何を採取してくればいいんですか?」

「オオミの花粉よ。それ以上は教えないから調べてね」

「オオミの花粉………?」

((悪魔の皆さん、知ってる?))

(((揃って)知らない))

 ママかおとなりさんに聞いてみるか………

「分かりました先輩、しらべます」

「せいぜい頑張るのね」

 自分の事なのに高慢な人だなあ………


 休みの日だからママは自分の部屋だろう。

 シスターたちの自室は異空間にあるらしいので、ちょっと訪問するのは無理ね。

 と、なるとおとなりさんか………聞いてみよっと

 お馴染みになったチャイナ扉の前に立つあたし。

 ちなみに紅龍様も中華系らしい。おとなりさんは主(紅龍様)と親しいのかな。

 手をふれているときに考えたからか、こっちの思考が伝わったみたいだ。

((直属の部下で有難い事に信用されている、といったところだろうな))

((うわ、びっくりした。いいのよ、聞きたいことはそれじゃなくて………))

((ん?そうなのか))

((実はかくかくしかじかで………))

((オオミの花粉………オオミ?聞いたことがある。ちょっと待ってろ、調べてやる))

((お願いしまーす))


……… ……… ………


((わかったぞ………だがこれは………))

((何かまずいものだった?))

((ああ、まずは、オオミが学園内で咲いている所といえば、生ける森の深層にある「瘴気の沼」だということだ。下級悪魔が出るかもしれん。お前も召喚書でペインを召喚しておいた方がいいだろうな、戦闘には向かんが下級悪魔に遅れはとるまい))

((さすがにプライドにかけて大丈夫だと言っておこう))

((そうか、それは良かった。で、オオミの花粉だが、強力で、しかも永続性のある惚れ薬の材料になるそうだ。念のために対抗薬をやるから飲んでおけ))

 ぽんっと、おとなりさんの扉から、青い錠剤が出て来た。器用ね。

((ありがとう、用心のために飲んでおくわ。あ、そうだおとなりさん、瘴気の沼の場所わかる?分かるのね?ならこの地図でどこか教えて))

((………これでいいはずだ))

 その他にもおとなりさんから、オオミの花について色々と注意を受けた。

 さーて、じゃあ生ける森の深層に行かないと。


 さくっと、深層に到着しました。

 浅層はもとより、解放空間である中層の敵もあたしの相手にならなくなってきた。

 でも深層は、難易度が桁外れ。ペインを簡易召喚していても大変。


 瘴気の沼は、深層の東の端にある。

 周囲を異形の鳥が飛び、小悪魔が木々に止まっている。

 そいつらが悪さをしたのか、いっこうに沼が近づかない、何か突破口は………

 ………あ、ひずみが見えた。

 あたしはちょっと考えてから、強めの魔力弾をひずみに叩き込んだ!

 パリィィンという音。

 次に現れた光景にあたしはゾッとした。

 もう少しで瘴気の沼に踏み込む所だったのだ。うわぁ。


 気をとりなおして、オオミの花を探す。黒百合を派手にしたような花だ。

 沼の周りは黒土なので探しにくかったけど………見つけた!

 花粉を採取する。この花の花粉は目に見える所のを取っちゃダメなんだそうだ。

 めしべをグイっとむき出しにすると、そこには赤い粉が!これだ!

 あたしはそれを、科学実験室からぱちってきたシャーレに入れて蓋を閉める。

 さ、帰りますか!


 帰りにはあんまり時間がかからなかった。

 行きと違って最短ルートを割り出していたからだ。

 なので、夕方のうちに寮に到着することができた。

 あたしはそのままガートルード先輩の所へ行く事にした。


「ガートルード先輩、持って来ましたよ!」

「しぃーっ!そんな大声で!」

「あ、すみません、お望みのものです」

「まさか、あんたが依頼達成するなんて思わなかったわ」

「そうですか?最近は時々深層にも行くんですよ?」

「(チッ、生意気な)」

「何か言いました?」

「いえ別に」

((君を生意気だと罵っていたね))

((あー。この先輩性格悪いなぁ))

「まあ報酬は渡すわよ。黄(敏捷)と緑(器用)のジュエル。吸収しなさい」

 ジュエルは、いつも通りあたしの手の中に納まるとすぐに解けて消えた。

 これが、消えないようになったら吸収限界なんだろうな。

 とりあえずのあたしの目的は、吸収限界を達成する事ね、うん。


 あたしは先輩の部屋から出て、自分の部屋に帰ったのだった。

 あー疲れた。先輩の性格が違ったらまた違ったと思うけど。

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